『平壌共同宣言』一周年、南北関係の成果と課題
19日、昨年の朝鮮半島「熱狂」のピークを飾った平壌共同宣言から一年を迎えた。今や南北共同の一周年記念行事も行われない冷え切った南北関係だが、成果もあった。宣言の内容と実践を振り返る。
●「チーフ・ネゴシエイター」
2018年は、長く停滞していた朝鮮半島情勢が大きく動き、「朝鮮半島平和プロセス」が再始動した一年だった。
2月の平昌五輪への北朝鮮チームの参加を皮切りに、4月には11年ぶりとなる南北首脳会談が板門店で開かれた。ここで韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩委員長は、過去の南北合意の復活と南北が共同繁栄する未来、朝鮮半島の完全な非核化という目標を共有する『板門店宣言』を発表した。
さらに6月、シンガポールで行われた史上初の米朝首脳会談で、トランプ大統領は北朝鮮に安全保障を提供し、金委員長は朝鮮半島の完全な非核化をすることを確認する。さらにこれを含めた、米朝の新たな関係の樹立と朝鮮半島における平和体制の構築が宣言された。
この二つの合意は、1948年の南北分断と1950年から3年続いた朝鮮戦争を契機に、70年近くにわたって根付いてきた朝鮮半島での冷戦体制を終わらせるものだ。そしてその裏には、韓国政府の積極的な働きかけがあった。
文大統領は17年5月の就任後、一触即発だった米朝関係を「武力行使は認めない」と辛抱強くつなぎとめた。2000年代前半の良かった時代の南北関係を知らない金委員長に「バラ色の未来」を提示し対話に引き込むと同時に、前任のオバマ大統領を超える成果を渇望していたトランプ大統領には「歴史を作る舞台」を提供したのだった。
南北関係の改善をテコとし米朝関係を動かすことで、長年の懸案だった非核化と米朝関係正常化をもたらし、結果として南北の共同繁栄という果実を得る。
北朝鮮の改革・開放を安全保障の負担軽減ならびに自国の成長動力としたい思惑を持った韓国政府によるこうした「作戦」は、トランプ大統領をして文大統領を「チーフ・ネゴシエイター」に任命させるほどピタリとはまっていた。そしてそれは、9月の平壌でピークに達した。
●『9.19平壌共同宣言』と『軍事合意書』
9月18日から20日まで、2泊3日で平壌を訪れた文大統領は19日、金委員長と共に『平壌共同宣言』に署名する。全5項目からなるこの宣言は4月の『板門店宣言』の土台の上に、「南北関係を新たな高い段階に進める」ためのもので、経済協力に人道協力、さらに文化交流などが含まれた。
[全訳] 9月平壌共同宣言(2018年9月19日)
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20180919-00097442/
この宣言の白眉は第一項と第五項にある。
(1) 軍事合意書
まず、第一項では南北が対峙する非武装地帯などでの軍事的な敵対関係終息と、朝鮮半島全域での実質的な戦争な危険の除去、そして根本的な敵対関係の終息が明記された。
そして、これを実現するための道具として『歴史的な「板門店宣言」履行のための軍事分野合意書(以下、軍事合意書)』が別途作られ、同じ日に南北国防相が署名した。
[全訳] 歴史的な「板門店宣言」履行のための軍事分野合意書
https://www.thekoreanpolitics.com/news/articleView.html?idxno=2683
「南と北は地上と海上、空中をはじめとする全ての空間で軍事的緊張と衝突の根源となる、相手方に対する一切の敵対行為を全面中止する」という文言に代表される軍事合意書は、南北軍事境界線を境に具体的な訓練・敵対行為禁止区域を定める一方、板門店を含む非武装地帯を平和地帯に変えていくための具体的な方案が細かく指定された。
また、南北共同で朝鮮戦争当時の遺骸発掘を行うことや、長く軍事的衝突の舞台となってきた西海(黄海)での安全保障計画ならびに共同利用が明記された。
それまで南北関係改善の最終段階として考えられてきた軍備の統制を全面に押し出し、一気に南北の緊張緩和を図った『軍事合意書』は正に歴史的なものだった。当時も今も、文在寅政権最大の成果として『軍事合意書』を挙げる専門家が多い。
(2) 非核化プロセスへの参加
『平壌共同宣言』の第五項には「朝鮮半島を核武器と核脅威のない平和の基盤とする」とされ、「このために必要な実質的な進展を成し遂げる」と記されている。
また、これに続く具体的な方案として「東倉里(トンチャンリ)エンジン試験場とミサイル発射台の永久廃棄」や「寧辺核施設の永久廃棄」、そして南北の緊密な協力が明記された。
短い三つの文章で構成されたこの項目もやはり、画期的なことだった。
18年1月に約2年ぶりに開かれた南北高官級会談で韓国側が朝鮮半島の非核化を取り上げたが、「北朝鮮側が非核化に言及したにもかかわらず、席をたたなかったのは初めて」とベテランの統一部次官が明かすほど、非核化問題は南北でタブーとされてきた。
そんな話題が、具体的なプロセスとなって現れたのだった。この当時、朝鮮半島の非核化が南北の「共同アイディア」であったことが『平壌共同宣言』からは浮かびあがる。
●一年後の今は
それでは、『平壌共同宣言』から一年経った今、南北関係はどうなっているのか。結論から言うと、半分の成功にとどまっている。
(1) 軍事合意書は「成功」
韓国の国防部は19日、『9.19軍事合意1周年の履行現況と成果』というプレスリリ―スの中で、「南北の軍事当局は18年11月1日から、敵対行為全面中止措置を忠実に履行している」と明かした。
