衆院選前に振り返る! 刑法・性犯罪規定の改正議論ってどんな感じなの?
上川陽子法務大臣が9月に諮問した性犯罪規定の改正議論。法務省の法制審議会は昨日10月27日に第一回が開かれた。今週末の衆院選で大きな争点とはなっていないが、市民による政党へのアンケートから、ある程度各政党の姿勢が見て取れる。
これを機に、刑法・性犯罪規定の改正議論のこれまでと現在について振り返ってみたい。
●市民によるアンケート、自民は明言を避ける
まず、市民有志やNGOによる政党アンケートから、刑法・性犯罪に関する項目とその回答を見てみたい。
アクティビストのeri さん、文筆家の佐久間裕美子さんら有志が行った「みんなの未来を選ぶためのチェックリスト」では、「09.性暴力/刑法改正について」の項目があり、性交同意年齢の引き上げ、暴行・脅迫要件や公訴時効の撤廃などについて質問を行っている。「不同意性交等罪の創設を行いますか?」という質問もあり、一般的にも議論がここまで進んだのかと感じた。後述するが、不同意性交については2017年の改正時には論点にも据えられない項目だったからだ。
各党の回答詳細はサイトでご覧いただきたいが、立憲・共産・社会民主・れいわ・国民民主は比較的積極的と取れる回答結果だ。自民党は法制審議会での「結果を踏まえて適切に対応します」と明言を避けている。公明は調査自体に未回答。
「目指せ投票率75%プロジェクト実行委員会」が行った「みんなの争点10+」では、事前調査で最も注目度の高かった争点の1番目が「ハラスメント禁止」。
ここでの回答で性犯罪刑法の改正議論について触れたのは、公明、共産、国民民主。自民は具体的な記載なし。立憲民主は「性暴力被害者支援法」「セクハラ禁止法」の制定や性暴力被害者支援センター拡充のための財政支援について触れているが、性犯罪刑法には言及がない。
国際人権NGOヒューマンライツ・ナウが行った「人権政策に関する政党アンケート2021」では、「刑法性犯罪規定の改正」について賛成・反対をシンプルに質問。
賛成は共産・維新・国民民主・社民・れいわ。維新は「みんなの未来を選ぶためのチェックリスト」では、暴行・脅迫要件の緩和や不同意性交等罪の創設に「△」をつけ「どのような構成要件にするか十分に議論したうえで結論を出すべき」としていたが、こちらの調査では「賛成」の一言となっている。
立憲は、性交同意年齢など改正全体には賛成であるものの、不同意性交等罪の創設には慎重な態度で、これは一貫している。自民、公明は法務省・審議会や国民的議論を重ねてという姿勢。
以下で書く通り、2017年の刑法・性犯罪規定改正のきっかけを作ったのは自民党の松島みどり議員である。また、2020年3月に、更なる改正のための検討会設置を決めたのは、森まさこ法務大臣(当時)だ。そして自民党には、各政党の中で唯一、性暴力のない社会を目指す議員連盟(通称ワンツー議連) がある。もう少し議論をリードするような姿勢をアンケートでも見せてくれてはいいのではないかと、個人的には感じる。
●2017年の大幅改正までと、それ以降に何があったか
複数の大学で「性的同意」に関する活動が行われるようになったり、「性交同意年齢」あるいは「暴行・脅迫要件」に関する議論が盛んになったのは、ここ数年のことだ。2017年の性犯罪刑法改正は110年ぶりの大幅な改正としてそれなりにニュースとなったが、一般からの関心は今ほど高くはなかった。改正に関するこれまでの経緯を振り返ってみたい。
【2014年】
・2014年9月、第2次安倍内閣で松島みどり議員が法務大臣に任命される。就任会見で、性犯罪に関する刑法を改正する必要があることを明言。強盗よりも強姦の量刑が軽いことへの指摘だった。松島大臣はこの会見の翌月に「うちわ配布疑惑」で辞任してしまうが、改正に向けての準備は続けられた。
【2014年〜2015年】
・2014年10月〜2015年8月、法務省で「性犯罪の罰則に関する検討会」が始まる。このときの検討委員12人中、性暴力の被害者支援に携わる専門家は、臨床心理士の齋藤梓さん、弁護士の角田由紀子さんの2人のみだった。
【2015年〜2016年】
・2015年11月〜2016年6月にかけて、法務省で17人の委員による法制審議会が行われる。
・2016年頃から性暴力被害の当事者や支援団体による刑法改正に向けた活動が活発になり、ネット署名「『イヤよイヤよは嫌なんです』性暴力被害者が前向きに生きられる日本に!」には5万4000筆以上の賛同が寄せられた。
・しかし、法制審議会でまとめられた修正案は、強姦罪を強制性交等罪とすることや、非親告罪化、懲役の下限を3年から5年へ、などのわかりやすい論点に限られ、「暴行・脅迫要件の緩和あるいは撤廃」「性交同意年齢の引き上げ」「公訴時効の撤廃あるいは停止」「配偶者間における強姦罪の明文化」「監護者以外の地位・関係性を利用した性犯罪」などについての修正は見送られた。不同意性交等罪の創設については、検討会・法制審議会でもほとんど議論の対象とならなかった。
