「そのメディア、信頼できる?できない?」調査に真逆の結果、そのわけとは?
「メディアの信頼度」調査をめぐり、創刊50年を超す古参メディアが「ワースト10」と「100点満点」という真逆の判定を受け、波紋を広げている――。
フェイクニュース対策の一つとして、「メディアの信頼度」を明らかにする取り組みの重要性が指摘される。
ユーザーの参考になることに加え、プラットフォームによるコンテンツ表示の優先度や、広告配信の判断材料にもなるためだ。
だが、評価対象となったメディアが、その結果に納得するとは限らない。
米国では、2つの評価団体による信頼度調査で対象となったニュースメディアが、「ワースト10」と「100点満点」という真逆の判定を受けた、として反発の声を強めている。
評価をしたのは、いずれも国際的に定評のある団体だ。
「メディアの信頼度」を測る物差しとは? そして、なぜこんなことが起きるのか?
●「ワースト10」と「100点満点」
米ニュースサイト「リーズン」は、2月15日の記事でそう述べている。
「リーズン」は(個人と経済の自由を重視する)リバタリアン向け雑誌として1968年に創刊。間もなく創刊55周年を迎える。紙とデジタルの購読数は5万1,000部、「左派・右派のエコーチェンバーの外側にある」とその立ち位置を説明している。
リーズンは、英NPO、グローバル・ディスインフォメーション・インデックス(GDI)と米テキサス大オースチン校のグローバル・ディスインフォメーション・ラボが2022年12月に公開した評価報告書「偽情報のリスクアセスメント」米国版で、ワースト10のサイトの一つ(ワースト9位)として名指しされていた。
ところが、フェイクニュース対策に取り組む米サイト評価会社、ニュースガードのスコアでは、100点満点中の100点(%)という、真逆の結果になっていた。
ニュースガードで100点の評価を受けているのは、ほかにニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ウォールストリート・ジャーナル、USAトゥデイ、フィナンシャル・タイムズ、ガーディアン、ロイター通信、AFP通信、バズフィードニュースなどのメディアがある。
主要メディアの中でも、AP通信、BBCは95点、CNNは80点と、リーズンより低い評価になっているものもある。
ニュースガードの評価と比較すると、GDIのリーズンへの低評価ぶりが目立つ。
●「コンテンツ」と「運営」を評価する
GDIとニュースガードは、グーグル、メタ、マイクロソフトなどとともにEUのフェイクニュース対策ガイドライン「偽情報のための行動規範」に署名者として参加するなど、国際的にも存在感のある団体だ。
※参照:フェイクニュースの収益化を後押し、ネット広告業界に「責任を取れ」(05/28/2021 新聞紙学的)
※参照:「フェイクを信じる人」をゼロにするより、わずか1%でもっと効果がある方法とは?(01/31/2022 新聞紙学的)
GDIは2018年、元MTVネットワーク・ゼネラルマネージャー(北欧地域担当)のクレア・メルフォード氏と、セキュリティ会社「テルビウム・ラボ」(*2021年にデロイトが買収)創設者、ダニエル・ロジャーズ氏が、英国で共同設立したNPOだ。
フェイクニュース(偽情報)に流れる広告費に着目し、サイトがフェイクニュースを掲載するリスクを評価し、アドテク業界などと共有することで、フェイクニュースへの資金流入を止めることを目指す。
2019年12月の英国と南アフリカを皮切りに、現地の専門家らと連携し、30前後のメディアサイトを対象(*米国は69、インドは56)に、日本を含む24カ国で報告書をまとめている。24カ国は次の通り。
アルゼンチン(①②)、豪州、ブラジル、カナダ、チリ、コロンビア、エストニア、フランス、ジョージア、ドイツ、インド、インドネシア、イタリア、日本、ケニア、ラトビア、マレーシア、メキシコ、ナイジェリア、フィリピン、南アフリカ(①②)、スペイン、英国、米国。
評価方法は、後述のように時期によって変化しているが、現在は「コンテンツ」と「運営」の2つの評価軸の計15項目を使う(※米国では16項目)。
「コンテンツ」ではメディアのコンテンツを、「見出しの正確さ」「署名欄情報」「リード(前文)の存在」「報道内容の共通性」「報道内容の最新性」「ネガティブ・ターゲティング」「記事の偏り」「センセーショナルな表現」「ビジュアル表現」の9項目、13の設問で評価(*米国ではこれに「外部グループを見下す」項目が追加され、10項目17の設問)。
「運営」ではメディアの運営体制について、「帰属表示」「コメントについての方針」「編集の原則と実践」「正確さの確保」「資金調達」「所有」の6項目で評価する。
