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"官能オブジェ"になる職人技。プレゼンテーション巧者、パリのセンスを体感する。

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
「OBJETS SENSUELS」展の演出(写真はすべて筆者撮影)

人間国宝、伝統工芸士という称号がある日本。

M.O.F.(フランス最優秀職人章)やMaître d'Art(メートルダール)というタイトルがあるフランス。

私は常々この2つの国は世界でもとりわけ手仕事、 卓越した職人技に秀でた国という共通点があると思ってきました。

フランスに日本人が憧れを持ってきたのと同様に、今とくにフランス人が日本に憧れを抱き、訪ねたい国の筆頭に挙げるようになってきました。それにはもちろん、マンガの影響や、食への興味が旺盛だということもありますが、歴史的、文化的背景が豊かで、手仕事に対する親しみや尊敬が人々に通底しているという共通点も大いに関係していると思います。

職人技、伝統工芸という分野では、日本は決してフランスに負けていません。むしろ優っている点が多いでしょう。けれども、日本がフランスから是非とも学ぶべきものがあります。それはその優れた技術をいかに上手にプレゼンテーションするか、次世代につなげるかという点です。

フランスはとにかく見せ方が上手。世界中の人々を引き付ける数々のブランドがフランス発であるのは象徴的です。優れたものをいかに魅力的に見せるか、多くの人が自分の生活の中でそれを欲しいと思わせるように誘導してゆくのかというブランディング、マーケティングについては、フランスが抜群に秀でています。

パリ中心部に位置する「ル・ムーリス」。ホテルランクの最高位「パラス」の称号をもつ名門ホテルが、今回のイベントの会場になった
パリ中心部に位置する「ル・ムーリス」。ホテルランクの最高位「パラス」の称号をもつ名門ホテルが、今回のイベントの会場になった

今回ご紹介するイベント「OBJETS SENSUELS(オブジェ・センシュエル=官能的なオブジェ)」には、そのフランス一流のプレゼンテーション力がよく表れています。1月23日から27日、ファッションウイーク中の期間限定のイベントとして25人の職人技による作品が展示されました。

匠の技を大上段に構えるのではなく、いい感じに肩の力を抜いて遊び心を盛り込みつつ、決して下品にはならず、大人っぽいおしゃれなセンスで見せる。「展示」と書きましたが、その言葉が無味乾燥と思えるほど、それはとても魅惑的な空間でした。

場所はパリ屈指のパラス級ホテル「ル・ムーリス」。その一角、改装工事中のフロアを舞台にして、Sentir(香りを嗅ぐ)、 Entendre(聞く)、 Toucher(触る)、 Voir(見る)、 Goûter (味わう)の5つをテーマにさまざまな仕掛けがしてあるシアターのような各部屋を巡りながら、アーティスティックな職人技を堪能するというものです。

ボディがまとっているのは革製の衣装。ビヨンセ、ジャン=ポール・ゴルチエらの信頼を集めている革職人ロベール・メルシエさんの作品。背後にあるのはフランス共和国親衛隊の馬具
ボディがまとっているのは革製の衣装。ビヨンセ、ジャン=ポール・ゴルチエらの信頼を集めている革職人ロベール・メルシエさんの作品。背後にあるのはフランス共和国親衛隊の馬具

テキスタイル作家オーレリア・ルブラン、ガラス職人リュシル・ヴィオー。二人の女性のコラボ作品。緯糸として細くカットしたガラスが織り込まれている。本来ベッドサイドにある読書灯が作品を照らしているのが面白い
テキスタイル作家オーレリア・ルブラン、ガラス職人リュシル・ヴィオー。二人の女性のコラボ作品。緯糸として細くカットしたガラスが織り込まれている。本来ベッドサイドにある読書灯が作品を照らしているのが面白い

「味わう」のコーナーでも目を引いたロベール・メルシエさんの作品。大理石のバスルームと絶妙のコントラストを見せていた
「味わう」のコーナーでも目を引いたロベール・メルシエさんの作品。大理石のバスルームと絶妙のコントラストを見せていた

