ゴミでできた海上サウナが人気の理由
東京駅から徒歩5分、目の前に広がる海に飛び込み、サウナにも入れる施設なんてあるだろうか。ノルウェーの首都オスロではまさにそんなことが可能だ。
オスロ中央駅からすぐ側にある観光名所オペラハウス。このすぐ側の浜辺には4つの海上サウナがオスロフィヨルドにぷかぷかと浮いている。
フィヨルドといえば、大自然の中で、大きな崖と崖に挟まれた海という絶景を想像するかもしれない。日本では5大フィヨルドが最も有名だが、観光写真でよく見る光景とは違い、川のように静かに流れるフィヨルドもあるのだ。なんせ、この国には1000以上のフィヨルドがある(ノルウェー観光局)。
この4つの海上サウナが集まる場所は2016年にオープンした「オスロ・フィヨルド・サウナ」(Oslo Fjord Sauna)というサウナ施設だ。
都市から自然へと簡単にアクセスできる環境は市民のウェルビーイング向上にもつながっており、北欧諸国が幸福度調査で高スコアを叩き出す理由のひとつでもある。
ゴミの首都オスロ、廃棄木材でサウナも手作り
そのうちのひとつは特別。なぜなら「ゴミ」でできているから。廃棄予定だった木材を使用して手作りしたサウナは、この国がどれほどエコフレンドリーかをPRするためにもよくネタにされている。
ノルウェー観光局「オスロはゴミだ サウナ編」
オスロが2019年「欧州グリーン首都」としてSDGsに取り組み、サステイナブルな都市開発をしている事例として、ごみを再利用する「レストラン編」、「自転車編」、「アート編」の動画もある。
「廃棄予定の木材で作ったこのサウナの名前はモーケン。2014年に完成して、2000ノルウェークローネしか費用はかからなかった」(現在の価格で約2万2千円)。そう語るのはサウナ施設の運営者であうアシュラック・パウスさん。
オスロ市の海の政治、「フィヨルドをもっと市民に開放」
海の国ともいえ、世界中からフィヨルド観光客が訪れるこの国では、海を誰がどのように使うかは政治的な問題だ。船や人間活動で大気汚染、水質汚染、プラスチックごみ問題、漁業など、海には様々な課題が詰まっている。
オスロを囲むフィヨルドは、かつては水質汚染で市民が泳ぐことは不可能だった。今では安心して泳げる場所となり、フィヨルド周辺部の開発が猛スピードで進んでいる。
海上サウナの運営には政治家との話し合いも絡んでくる。「このモーケン号もどこに固定して浮かせていいか、オスロ市と協議を重ねながら何度か移動させています。今の場所に落ち着くまでに5年かかりました」とパウスさん。
民間企業としてではなく、組合としてボランティアでサウナを運営。駐車場に車を止めるならお金を払うように、海にサウナ施設を浮かせる「家賃」は市に払う。
ドロップインで利用するなら1回1~2時間の料金は150ノルウェークローネ(約1650円)。ロッカーや更衣室はない。
最初の利用者は船生活を好むヒッピーな人たちだったそうだ。現在は10~20代の若者や観光客が多い。
オスロでサウナ人気が増している不思議
「このエリアにサウナがこれほど急激に増えたのは奇妙ともいえますね」と、運営している当の本人であるパウスさんが話す。
「もっとフィヨルドを使おうというオスロ市の政治の影響もあります。彼らはフィヨルドに市民を呼び込みたい。そして今私たちがいるこの場所は『1年中使えるフィヨルド』という意味でも最高の地理的条件にあるので、使い道をどうしようかと人気なのです」
ノルウェーにサウナカルチャーはある?
「ノルウェーのサウナカルチャーはフィンランドのものほど大きくはありません。私の出身地である北部ヴァドソーでは、フィンランドに近かった影響でサウナに入る習慣が根付いていました」
「ノルウェーで育っている人なら、どこかでサウナには入ったことはあります。市民プールにもあるし。でもフィンランドのように数百万もサウナはありません」
「フィンランド人のように『サウナがアイデンティティー』だとはノルウェー人は考えてはいないでしょう。でも人気は出ている」
「サウナは社交的な場。ノルウェー人は普段はシャイだけれど、ここにきて新しい友だちを作る人もいます。サウナの中でヒートアップするのかもしれません」
コロナ禍でどうした
新型コロナの影響で運営ができなかった期間は収入がなかったために、オスロ市への海上家賃の支払いは免除された。現在は運営再開し、たくさんの人がきている。
しかし、多くの企業が申し込んだ政府の補助金制度の網からは漏れてしまった。
「私たちはユニオンだから、ビジネスをして納税をする企業ではないという理由で補助金制度に申しむことができませんでした。向かい側のサウナ施設は民間運営だからという理由で申し込めるのに。ちょうど数日前に全国紙でも不公平だと取り上げられたばかりです。政治家は『確かに良くないね』という反応をしており、考え直してくれそうです」
年々とオスロフィヨルド開発が進み、フィヨルドの利用度があがるに比例して、夏至の夜を火祭りや花飾りで祝う習慣も少しずつみられるようになってきた。
海上サウナならではの不安定な未来
フィヨルド再開発計画で市民ビーチを拡大させるために、この4つのサウナは来年は今の場所に留まることはできない。「未来はどうなっているかはわからない」はノルウェーらしい運営方法ともいえるが、来年以降は別の海辺でゆらゆらと揺れているのかもしれない。
常に不安定な運命を送っているフィヨルドサウナ施設だが、彼らは確実にオスロのサウナカルチャーに勢いを与える動きに貢献している。
Text: Asaki Abumi