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テレビは何を失った?社内フリー的ふたりにみえているモノ

長谷川朋子テレビ業界ジャーナリスト
世界各地で取材するTBS ビジョン天野裕士氏(写真左)とテレビ東京梅崎陽氏

誰でも映像が撮れ、発信できる時代に、テレビ屋にとってモノを作るベースとはいったい何なのか、、、。日頃からテレビのプロデューサーやディレクターの話を聞く機会はあるけれど、そんな話をじっくりと聞いてみたい。第一回目は世界各地で取材するTBS ビジョン天野裕士氏とテレビ東京梅崎陽氏にご登場いただいた。実は飲み仲間でもある二人に本音も交えて語ってもらった。

独自取材するテレ東社員と、冒険家兼音楽家のテレビプロデューサー

二人の共通点は、テレビ屋という大きな括りと、見た目が長髪というだけではない。独自のドキュメンタリー番組企画を立て続けていることだ。

梅崎氏と面識を持ったのは以前、記事(https://news.yahoo.co.jp/byline/hasegawatomoko/20161111-00064316/)にも書いた国際共同制作の企画会議「Tokyo Docs」の取材先。テレビ東京の社員でありながら、放送が未定でも企画を独自に取材し続ける事実を知って以来、梅崎氏のフリースタイルに興味を持ち、進行中の企画作品の状況を伺わせてもらっている。

聞けば、2013年Tokyo Docsに企画を出して以来、追い続けている盆栽師・平尾成志氏の活動を描いた「BONSAI meets the World」はブータンを舞台に続編(episode5)の実現に向けて制作を進めているところ。これと並行して、昨年の同会議で優秀企画賞を受賞し、今年4月に仏カンヌのドキュメンタリー専門スクリーニングイベント「MIPDOC」でもピッチした、ユニークな脳外科医に迫る「Dr. まあや colors of life」は年内の完成を目指して制作中。今年まもなく開催されるTokyo Docsでは新作「切腹ピストルズ」を提案する。3年前から4Kで撮り続け、今年に入り自費で4K対応カメラを購入したという。

一方、天野氏との出会いも「Tokyo Docs」参加者からの紹介が縁。TBSグループの制作会社TBSビジョンに身を置きながら、冒険家として旅を続け、時に音楽活動にも没頭する。そんな近況を日頃から伺わせてもらっている。なかでも天野氏が最も力を入れているのは世界古代文明の発掘番組制作である。2005年から本格的にのめり込み、発掘の瞬間をカメラに捉え、地上波やBSで実績を作っている。

二人を結び付けたのもやっぱり海外企画だった。天野氏が10代の頃から約40年、欠かさず足を運ぶインドで12年に一度行われるガンジス川の一大イベントを取材する企画をテレビ東京に提案したことで、共通の知り合いを通じて梅崎氏と繋がったという。出会うべくして出会ったそんな二人に、モノを作るベースとは何かを問いかけたわけである。(以下、敬称略)

今のテレビの番組作りは定型化し過ぎている

そもそも何故、ドキュメンタリーを撮るのか。地上波にはドキュメンタリー枠そのものが少なく、企画は通りにくい。ドラマやバラエティのように視聴率も獲りにくい。それでも撮り続ける理由とは?単刀直入に聞いてみた。

天野  思えば、子供の頃に憧れだったドキュメンタリー番組「知られざる世界」(日本テレビ系)がきっかけ。そんな僕に、この世界に入ってから南米古代文明の世界を教えてくれた中村さんという素晴らしい先輩ドキュメンタリストの方がいらっしゃって、ペルーに天野博物館というものがあるよと。調べたら、どうやら僕の遠い親戚らしい。世の中には自分で選ばないからこそやってくる必然がある。それが今、撮り続けている発掘番組に繋がっていると思います。僕は発掘シーンをノーカットで撮りたい。ラボに納められた後の、発見の瞬間の輝きを失った遺物には生命がない。ただそれだけのこだわりがあって。とは言え、なかなか予定通りにいかないことも多い。エジプトよりも古いと考えられる黄金文明、トラキア文明が栄えたブルガリアで、俳優の市原隼人さんと一緒に臨んだ時は何も出なくて、「帰ってこい」と痺れを切らした日本からの指示にも「嫌だよ」って言い張って。でも“ある”と思ったから続けた。

補足すると、このブルガリアでの発掘の模様は2014年のTBS正月特番で放送された。「二頭立ての戦闘馬車」や「黄金の装飾品」などが発掘され、ブルガリアの国営放送でもトップニュースとして取り上げられた経緯もある。