運営の評価軸は、「国境なき記者団」が主導する欧州のメディア信頼性評価プロジェクト「ジャーナリズム・トラスト・イニシアチブ(JTI)」による、「欧州標準化委員会(CEN)」の非公式規格(CWA NO.17493)を採用。運営体制の整備や透明性など、98にわたる詳細な設問で評価している(*米国では72の設問)。
※参照:“メディア嫌い”とフェイクニュース:「信頼」をデータ化し、グーグル・フェイスブックに組み込む(10/10/2019 新聞紙学的)
一方のニュースガードは2018年設立の米国の営利企業。元ウォールストリート・ジャーナル発行人、ゴードン・クロビッツ氏と、ケーブルチャンネル「コートTV」創設者のスティーブン・ブリル氏が共同で立ち上げた。米国を中心に、8,500を超すニュースサイトを評価しているという。
ニュースガードの評価軸は9項目。
コンテンツについて、「虚偽の内容を繰り返し公開しない」(22点)、「責任を持って情報の収集と提示をする」(18点)、「誤りを常に訂正もしくは表明する」(12.5点)、「ニュースとオピニオンの区別を責任を持って行う」(12.5点)、「誤解を招く見出しを避ける」(10点)の5項目。
さらに、運営の透明性について「サイトで所有権と資金調達について公開している」(7.5点)、「広告を明確にラベル付けする」(7.5点)、「利益相反の可能性を含めて、編集責任者を明示する」(5点)、「コンテンツクリエーターの氏名、連絡先、略歴の提示」(5点)の4項目だ。
評価軸として「ジャーナリズムの原則」の旗を掲げ、評価作業はジャーナリストと編集者のチームが担当するという。GDIに比べると、評価項目は簡略化されている。
GDIは広告配信に主眼があり、サイトのフェイクニュース掲載のリスクに注目する。これに対してニュースガードは、信頼度のわかりやすさに主眼があるようだ。ウェブ検索などの際に、サイトの信頼度スコアを表示することでフェイクニュース抑制を狙う(※マイクロソフトのブラウザ「エッジ」で表示可能)。
GDIは、対象メディアの調査結果についてほとんど実名を公表していない。例外的に実名を公表するのは「最小リスク」の上位数サイトのみだ。
ただ、調査済みの24カ国中で、唯一の例外がある。それが、リーズンがワースト10として名指しされた米国だ。
米国では、すでにニュースガードが自社の調査データから、サイトの信頼度のベスト10、ワースト10のリストを公表してきた。
GDIが米国のみでベスト10、ワースト10の両方のリストを公表したのは、先行するニュースガードのリストとの比較の意味もあったのかもしれない。
●評価の違い
GDIは報告書の中で、リーズンのワースト10入りの理由についてこう説明している。さらに「記事はしばしば偏った構成で、センセーショナルで感情的な表現が使われていた」とも指摘する。
リーズンの記事は、これに反論する。
確かに「著者の帰属」については、反論記事そのものを含めてほとんどが署名記事となっており、署名は筆者の紹介ページにリンクしている。
ただ、訂正記事は存在するが、公開された訂正方針のようなものは見当たらない。
またコメント欄では、「コメント管理は行わない」と表明している。この点で、コメント欄を舞台としたフェイクニュース拡散のリスクはありそうだ。
GDIの評価に比べて、ニュースガードのリーズンの評価はシンプルだ。
そのうえで、寄付などの資金の状況や編集方針などについて、詳述している。
●重なる評価と「分断」
ただ、リーズンに対する評価の乖離の一方で、その他の米国メディアへの評価では、GDIとニュースガードで重なる点も多い。
まずGDIのベスト10とニュースガードが2021年12月に発表したベスト10を比較してみる。
GDIで1位のNPR(ニュースガードで4位)、3位のニューヨーク・タイムズ(同2位)、5位のインサイダー[ビジネスインサイダー](同6位)、6位のUSAトゥデイ(同5位)、7位のワシントン・ポスト(同3位)の5サイトが重なっており、いずれもニュースガードのスコアは100点だ。
さらに、GDIのワースト10とニュースガードの2022年12月発表のワースト10を比較してみる。
GDIでワースト2位のニュースマックス(ニュースガードでワースト1位、スコア15点)、ワースト3位のフェデラリスト(同4位、同12.5点)の評価も重なる。
米国ではこのほかにも、メディアのバイアスと事実レポートの信頼性の評価サイトとして「メディアバイアス/ファクトチェック(MBFC)」が知られる。
比較のためにMBFCの評価も見てみる。
