なぜエムバペは移籍を示唆しているのか?契約条件の穴…レアルの前線の駒不足と新天地に行くタイミング。
状況は刻一刻と変化している。
キリアン・エムバペの周囲が騒がしい。昨年夏、パリ・サンジェルマンと契約延長(2年+1年延長オプション)を行なったエムバペだが、去る6月12日に延長オプションを行使しない旨をクラブに伝えた。それきっかけに、移籍報道が過熱している。
「私が契約を交わした段階では、すべてがオープンな状態だった。私が知っているところは、プロフェッショナルな秘密とさせていただきたい。プランやアイデアを明かしたくはない」
「我々は、可能な限りベストな選手を揃える。エムバペには契約が残されている。しかし、市場において、状況は待ったなしだ。私とアル・ケライフィ会長の会話は、我々のなかで留めておきたい」
ルイス・エンリケ新監督は、就任会見でこのように語っている。
■レアル・マドリー移籍の夢
先日、パリSGのナセル・アル・ケライフィ会長は「契約延長するか、移籍するか。エムバペは2週間以内に決めなければいけない」と語っていた。
気になる点はいくつかある。まず、エムバペが、なぜこのタイミングで移籍を示唆したかだ。
エムバペにとって、レアル・マドリーへの移籍は“夢”だった。昨年夏、パリと契約延長を行なった際には、「夢というのは決して終わらないものだ。僕はパリ・サンジェルマンとの契約にサインした。だけど、未来は誰にも分からない」と話していた。
一方、マドリーは2022−23シーズン終了に伴い、カリム・ベンゼマが退団している。サウジアラビアのアル・イテハドへの移籍が電撃的に決まり、背番号9がクラブを去っていった。
ベンゼマの移籍が、エムバペの心の“スイッチ”を押した。その可能性は十分にある。
エムバペは過去に3度、マドリー移籍に近づいたことがある。2018年においては、マドリーとモナコが基本合意に至っていた。その後、マドリーが父親であり代理人のウィルフレッド・エムバペーー当時は母親ではなく父親が交渉を担っていたのも見逃せないポイントであるーーと話し合いの場を設けた。
だが、そこで交渉が難航した。エムバペ側は“BBC”の存在を恐れていた。ベンゼマ、ガレス・ベイル、クリスティアーノ・ロナウドの3トップが君臨するマドリーで、エムバペの出場機会が限られるのではないかと危惧していた。
マドリーはジネディーヌ・ジダン当時監督がローテーションを採用していたため、そこにうまくエムバペを組み込めると考えていた。その論理で、エムバペの代理人を説得できると踏んでいた。他方で、ベイルを放出するプランをも考慮していた。
ベイルにはマンチェスター・ユナイテッドが関心を寄せていた。だが最終的には移籍成立に至らず、確信を抱けなかったエムバペはパリSGへの移籍を決断した。
■一変した局面と移籍の行方
そして、現在――、局面は一変した。
“BBC”で残っている選手はいない。マドリーの前線を担っているのはヴィニシウス・ジュニオール、ロドリゴ・ゴエスといったヤングアタッカーたちだ。
加えて言えば、マルコ・アセンシオ、エデン・アザールが退団している。エスパニョール からホセルをレンタル獲得したが、攻撃の駒不足感は否めない。「今でしょ」の移籍が、目前にはある。
2週間以内に決めなければいけない。そのアル・ケライフィ会長の言葉に従えば、7月31日あたりがタイムリミットになる。
パリSGは実質的にエムバペをマーケットに載せた。だが、エムバペ級の選手の移籍は簡単ではない。エムバペを喉から手が出る程に欲しい、というクラブがあれば、話は別だ。ただ、年俸面や高額な移籍金を考慮して、諸手を挙げてエムバペの獲得に動こうとしているクラブは現時点で存在しない。
マドリー、リヴァプール、バイエルン・ミュンヘンといったクラブは情況を注視しているところだ。
他方で、アル・ケライフィ会長の中には、エムバペをマンチェスター・ユナイテッドに移籍させるというプランがあった。カタールの銀行家シェイク・ジャシム・ビン・ハマド・アル・タニ氏がユナイテッドを買収して、その繋がりでユナイテッドに売却することを画策していた。しかしながらユナイテッド買収のプロセスが遅れており、思うように事は運んでいない。
「僕はこの数年、多くのゴールを決めてきた。すると、大衆にとって、それは普通のことになってしまう。自分のパフォーマンスが過小評価されていても、不満はない。僕自身、(リオネル・)メッシやクリスティアーノ(・ロナウド)を過小評価していたと思う」
「僕たちは消費社会に生きている。悪くはない、でも、もう一度やってくれ。いつも、そんな感じだ。パリ・サンジェルマンでプレーしているのは、助けにならないかも知れない。このチームは、クラブは、意見を二つに分けてしまう。それが、時に批判につながってしまう。だけど、そのことを不快だとは感じていない。自分がやっていることを、僕は理解している」
これは『フランス・フットボール』のインタビューでのエムバペの言葉だ。この発言を契機に、パリSGのロッカールームでは内紛が起きていると言われている。
エムバペの心は決まっているように見える。だが、彼の運命をコントロールできる者は、もはや一人もいない。その結果は、神のみぞ知る。