梅崎  天野さんの言葉を信じて、ついてきてくれるチームの存在もすごい。

天野  番組づくりはグループ戦ですから。シンガーソングライターじゃないから、ひとりで作って、歌うわけじゃない。グループであればあるほど、真ん中に立つ人のちょっとおかしいんじゃない?というくらいの強い思いがあってこそかもしれない。今のテレビの多くは答えがわかっていることをドライブ感なく見せているけれど、人生は起承転々。結がなくたっていい。

梅崎  同感です。テレビ局の番組作りはある意味、定型化してしまっています。企画が通れば、編成と予算会議、それから構成の打ち合わせがあって、最後に納期までに作ってくださいと言われる。本来は撮ってなんぼのはずなのに。たった一枚の紙の企画書で判断されていきます。映像のプレゼンはまずないです。

天野  時代がそうさせたんでしょうね。以前はよく先行撮影して、映像で企画プレゼンをしていたこともありましたよ。スポンサーが決まっていないまま、撮り始めていたこともあった。

梅崎  現場に行ってみて思っていたことと違った方が僕はおもしろい。条件反射で撮っているのが正直なところだけれど。先日は新企画の「切腹ピストルズ」の撮影で、延べ何十時間もカメラを回しっぱなしでしたけれど、楽しかった。好きになったら無意識で追いかけちゃっていますね。

テレビ東京の社員である方が自由にできるような気がする

天野氏も梅崎氏も、失礼ながら会社員には見えない風貌だが、社員としての責任を果たしながら、作りたい番組を追求している。それでも会社を辞めるという選択肢を考えたことはあるのだろうか。

梅崎  テレビ東京の社員ということで、通りが早いことが当然ながらあります。限られた時間のなかで自分が作りたい番組を作ることに集中したい。フリーランスよりもテレビ東京の社員である方が自由にできるような気がします。だから、フリーランスになるつもりは今のところはないですね。週末や有給を使えば、撮影を続けることができますから。

天野  フリーランスは自由だけど不自由でもあるかも。自由の対極に何か律してくれるものがあってこそバランスが取れることも。会社を辞めない理由はそういうところにあると思う。「社内フリー」と言われていますよ。

梅崎  僕も言わば社内フリーですね。正直なところ、ここ何年間も局の編成予算だけに頼った番組作りをしていません。制作資金の調達先のひとつとして、省庁主催の助成事業や企画コンペなどには採択されるのを狙って全力でプレゼンしています。常に「お財布はあちこちにあるはず」と思いながら、アンテナを張っています。毎年参加している「Tokyo Docs」では世界の放送関係者に向けてアピールできる。国や文化が違えばモノの見方、価値観も様々で、意外なところを面白いと思ってくれる受け皿としても刺激的です。

天野  共通の波動というものがあるから人は集まる。僕はそう思います。

梅崎  それでも、浮き沈みってありますよね。そんな時はどうしていますか?

天野  人と会えば大抵は治りますよ。今はスマホばかりで、ツールとしては世界と繋がっている感覚に陥り、知った気がするけれど、体温を持って触れることとは違う。スマホは、スマホの世界に過ぎない。そんな仮想の世界だけで一喜一憂して、生物としての距離感覚が失われちゃっているよね。肌が合うって、日本語特有の言葉があるけれど、それはつまりお互いを生かしめている菌のこと。菌同士を生命体として共有し合えるかどうか。例えば、マサイ人と仲間になるために彼らの唾液で発酵した酒を飲まないといけないからね。この粘膜レベルの共有は、一緒に食事をする行為にも繋がるから、だから人と会う。番組でご一緒させていただいている俳優のみなさんの、勢いのあるツキみたいなものにも引っ張ってもらい、菌を共有するように元気づけられています。

梅崎  いわゆる第六感ですね。登山家の栗城史多さんを追った番組の時の撮影メンバーは不思議と固定メンバーだった。過酷な状況でもコアチームは怪我ひとつなく。何と言うか、大丈夫オーラが出ていた。リスクの高い海外取材は特にこれが大事。

天野  ツキはいちばん大事だね。海外で現地のドライバーが「ハーイ」と言った瞬間にこの先大丈夫かどうかみえてくるよね。番組づくりは体温も五感も大切だけど、何というか、ビヨンドした皮膚感覚がないとできない。

