「スペンス、クロフォード待ってろよ」 日本初の世界ウェルター級王者を目指す佐々木尽
日本人史上初の世界ウェルター級王者へーーー。怪物的な選手たちがはびこる群雄割拠の階級に殴り込みをかけようという日本人スター候補がいる。
まだ22歳。16勝(15KO)1敗1分の倒し屋、佐々木尽(八王子中屋)だ。
パワー、スピード、バネをすべて備えた大器は19歳で日本スーパーライト級ユース王座を獲得。今年1月14日、豊嶋亮太(帝拳)を強烈な初回KOで下してWBOアジアパシフィックウェルター級王者に就任する。4月の初防衛戦ではアメリカでも試合経験のある小原佳太(三迫)を3回KOで屠り、評価を上げるに至った。
その佐々木は5月、ラスベガス合宿中に左肩を負傷し、7月の2度目の防衛戦で勝利後に手術を受けた。残念ながら来夏までは試合から遠ざかるが、世界主要4団体でランキング入りした注目株の闘志は衰えていない。
7月下旬には再渡米し、ラスベガスで開催されたエロール・スペンス Jr.(アメリカ)対テレンス・クロフォード(アメリカ)戦を生観戦した。自身が所属する階級のメガファイトに刺激を受けた佐々木に試合後、じっくりと話を聞いた。
(以下、佐々木の1人語り)
“クロフォードと対戦したい”
今回のラスベガス滞在中、スペンス対クロフォード戦という階級トップクラスの試合が観られて、本当に嬉しかったですし、参考にもなりました。
事前には判定でクロフォードが勝つかなと予想していたんです。クロフォードが負けることないかなと考えていたんですけど、あそこまで圧倒的な形で勝つとは思わなかったですね。
昔から思っていたことですが、クロフォードは身体が柔らかく、ボクシングは完成されています。身体の動きとパンチが連動していて、カウンターのうまさも印象的です。試合を生で見られて、やっぱりすごいなと思いました。
あれだけの勝ち方を見せつけられても、“クロフォードと対戦したい”という気持ちは全然変わらないです。むしろ、余計にやりたいです(笑)
こんな強さを見ると、“勝つのは無理だ”と思うのが普通なんでしょう。僕に関しても、それはみんなが考えていることだと思います。でも、やる気次第でどうにかなると僕は思っています。クロフォードにだって隙がゼロというわけではもちろんなく、人間なんで攻撃する時は絶対に隙はあります。
クロフォードは相手が打ってきたところに合わせるのがとてもうまいですよね。打たせて、カウンターで打つ。そのカウンターパンチを思い切り打ってきます。だから隙があるとすれば、そのカウンターを狙ってきたところなんです。
みんなカウンターを打たれ、そこで下がってしまいますけど、動じずにガチンといければわからないですよ。それができれば流れは変わってきます。“カウンターのカウンターを狙う”という意識が必要だと思いました。
もちろんそれらをやるためには様々なものが必要です。フィジカルをもっと強くして、スタミナをつけて、スピード、パワーを向上させなければいけません。今後、基礎的な体力とボクシングの技術を上げてから挑む形でしょう。いずれクロフォードと対戦できるとしたら、そういうイメージだと思います。
ラスベガスでビッグファイトを観るのはこれが初めてでしたが、アメリカのお客さんは楽しんでいるという印象でした。立ち上がって、歓声を上げて、盛り上がっていましたね。日本と種類が違って、クラブみたいな感じでしょうか。
僕は日本でスティーブン・フルトン(アメリカ)対井上尚弥(大橋)戦を、アメリカではスペンス対クロフォード戦をどちらも会場で観ることができました。それぞれ違う凄さがあったので、本当にいい経験になりました。この2試合を両方会場で見た人って、ジミー・レノン Jr.(リングアナウンサー)とかいますけど、選手では僕以外にたぶんほとんどいないんじゃないでしょうか(笑)
今回の旅で得たものは、ボクシング人生において役立ちそうな気がします。心持ちとか、試合の感覚とか、一度来れば、だいたい雰囲気もわかるじゃないですか。初めてラスベガスに来ていきなり試合やるのと、何度か来て慣れてからやるのとでは絶対に違います。この経験のおかげで今後、自分のパフォーマンスも変わってくるんじゃないかなと思っています。
プロとしての心構えが変わった転機とは
僕がボクシングを始めたのは中学生の頃です。当時、週3日は柔道をやっていて、残りの4日も何かやりたいなと思ったんです。一度は陸上部に入ったんですけど、ただ走るだけでは退屈で、そこで親の勧めもあってボクシングを始めたわけです。個人競技、格闘技系をやってみたかったというのもありました。
しばらくは柔道と半々か、60/40、70/30くらいで柔道の比重が大きかったんですけど、高校入学と同時にジムに行き、「これからはボクシング一本でやります。世界チャンピオンになります」って言ったんです。
柔道で五輪に出て金メダルを取るか、それともボクシングで世界チャンピオンになるか・・・・・そのどっちかと考えたんですが、単純により楽しくて、好きだったのがボクシング。リングで殴り合う方が楽しいし、自分により向いているなと思ったので、ボクシングを選びました。それからは毎日ジムに行き、人の1.5倍の練習量をこなすようになりました。
僕の最大の持ち味は“気持ちの強さ”だと思っています。パワー、パンチ力をよく褒めてもらえますが、自分としてはそれよりも気持ち、メンタルです。
他の人はすぐ“怖い怖い”と言いますけど、僕は何に対しても怖いなんて思ったことがないんです。やることをやっておけば、試合は怖くないし、負けることも怖くないんですよ。