会場の雰囲気はこちらの動画からご覧くださいませ。ちなみにサムネイル画像は「ル・ムーリス」のシェフパティシエ、セドリック・グロレさんの代表作の一つ「ルービック・ケーキ」です。

イベントの発案者はRaphaëlle Le Baud(ラファエル・ルボー)さん。パリの扇子の老舗メーカー「Duvelleroy」を引き継ぐ一方、職人技の分野のコンサルティングを行う「Métiers Rares(メチエ・ラール)」 という組織を起こしました。具体的には職人とブランド、財団、企業との橋渡し役。両者をつなぐことによって、職人技を現代のニーズに生かそうとしています。

「the craft project(ザ・クラフト・プロジェクト)」というシンクタンク的なアソシエーションも組織し、ポッドキャストを通じて手仕事の世界を広く一般にも紹介することで、よりよく選び、伝え、買うための意識喚起をしています。

左の女性がイベントの仕掛け人、ラファエル・ルボーさん。右の男性は、会場のセノグラフィーを担当したピエール=イヴ・グネックさん
左の女性がイベントの仕掛け人、ラファエル・ルボーさん。右の男性は、会場のセノグラフィーを担当したピエール=イヴ・グネックさん

ところで、会場となった「ル・ムーリス」。 ここは日本の国家元首をはじめ、国賓級のゲストを迎える場所ですが、リノベーション中のフロアをこうした画期的な取り組みのために提供するところに懐の深さを感じます。

もっとも絶えずアップデートされるホテルの内装そのものが、さまざまな分野の職人技を結集したもの。パリを代表するホテルとして、自国が誇る伝統の技、そして最新のセンスでゲストをもてなす役目を担っているという自負があるはずです。

「ル・ムーリス」のメインダイニング。ヴェルサイユ宮殿を彷彿させる優雅な空間
「ル・ムーリス」のメインダイニング。ヴェルサイユ宮殿を彷彿させる優雅な空間

ちなみに、5日間だけのこのレアなイベントを私が体感することができたのは、長年「ル・ムーリス」のプレスとして活躍した大岡陽子さんのご案内によるもの。彼女は現在独立して「Yoko & Cie.」を立ち上げ、まさに、日本とフランスの佳きものを相互に紹介する仕事に取り組んでいます。今回のイベントでは、京都の「開化堂」の茶筒が出品されていましたが、これも彼女の人脈によるものです。

「触る」のコーナー、薄明かりに浮かび上がる「開化堂」八木隆裕さん作の茶筒。その左にあるのは、「アトリエ・ジョルジュ」の柑橘類を絞る道具。手拭きガラスでできている
「触る」のコーナー、薄明かりに浮かび上がる「開化堂」八木隆裕さん作の茶筒。その左にあるのは、「アトリエ・ジョルジュ」の柑橘類を絞る道具。手拭きガラスでできている

日本とフランス、職人技をはじめとする佳きものを相互に紹介する活動を展開中の大岡陽子さん。ラファエルさんの活動のアンバサダーとして、今回のイベントでも活躍された
日本とフランス、職人技をはじめとする佳きものを相互に紹介する活動を展開中の大岡陽子さん。ラファエルさんの活動のアンバサダーとして、今回のイベントでも活躍された

会場でお会いしたラファエルさんからは、transmission(トランスミッション)、 moderniser(モデルニゼ)という言葉が何度も聞かれました。前者は伝えること、 継承すること。後者は、現代風にすること、刷新すること。

伝統の技のこれからを語る時、その2つの言葉は車の両輪のように欠かすことのできないものですが、特に後者について、私たち日本人はフランスの彼女らのようなセンスの持ち主から多くを学べるのではないかと思います。現代の暮らしに沿うように、というよりむしろ、未来の欲求を喚起するような視点。それが日本の伝統産業に是非とも必要だと感じます。

このようなイベントが日本でも開催され、多くの人が実際に体感できたらどんなによいでしょう。それこそがトランスミッション。そして、体験した人、何かを感じ取った人の中から新しいアイディアと行動が生まれるのではないかと思います。

パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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