トランプ当選の日、世界のドキュメンタリー制作者が注目したこと~Tokyo Docsレポート
米大統領選挙に注目が集まった今週、各国のトップ映像ジャーナリストが集まり、世界で共有したいドキュメンタリーの企画提案会議が開かれていた。国際共同製作ドキュメンタリー番組を推進する業界イベント「Tokyo Docs (トーキョー・ドックス)」だ。現場で何が話し合われていたのか。
米大統領選挙投票日に世界の映像ジャーナリストが集結
トランプかクリントンか―、米大統領選挙の開票速報が流れていたちょうどその時、都内の会議室にNHKや民放キー局各局をはじめ、欧米やアジアで活躍するプロデューサーなどが集まり、ドキュメンタリー番組企画の公開プレゼンテーションが行われていた。トランプ氏の当選が伝えられた頃には、各国の映像ジャーナリストたちの関心ごとはもっぱらこの歴史的な結果に移り気味だったが、会議の目的はこれではない。世界で共有したいドキュメンタリー番組企画を成立するために関係者が集まっていた。
毎年この時期に国際共同製作ドキュメンタリーを推進する業界イベント「Tokyo Docs」がテレビ業界団体の東京TVフォーラムと全日本テレビ番組製作社連盟(ATP)の主催で行われている。総務省も後援し、国際交流基金アジアセンターなどの助成も受けて実施されている。今年は11月7日(月)から10日(木)までの4日間にわたって開催され、初日はアジアと日本のドキュメンタリー制作者の交流プロジェクトを中心に成果報告会や提案会議、2日目と3日目はピッチング・セッション、4日目は上映会などが行われた。
メインはピッチング・セッションと呼ぶ公開プレゼンテーションだ。参加するのはテレビ番組の制作会社に所属するディレクターやプロデューサー、フリーランスの映像ジャーナリストなどの面々。放送や配信、上映が実現することを目指して撮影中のドキュメンタリー企画を持ち込み、制作費を調達できる放送局や配信会社のキーマンがずらりと並ぶ前でプレゼンテーションするのだ。例えるなら『マネーの虎\』。新しい企画と資金の持ち合いを互いに成立させるための会議である。
持ち時間15分のルール。時間内に企画の意図や番組の構想を説明し、ティザーまたはトレーラーと呼ぶ番組のイメージをまとめた約3分程度の映像もみせ、「世界に向けて伝えたいメッセージがあるが、制作するにもお金がないから1000万円の資金を集めたい」といった具合に投げかける。すると、“虎”役から「企画の方向性が定まっていないから、今の段階では資金は出せない」「演出方法が馴染めない」など辛辣な意見も飛び交う。一方で「日本のユニークさが世界に発信できる良企画だ」「世界的に関心が高く、番組を通じて有効的に知られていない現状を伝えることができそうだ」などと、その場で“マネー”こそ積まれないが、そんな勢いある前向きな発言もあり、盛り上がる。
Tokyo Docsはピッチングをきっかけに、企画成立への道を探る場を提供し、また優秀企画に対し50万~100万円の開発支援金を出している。ドキュメンタリー企画を成立させるためのこうしたやり方が世界のトレンドでもあり、同じような会議が各地域で行われている。
問題を提起する、受刑者密着ものから踏み込んだ中国の一人っ子政策
今年もさまざまな企画が提案された。国内外から全体で101本の企画の応募があり、同イベントの天城靱彦実行委員長曰く「国際共同製作が成立しやすく、何よりストーリーテリング(コンセプト)がわかりやすいもの」を基準に19本がピッチングに選ばれた。日本のテレビ放送では見かけない類のものまで、バリエーションに富む。
例えば、フリーランスの映像ジャーナリスト坂上香氏が提案した「プリズン・サークル」は島根にある男性刑務所「社会復帰促進センター」に導入されたTC(回復共同体)ユニットの2年間密着取材を通じて、受刑者の変容を描くもの。彼らの過去のトラウマ体験―虐待、いじめ、人種差別、貧困も明らかにしていくといった内容だ。クラウドファンディングを使って約500万円を自力で集めたが、足りない制作資金を集めようと訴えた結果、優秀企画賞を受賞し、50万円の開発支援金を得た。
テレビ東京に所属する梅崎陽氏は「Dr.まあや カラー・オブ・ライフ」を企画するが、放送は決まっていない。自らのポケットマネーで撮影を進めているという。唯一無二の身長149センチ体重105キロの脳外科医デザイナーまあやの生き様を描く内容は会場で評判も良く、これも優秀企画賞を受賞した。
中国人のドキュメンタリー監督コンビが提案した「中国の忘れられた娘たち」は中国の一人っ子政策が長年にわたって女性たちに及ぼした深い傷の実態を伝えるものだ。手放された娘と生みの親、育ての親との複雑な感情や関係を記録し、「告白と許し」をテーマに迫る。世界から関心を集めそうなこの企画はベストアジアピッチ賞を受賞し、開発支援金100万円が手渡された。
またテレビ番組制作会社テムジン所属、松井至監督のデフの親を持つ子を扱った『私だけ 聴こえる』はベストピッチ賞に選ばれ、注目された。他にも賞は逃すも同じくテムジンから、性的マイノリティであるLGBTを撮影する写真家レスリー・キーを通じて日本の現状を描く「1万人のカミングアウト」や、英BBCらと共同制作した「サムライと愚か者―オリンパス事件の全貌」の監督が企画する野心作「犯罪の彫心 若きタトゥーアーティストの挑戦」、インドの粗悪な避妊施設の現状と家族計画制度の内幕を描く「ノー・モア・ベイビーズ」なども個人的に完成番組を見てみたくなる作品だった。
いずれも、表面からはみえにくいものを深掘りし、問題提起を起こさせるものばかりだ。それがドキュメンタリーの存在意義であり、ドラマやバラエティでは物足りなさを感じる層から支持されているが、地上波では深夜枠、映画館は単館系に限ることが多く、出口が少ない。こういった事情もあり、海外の放送局と組んで製作せざるを得ない状況からTokyo Docsに参加する制作者が増えている。
また、日本以外の話題は身近に感じにくいという理由で、世界の事情を扱ったドキュメンタリーはなかなか放送されていないのも残念だ。今回の米大統領選挙の結果はトランプ氏ということもありいろいろな意味で注目が集まっている。これを題材にしたさまざまな視点のドキュメンタリー番組が世界で作られるだろう。「予想外の今回の結果はなぜ生み出されたのか、アメリカ社会の実態を描くのに格好のネタだ」と会場で話していた海外のプロデューサーもいた。しかし、そうした番組が日本の地上波で放送される機会はあるだろうか。今、テレビ番組にも多様化が求められているのではないか。ドキュメンタリーを通じて現状を世界に発信したい企画が集まるTokyo Docsのようなイベントに参加すると、余計にそう思う。