練習でやりきれていなくて、負けたら悔いが残るでしょうし、試合前もたぶん怖いんでしょうね。でも、これだけやったんだからっていう思いが根底にあれば、もう勝てるとしか思わないです。
そんな僕も、(2021年10月19日の)平岡アンディ(大橋)戦で計量失敗したときには「プロとして終わっているな」と思いました。リング上の戦いと減量はまたメンタルの種類が違うんですが、その時は苦しすぎて、もう体重が落ちませんでした。結局、落とせなかったんだからプロ失格です。
「佐々木尽にはボクシングをやる資格がない、この競技をやってはいけない人間なんだ」と真剣に思いました。そこで一度やめようと思い、1ヶ月くらいは練習を休みました。ただ、そこからいろいろと考え、戦いには自信あるのに、体重が作れないなんてと悔しくなってきたんです。
失敗したまま去ってしまったら、ジムにも申し訳ないじゃないですか。その時、八王子中屋ジムで世界チャンピオンになりたいと改めて思ったんです。
そこで僕は変わったと思います。意識の面で別人になりました。減量の方法も変わりましたね。それまでは普段の体重は重くて、最後の週に一気に落としていたんですが、最近は刻んで、チェックして、徐々に落とすようになりました。
普段の生活からしっかりやらなければと考え、栄養トレーナーもつけました。そうしないと、また絶対に同じことをやってしまうと思ったんです。その心構えは今も続いています。人って変わらないっていうけど、変われるんですよ。
ただの世界王者でなく、“レジェンド”に
今年5月、ラスベガスにスパーリング合宿で行かせてもらったことも自分のキャリアに大きく役立ちました。その時はサラスジムでWBA世界ミドル級正規王者、世界2階級制覇のエリスランディ・ララ(アメリカ)ともスパーしました。
ララは強かったですよ。身長は低いんですけど、身体が分厚くて、パンチも身体も重かったです。向かい合うと、ミドル級の選手らしくどっしりしていましたね。今までいろんな選手とやってきましたけど、強いなと感じた1人です。
あとはフリューディス・ロハス(アメリカ)も強かったですね。背の高いサウスポーで、その時点で10戦10勝10KO。世界選手権でも銅メダルを獲得したとかで、クロフォード、ジャロン・エニス(アメリカ)ともスパーリングをやっている選手だから、力はあるんでしょう。技術がどうこうというより、パンチの強さが印象的でした。特に1、2ラウンドは強く、3回に失速しましたけど。試合だったら僕が倒せると思います(笑)
こういったハイレベルの環境で力をつけさせてもらったので、ケガでこれから約1年、試合ができないのはやはり残念です。でもこの1年の中で、脚力、体幹を向上させたいと思っています。身体作りに重点を置きますが、筋肉をつけるとかではなく、芯の部分、軸を強くしたいということです。
まずぶれない身体を作りたいので、重心ののせ方とか、神経系のトレーニングもやりたいです。それらができれば、自然にまたパンチも強くなると思っています。
僕の将来の目標はもちろん世界チャンピオンです。ただの世界王者ではなく、マニー・パッキャオ(フィリピン)のように引退しても憧れられるようなレジェンド的なボクサーになっていきたいです。そのためにはただ勝つだけではダメですよね。常に圧倒的な勝ち方が必要、というのはわかっているつもりです。
以前の試合のあと、リング上で「スペンス、クロフォード待っていろよ!」と言ったことがありました。こういった発言は自分にプレッシャーかけるためとかではなく、世界に認知してもらうためにやっているんです。
プロボクサーなら、周囲の人に知ってもらわないとダメです。僕もまだ会場を満員にできているわけではありません。知ってくれて、試合を見てくれれば、ファンにしてみせる自信はありますが、まだまだ知名度がないのはわかっています。
もっと強くなって、実力をつけなきゃいけません。その上でどれだけエンターテイメント性を出せるか、人に見てもらえるかだと考えていて、思い切ったコメントをするのもそのためです。
今ではボクシングに集中していますが、高校生の時、くら寿司でバイトをやっていたことがありました。多くて週5回、1日8時間くらいで、意外と忙しかったんですけど、でも今思い返しても、当たり前かもしれないですけど、気持ち的には全然ラクでした。
バイトだったら勤務時間にだけ集中すれば良かったですけど、ボクシングは人生をかけてやっているので、1日中ずっと緊張感を持って生活しています。常にやらなければいけないことがある感じ。将来に向けた確固たる目標があるので、気持ちが違うし、神経を使うレベルが違うんですよ。
それはそれで大変ですが、同時に楽しいですね。集中して、夢を追っている日々が楽しいです。ただ生きているだけなら楽かもしれないですけど、刺激はないです。それじゃつまらないですし、刺激的な人生の方が僕は楽しいです。
これは勘なんですけど、僕は30歳くらいまでにはボクシングをやめる気がします。だから遅くても24歳くらいまでには世界トップクラスとやり合える感じになって、25、26歳くらいまでには100%、世界王者にならなければいけません。
その後に防衛して、井上尚弥さんみたいになりたいです。それに向けて時間を無駄にはできないし、今、できることをやらなければいけません。
こうやって目標を持って頑張っている方が、生きているって感じがします。どうせ死ぬなら、日本に名を刻んで死にたいと思っています。そのためにも、ケガから復帰したら、もう判定勝利はいらないので、倒して、倒して、これからもずっと勝ち続けていきたいです。