「企画変更」ができればまた始めることができる

テレビ離れなどと言われて久しいが、現場主義の二人はこの現状をどのように感じているのか。変わる時代のなかで、テレビ屋の役割とは何だろうか。

梅崎  テレビの生きる道として、ライブは残されていくでしょうね。いつかドキュメンタリーをライブでやってみたい。海外のケースをみると、何でもありですから、日本もドキュメンタリーをもっとエンタメ化するべき。もっと自由でもいい。ただし、何でもありの世の中で、伝える側の責任は持ち続けたいです。問題があったら削除すればいいというスタンスのネットとは違って、テレビは情報に対する責任を最後の牙城として守らないといけないと思っています。

天野  僕はね、本当にやりたいと思う人がやればいいと思っている。嘘をつくのは良くないけれど、正直よりも率直の方が美徳。真実だったら何でもいいと思っています。こういうのがあったらステキ、こういうストーリーがあったらいいなと、受け手の新鮮な驚きに繋がるエンターテイメントを僕は目指しています。

梅崎  最高の作品を作るためにこそ悩み、胃がちぎれるほど自問し、時間を費やすべきですね。一度、共同制作を共にした国のクルーとは、また別の機会に一緒に撮影したいぐらい。「Working together means sharing together」です。とにかく違う価値観を持つクルーと同じ体験をし、同じ釜の飯を食うことが大切かと。個人的には近い将来、日本のディレクターが日本のクルーを伴うのでなく、単身あちこち世界中の国に渡って、現地クルーと自在にコミュニケーションを取りながら、作品作りを出来るようになればいいと思います。「ドキュメンタリーは世界への窓」だと思っています。観る人の心に窓をつけて、この世界の美しさを観て感じてもらって、いつしかその人の心の奥底に眠る魂に明かりが灯り、それぞれのドアを開けて一歩踏み出していく...といいなあと思います。

天野  僕は海外取材を続けてきて、3つのことを大切にしてきた。一つ目は「喜んで!」。飲み屋の店員さんじゃないですよ。海外取材は何十日間も同じ顔ぶれになるので、3日ぐらい経つと自ずと互いに顔を見るのが嫌になってしまいがち。だからどんな現場でも、隊長役でもある僕と矢口カメラマンは毎朝、機嫌よく起きて「喜んで!」。二つ目は「言うだけタダ」です。とにかく、言ってみること。そして最後の三つ目が一番大事で、それは「企画変更」。どんな人も「喜んで!」と「言うだけタダ」まではできる。ダメになった時こそ悩ましいけれど、悩んでも一日だけ。次の日は企画変更して違うことを考えるのが一番大事。ここまでやったのにどうしてこうなってしまうのかと、そこから抜け出せないままの人がいますよね。そんな時、「企画変更」ができれば、「喜んで!」からまた始めることができる。破壊しないと再生できないという考えこそインドの思想でもあります。とにかく、自分が自分にとっていつも新鮮じゃなきゃいけない。いつでも次にいけるようにするには、うまくならないことです。うまくなったら驚きを失くしてしまうから。マギー司郎さんが僕にこんなことを言ってくれて。「頑張りすぎると客観性を失くすから、頑張りも8割まで」と。やるけれど、全部を一生懸命やりすぎない。そんなスタンスです。

モノを作ることのベースには哲学があった。こうした作り手の哲学は番組を通じて伝わってくるものであり、これからのテレビにも残り続けて欲しい。

テレビ屋が語るテレビ論はこの日も続いた。(筆者撮影)
テレビ屋が語るテレビ論はこの日も続いた。(筆者撮影)
テレビ業界ジャーナリスト

1975年生まれ。放送ジャーナル社取締役。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、テレビビジネスの仕組みについて独自の視点で解説した執筆記事多数。得意分野は番組コンテンツの海外流通ビジネス。仏カンヌの番組見本市MIP取材を約10年続け、日本人ジャーナリストとしてはこの分野におけるオーソリティとして活動。業界で権威あるATP賞テレビグランプリの総務大臣賞審査員や、業界セミナー講師、行政支援プロジェクトのファシリテーターも務める。著書に「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)、「放送コンテンツの海外展開―デジタル変革期におけるパラダイム」(共著、中央経済社)。

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仏カンヌの番組見本市MIP取材を10年以上続け、日本人ジャーナリストとしてはこの分野におけるオーソリティとして活動する筆者が、ストリーミング&SNS時代に求められる世界市場の攻め方のヒントをお伝えします。主に国内外のコンテンツマーケット現地取材から得た情報を中心に記事をお届け。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、独自の視点でコンテンツビジネスの仕組みも解説していきます。

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