日本アカデミー賞で号泣『新聞記者』韓国の女優シム・ウンギョンが日本映画に挑む理由
「(受賞するとは)全然思っていませんでした。これからも頑張って活動します」
第43回日本アカデミー賞で最優秀女優賞に輝き、涙とともに抱負を語った韓国の女優シム・ウンギョン。
東京新聞東京新聞の望月衣朔子記者の著書に着想を得て企画された映画『新聞記者』。今回の受賞は、望月記者を彷彿させる東都新聞社会部記者、吉岡エリカ役で高い評価を受けたものだ。
韓国で若き演技派と評されるシム・ウンギョンは、なぜ日本映画界に挑むのか。彼女の言葉を軸に読み解いてみた。
是枝監督の映画が好き
2014年、韓国で大ヒットした『怪しい彼女』のプロモーションで来日したシム・ウンギョンに、雑誌「韓流旋風」のインタビューで会ったことがある。
『怪しい彼女』では、見た目は20歳だけど中身は70歳という難役をはじけた演技で挑み、人気を博した。取材では毒舌の70歳役について「少し突拍子もないところが自分と似ています。実生活の姿を込めながら、スッキリ爽快な気分でした」と笑顔で語っていた。
ところが、『新聞記者』では雰囲気を一転、真実を粘り強く追う孤高の記者を、ぐっと抑えたトーンで演じているのが印象的だ。
「以前から、日本で活動してみたいと思っていました。日本映画も好き。いつか日本でも映画を撮ってみたいという思いがあって行くことにしました」
韓国メディア10asiaでこう語ったのは、17年4月。同月日本のマネジメント会社ユマニテと専属契約を締結した直後のことだ。たしかに複数のインタビューで、是枝裕和監督など日本映画の影響を受けたと明かしている。でも、本当に「好きが高じて」というシンプルな理由だったのだろうか。
ヨン様主演ドラマに子役で出演
シム・ウンギョンは子役出身だ。2004年にデビュー後、NHKでも放送された『ファン・ジニ』(2006)や、ペ・ヨンジュン主演の『太王四神記』(2007)などでヒロインの子ども時代を演じる黄金街道。大注目を浴びたのは2011年、韓国映画ファンならご存知『サニー 永遠の仲間たち』がきっかけだった。
それを上回るヒットとなった『怪しい彼女』では、子役ではなく初めて大人の役(本人と同じ20歳のヒロイン)で初主演。ところが、20代の女性で映画の主役を張れる数少ない存在へと上り詰め、自信を得たかと思いきや、こんな風に自省していた。
「『怪しい彼女』でとても大きな数字を経験しました。大勢の方が好きになってくださって、『私がちゃんとやらないといけない』という思いにとらわれるようになりました。その気持ちは、演技をするときに重心をぶれさせるようです」(2016年10月Edaily)
低視聴率後に目指した独自路線
実は、『怪しい彼女』の次に選んだドラマ『のだめカンタービレ~ネイル カンタービレ』(2014)では、上野樹里が演じたヒロインの韓国版に鳴り物入りで挑んだものの、視聴率は5%前後と低迷。その後はドラマから遠ざかり、映画に軸足を移していく。上記の発言は、ちょうどそのスランプと思わしき時期の真っただ中だった。
一方で、同インタビューでは、ヒットという“魔物”から自由になりつつある心境も明かしている。
「自分がちゃんとやれるか、できないか、興行が上手くいくか、いかないか。そんなことを考えながら演技をしてはダメ。自然に悟るようになりました。あれこれ計算せずに、心の中から湧き上がる演技をしてこそ、観ている人も私の真心に接することができると思います」
そして選んだのは映画『ロボット、ソリ(音)(原題)』(2016)と『ソウル・ステーション/パンデミックソウル駅』(2016)での声の演技。さらにはインディペンデント映画『歩く女王』(2016)と、独自路線を進む作品だった。
日本進出が伝えられたのは、その直後。……というタイミングを思えば、シム・ウンギョンが新天地を目指した静かな決意が浮かび上がる。はじけた路線から急変したように見える『新聞記者』の真摯な姿も、彼女の中で一貫している「心の中から湧き上がる演技」なのだろう。
日韓を行き来するしなやかさ
韓国では3月5日に最終回を迎えた『マネーゲーム』で、6年ぶりにテレビドラマに復帰。国家の命運がかかった金融スキャンダルの渦中で奮闘する、正義感あふれる新人事務官役を好演した。
日本では、映画『架空OL日記』が公開中のほか、写真界の巨匠・上田義彦がメガホンを取り富司純子とダブル主演を務める映画『椿の庭』が7月に上映を控えている。
「20代はあれこれ枠を決めずに、小さい役から大きい役までいろいろやってみたいです。これだけをって決めてしまうと、なかなか進歩がないから。経験を積んで、たくさんのことを学べる機会を持ちたいと思っています」
「韓流旋風」での取材時に、謙虚にそう語っていたシム・ウンギョン。すっかり大人になったなぁと思えど、まだ25歳。しなやかさとぶれない信念を携え、日韓を自在に行き来しはじめた彼女にとって、キャリアの正念場はこれからだ。
<「韓流旋風」(コスミック出版)Vol.84 連載コラム『ヨクシ! 韓国シネマ』を加筆・転載しました>