問題となったリーズンは、政治的バイアスは「中道右派」で、「事実のレポート」についての評価は6段階(「極めて高い」「高い」「ほぼ事実」「半々」「低い」「極めて低い」)のうちの「高い」。信頼性の評価は3段階(「高い」「中程度」「低い」)のうちの「高い信頼度」とされている。
GDI、ニュースガードとも高評価の5メディアはどうか。
MBFCによる政治的バイアスの認定はいずれも「中道左派」で、「事実のレポート」についての評価はNPR(高い)、ニューヨーク・タイムズ(高い)、インサイダー(高い)、USAトゥデイ(ほぼ事実)、ワシントン・ポスト(ほぼ事実)。信頼性の評価は、いずれも「高い信頼度」だった。
「事実のレポート」に関しては、リーズンは、USAトゥデイやワシントン・ポストよりも高い評価であることがわかる。
GDI、ニュースガードともに低評価のニュースマックス(極端な右派、低い)、ザ・フェデラリスト(極端な右派、半々)は、いずれも「信頼性に疑問のある情報ソース」というカテゴリーに入っている。信頼性の評価は、いずれも「低い信頼度」だった。
リーズンの評価は、割れている。ただ、評価の狙いや評価軸、評価方法などによって、ある程度の開きはあるものの、傾向において大きな違いはないともいえそうだ。
しかし、政治的分断が大きい米国では、GDIのワースト10リストをめぐって、こじれている。
ワースト10とされたサイトに保守系メディアが並ぶ一方、ベスト10とされたサイトはリベラル系メディアが目立ち、GDIの関連団体に米政府からの助成金があることも指摘され、保守系メディアから反発が出ている。
やはりベスト10、ワースト10リストを公表してきたニュースガードの共同CEO、クロビッツ氏は2023年2月13日、GDIの報告書について継続的に取り上げてきた保守系メディア「ワシントン・エグザミナー」への寄稿で、「ニュースガードの格付けは、非政治的な基準のみを使用し、完全な透明性と情報開示のもとに行われている」とした上で、こう述べている。
メディアの取材と同様、ネガティブな結果が出た調査対象には、反論の機会を与えているという。さらに、ニュースガードの指摘に対して改善が見られた場合には、評価のアップデートもしているという。
GDIとほぼ同じ傾向であるニュースガードのスコアについては、特段の混乱は生じていないようだ。
一方のGDIについて、リーズンは「コメント要請に応じない」と報じている。調査対象とのコミュニケーションは、一つのポイントなのかもしれない。
●日本の評価は
2023年2月23日には、GDI報告書の日本版も公表されている。早稲田大学次世代ジャーナリズム・メディア研究所が報告書をまとめている。
33のメディアを対象に調査。調査結果についてのメディアの実名は、「最小リスク」の5サイトについてのみ、朝日新聞、NHK、産経新聞、日本経済新聞、読売新聞の順で挙げている。
33メディア全体では、コンテンツ評価が76点、運営評価が43点、総合得点は59点となっている。
全体的に運営方針の透明性に欠け、33サイト中25サイト(75%)が運営の評価が50点未満だったという。
これまでのGDI報告書(24カ国、26件)のうち、2021年6月30日に公開されたナイジェリアまでの13カ国13件は、コンテンツ、運営に加えて、コンテクストという評価軸があった。
現在の評価軸(コンテンツと運営のみ)になってからの13カ国で見ると、総合得点(カッコ内)では以下のような順番になる。
スペイン(66)、豪州(63)、インドネシア(同)、米国(同)、カナダ(61)、日本(59)、ケニア(58)、コロンビア(同)、チリ(55)、フィリピン(55)、イタリア(53)、ブラジル(51)、アルゼンチン(50)。
オックスフォード大学のロイター・ジャーナリズム研究所は毎年、報告書「デジタル・ニュース・レポート」を公表しており、その中で各国の主要メディアへの信頼度に関するアンケート調査を掲載している。
2022年の日本のメディアについての調査結果では、信頼度のトップはNHK(57%)で、日本経済新聞は3位(52%)、読売新聞は8位(47%)、産経新聞が11位(45%)、朝日新聞は13位(42%)となっている。
GDI調査における、朝日新聞の高評価との差が目につく。朝日新聞はコンテンツ、運営体制にかけている手間について、ユーザーにしっかり説明できていない、との読み解きも可能かもしれない。
●可視化されたデータを見比べる
可視化された複数のデータを比較することで、全体状況を見通す手がかりにできる。
評価の違いも、その判断材料になる。
(※2023年3月6日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)