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【政策会議日記7】国のバランスシートは?(財政制度等審議会)

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

今回は、前回の拙稿【政策会議日記6】国の会計は複式簿記?(財政制度等審議会)に引き続き、私も一委員として出席した1月28日午前の財政制度等審議会財政制度分科会法制・公会計部会で議論された、2012年度の「国の財務書類」について解説します。

国の財務書類

「国の財務書類」は、国の一般会計や特別会計を全体として捉え、企業会計の考え方及び手法(発生主義、複式簿記)を参考として、資産や負債などのストックの状況、費用や財源などのフローの状況を、一覧できるようにわかりやすく開示するものです。2003年度決算分から作成・公表しています。

1月28日の財政制度等審議会財政制度分科会法制・公会計部会では、2012年度の「国の財務書類」について報告があり、その内容について議論しました。その会合での配付資料は、2012年度の「国の財務書類」が国会に提出されるまで公表を差し控えておりましたが、この度公開されたので、これを踏まえ拙稿でもその内容について触れたいと思います。

2012年度の国の財政状況を示すバランスシート(貸借対照表)はどうだったでしょうか。

2012年度末の国の貸借対照表によると、資産合計は約640兆円(前年度末比約11兆円増)、負債合計約1,117兆円(前年度末比約29兆円増)で、資産・負債差額はマイナス477兆円(前年度末比でマイナスの額が約18兆円増)となりました。

資産の増加は、為替介入(円売り・外貨買い)によって取得した外貨証券(米国債など)において円安の進行に伴い為替差益が発生したことで増加したことが最も大きな要因です。負債の増加は、赤字国債の残高が約36兆円増えたことが主因となっています。

その結果、資産・負債差額はマイナス477兆円となり、債務超過額としては過去最大となりました。ニュースなどでの報道は、この資産・負債差額のマイナスの額、つまり債務超過額が477兆円に達したことに注目が集まりました。

これをどう評価すればよいでしょうか。実は、単純ではありません。

一つの見方に、

政府が日ごろ、負債残高が1,000兆円を超え日本のGDP(国内総生産)の2倍以上になり財政難だ、と喧伝するが、政府が持つ資産を差し引いた資産・負債差額でみれば、債務超過額は477兆円にすぎず、将来の国民負担はそれほど多くない。負債額でみるべきでなく、資産・負債差額でみるべきだ。

というものがあります。この見方の暗黙の大前提は、政府が持っている資産は(負債を返済するために)換金しやすいものである、ということです。果たしてそうでしょうか?

2012年度の「国の財務書類」を解説する「平成24年度『国の財務書類』ポイント」の18ページにある「国の資産をどう見るか」にもあるように、政府が持つ資産は、現金・預金、有価証券、貸付金、運用寄託金、有形固定資産、出資金、その他から成っています。

そのうち、有価証券の大半を占める外貨証券(米国債など)は、円高・ドル安を止めるために政府が為替介入する際に起債した外国為替資金証券(負債側)によって調達しており、この負債を返済するには米国債などを売却しなければならず、その時には外国為替市場においてドル売り・円買いをすることになるので、円高・ドル安を助長しかねません。したがって、一気に外貨証券を売却して負債の返済に充てることは困難でしょう。

貸付金の大半は、国の財政投融資制度における財政融資資金貸付金です。この貸付は、中小企業や地方自治体や奨学生に向けたもので、かつて(住宅金融公庫を通じて)行っていた住宅ローンも含まれています。この貸付の多くは、国債(財投債と呼びます)を発行して調達した資金で賄われています。確かに、この貸付が返済されれば、その原資となった国債(財投債)も返済できます。しかし、中小企業や地方自治体や有利子奨学金を受けた元奨学生や今なお残る住宅ローンの債務者には、長期で貸し付けており、すぐに返済されるものではありません。

運用寄託金は、公的年金預り金(年金給付財源として保有している保険料等の積立金等)を資産運用しているものです。これは公的年金の給付のためのものなので、国債の返済に充てられる資金ではありません。

有形固定資産は、河川や道路といった公共用財産や国の庁舎等から成り、売却して現金化することが想定できないものです。出資金は、独立行政法人の出資金や政策的に国に保有義務のある株式等から成り、独立行政法人を、廃止したり、株式会社に転換して株式市場に上場でもすれば別ですが、そうでない限りこの出資金を換金して負債の返済に充てることは困難です。

もちろん、政府が保有する資産で無駄に持っているものは売却するなどして減らし、負債の返済に充てることは進めてゆくべきです。しかし、資産・負債差額の金額に現れるようなほどに資産を売却して負債を減らせるというものではありません。

むしろ、負債側で見合いの資産がない部分は、今後国民が税金で負担して返済してゆかなければならないもの(つまり将来の国民負担)といえます。「平成24年度『国の財務書類』ポイント」の18ページに即して具体的に言えば、負債側で、公債のうち建設国債と特例国債(赤字国債のこと)とその他や、借入金です。これら見合いの資産がない負債の額が、負債総額のほとんどを占めており、それらが将来の国民負担になるものです。

こうみると、「国の財務書類」における資産・負債差額は、将来の国民負担を意味するとは言えません。むしろ、見合いの資産がない負債が、将来の国民負担となるものです。

その上、「国の財務書類」における負債には(未積立の)年金給付債務は計上されていません。これは、政府が隠蔽している訳ではなく、他の先進国でも同様の取り扱いになっているので、日本だけが計上していないという訳ではありません。年金給付は今後の政府の政策スタンス次第で変化するかもしれないので、「現行制度が今後一切変わらなければ」という前提を置かない限り将来にわたる年金給付の現在価値は試算できません。そうなると、強い仮定を置かないと貸借対照表に計上できないことから、別のところで示すことにしています。ちなみに、これに関して「国の財務書類」では、貸借対照表ではなく注記にて示されています。より明確な解説は、「『国の財務書類』ガイドブック」19~24ページにあります。

未積立の年金給付債務は、その意味からして、将来の年金給付のために、今後国民が保険料なり税なりで財源を負担するものになります。まさに、将来の国民負担となります。したがって、「国の財務書類」における資産・負債差額は将来の国民負担を意味するとは言えないどころか、見合いの資産がない負債に加えて未積立の年金給付債務も合わせた額(ほぼグロスの負債に匹敵)が将来の国民負担に相当する、というのが妥当な認識と言えます。

このように、「国の財務書類」は、貸借対照表だけでなく、業務費用計算書、資産・負債差額増減計算書、区分別収支計算書が一体となり、かつ注記や付属明細書などによる詳述も含めて、国の財務状況について有益な情報が得られる資料となっています。

慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

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