・2016年11月、国会での審議が翌年に迫り、日本弁護士連合会(日弁連)が、改正に一部反対の意見書を法務大臣などに提出。被害者支援など57団体がこれに抗議した。
【2017年】
・2017年3月、性犯罪に関する刑法の改正法案が閣議決定。
・2017年4月、性犯罪刑法の早期審議を求める署名が提出される。後から閣議決定された共謀罪が先に審議入りし、「時間切れ」となることを懸念した市民らによるもの。「今国会での成立に大きな不安を感じています」という声もあった。
・2017年6月17日、衆議院本会議で性犯罪刑法の改正が全会一致で可決され成立。翌月13日から施行。前述の通り「暴行・脅迫要件の緩和あるいは撤廃」などの多くの論点は見送られたままの改正となったが、当事者・支援団体の訴えもあり、改正には附則が付き、3年後を目処として必要があると認める場合は更なる見直しを検討する旨が記された。
・2017年7月、3年後の更なる見直しを求めて、性暴力の被害当事者を中心とする一般社団法人「Spring」が設立。
・2017年秋、ジャーナリストの伊藤詩織さんが『Black Box』を出版、#metooが盛り上がり世界的に広まるなど、性暴力に関する報道が増える。
【2019年】
・2019年3月、福岡、愛知、静岡の裁判所で性犯罪事件4件の無罪判決が続く。これをきっかけに全国各地で毎月11月にフラワーデモが行われるようになる。「暴行・脅迫」や「抗拒不能」など、被害者側から見た性犯罪刑法の問題点について報道が増える。
・2019年12月、一般社団法人Springが森まさこ法務大臣に性犯罪刑法の改正に向けた要望書を提出。見直し検討の目処とされた2020年が迫るものの、法務省で動きが見られないことに危機感を抱いたもの。
【2020年】
・2020年3月12日、4件の性犯罪無罪判決のうち、最も話題となった名古屋地裁岡崎支部の実父からの性虐待事件について、名古屋高裁が逆転の有罪判決。性犯罪刑法について複数の新聞社が社説を掲載するなど、広く報道される。
・2020年3月末、さらなる改正に向けて法務省で検討会が設置されることが発表される。検討会メンバー17人中、性暴力被害者の支援に携わる専門家は5人。前回の検討会にはなかった、「被害者心理・被害者支援等関係者」枠が設けられ、性暴力の被害当事者である山本潤さんが委員に選ばれた。
【2020年〜2021年】
・2020年6月〜2021年5月、法務省で検討会が行われる。コロナ禍、一部委員はオンラインで参加することも。
・2021年9月16日、検討会での取りまとめを受け、上川陽子法務大臣が性犯罪刑法の法整備について諮問。法制審議会で議論される10の論点がまとめられ、「不同意性交等罪」「暴行・脅迫要件」「公訴時効」「性交同意年齢」などが諮問入り。
・2021年10月27日、法務省法制審議会の第一回が開かれる。
●自然の流れではなく、当事者たちの成果
経緯を振り返り、2017年の改正や、その後のさらなる見直し検討に至るまでが一筋縄ではいかなかったことがおわかりいただけるだろうか。
繰り返しになるが、2017年の改正時では量刑の引き上げなどわかりやすい部分の改正に限られ、「暴行・脅迫要件」や「性交同意年齢」といった論点の重要性が世論に今ほど広く伝わっていたとは言えない。法務省の検討会でも、被害者支援側からの意見が通りやすかったとは言えない。
3年後を目処に見直しを検討するかもしれないという附則がついたことで、2017年以降にも当事者団体らは声を上げ続けた。2020年3月にさらなる見直しに向けた検討会設置が決定したが、これも自然とそうなったわけではない。
支援に携わる人からは、「2019年3月の無罪判決とその後のフラワーデモや報道があって流れが変わった。それまでは法務省もそこまで積極的に再検討を考えていなかったと思う」という声が聞かれた。当事者たちの行動や報道の何か一つでも欠けていたら、再検討はなかったかもしれない。
衆院選で複数の団体が、政党や候補者に対して性犯罪刑法に関するアンケートを行ってくれた。それだけ、この論点が注目されているということだ。
ざっくりとした説明になるが、「不同意性交等罪の創設」は「暴行・脅迫要件の緩和・撤廃」よりも更にハードルの高い目標である。2017年の改正時には「暴行・脅迫要件の緩和・撤廃」すら見送られたことを踏まえると、「不同意性交等罪の創設」が選挙時のアンケートに組み込まれ、さらに法制審議会での検討が決まったというのは、確実に時代の変化だと感じる。
変化を作ったのは一人ひとりの当事者の声であり、それを受け止めた人たちのアクションによる。いよいよ正念場となる今後の法制審議会を注視したい。