さらに、「軍事合意書締結から今まで、南北間の接境地域で軍事的な緊張を高める行為は一件も識別されていない」とし、「軍事的な緊張緩和と信頼構築に実質的に寄与し、朝鮮半島での戦争の危険を解消する契機を作った」と同合意書を評価した。
なお、今年5月から延べ10回に及ぶ北朝鮮による短距離弾道ミサイルや放射砲(多連装ロケット)の発射実験は『軍事合意書』に違反していないとの判断を国防部は下した模様だ。8月には北朝鮮の発射実験に対しい「9.19合意の精神に合わない」と言及していた。
これに関し、9月18日にソウル市内で行われたシンポジウムでは、専門家が「区域による」との認識を示した。この専門家は、最も韓国側に近かった8月16日の江原道・通川(トンチョン)で行われた発射実験を例に挙げ「南北軍事境界線から40キロまでの距離での空中敵対行為を禁ずる項目に抵触していない」と述べた。
他方、非武装地帯や板門店では着々と変化が現れている。
前出の国防部資料によると、1キロ以内の距離で向かい合う南北22のGP(監視哨所)が非武装化の上で撤去され、江原道のファサルモリ高地では1600点におよぶ遺骸と4万3000の遺品が発掘された。南北対峙の最前線、板門店では自由往来は実現していないが、重火器と兵士詰所が撤去され非武装化される成果を挙げた。
こうした軍事合意書の履行は、非武装地帯での軍事衝突や挑発行為により南北関係が突発的に損なわれる事態を防ぐ役割を果たしている。米朝の非核化交渉が難航する今も、朝鮮半島の「安定」と対話基調が維持されている点において、「安全装置」の一つとして機能している。この変化は過去になかったものであり、とても大きなものだ。
だが、先の遺骸発掘も本来は南北共同で行われるべきだったものが、韓国単独での活動となっているなど課題は多い。何よりも、軍事合意書の履行を管理・点検するべき「南北軍事共同委員会」を未だ組織できない点を今後も放置するわけにはいかないだろう。
(2) 非核化交渉での信頼獲得は「失敗」
一方、南北関係改善を高らかにうたった『平壌共同宣言』の履行は芳しくない。
現在の南北関係は非常に低調だ。与党・共に民主党の関係者によると「南北交流に関するFAX一枚も受け取ってもらえない状態」となっている。韓国政府による国連機関を通じた5万トンのコメ支援も同様に拒否にあい、9月末の国連との契約期限に間に合わないことが確実だ。
事実、北朝鮮側メディアでは8月以降、韓国に対する攻撃が目立つ。8月中旬に北朝鮮当局は「歴史的な南北対話の動力が失われたのは全て南朝鮮当局者が自ら招いたものであり自業自得だ」とした上で、「(米韓軍事訓練が終わっても)南朝鮮の当局者たちと話すことなく、二度と席につく気がない」とまで言い切った。
なお、ここの「当局者」とは文大統領を指す。9月に入っても北朝鮮当局は韓国の軍備拡張に対し「背信行為」との非難を浴びせ続けている。
こうした南北関係膠着の背景には、以前の記事でも述べたように韓国が金委員長の信頼を失ったことと、米朝会談が動かない点がある。
すなわち、文大統領が「東倉里の無条件査察・廃棄と寧辺核施設の廃棄」という昨年9月の『平壌共同宣言』における共同作品をもってトランプ大統領を説得し、いくつかの相応措置を引っ張りだすことができなかったということだ。
金委員長の信頼を失ったことで、「南北関係の運転者」たるべき韓国側のイニシアティブは大きく損なわれている。今年8月15日の光復節の演説で、南北関係において常に喫緊の人道的課題であり、それ故に関係改善の突破口となってきた離散家族再会行事に言及できなかったことは象徴的だ。
そして米朝会談が動かないことで、北朝鮮は米国の独自制裁と国連安保理制裁でがんじがらめになったままの状態に置かれ続けており、韓国が独自にこれを改善することができないジレンマが続いている。鉄道・道路連結のような大規模経済協力プロジェクトは進展を見せず、韓国が提示できるインセンティブが無い。
●近づく米朝協議の焦点と韓国の役割
韓国は南北関係の期待を米朝対話の再開にかけている。
9月9日、北朝鮮の崔善姫(チェ・ソニ)第1外務次官は朝鮮中央通信を通じ、「9月下旬頃に米国と向き合う用意がある」との談話を発表した。また、16日には北朝鮮外務省の米国担当局長がやはり談話を通じ、「数週間以内に開かれると見られる」と米朝実務協議に言及した。
米朝協議については別の記事で扱うが、この「実務協議」における米朝の視点の差を指摘する声が韓国内に多い。米国の実務協議はボトムアップ、文字通りの実務者による協議である一方、北朝鮮のそれはトップダウン、つまり「トランプが首脳会談でどんな相応措置を出すのかを事前に明確にする」ことを求めるものだというものだ。
このため、米国が明確な条件を打ち出せるか否かが、今後の米朝協議の行方を左右する。
それでは韓国の役割は何なのか。18日、前述したシンポジウムで文正仁(ムン・ジョンイン)大統領外交安保特別補佐は筆者の質問に対し「耐えること」と短く答えた。できることは何もないということだ。
他方、南北関係をよく知る別の政府関係者は9月上旬にこう語っている。
「韓国は勝負をかける時がきた。トランプに対しては『相応措置を与えないと北朝鮮は来年かならず戦略的挑発をする。そうなるとあなたの成果も台無しだ』と伝え、金正恩に対しては『トランプを再選させないと全部台無しだ』と正直に言うべきだ」。
また、別の専門家からは「金錬鉄(キム・ヨンチョル)統一部長官は制裁に抵触しない金剛山観光再開をぶち上げ、大統領に辞表を叩きつけるべきだ」という自主派による強硬な声も聞こえてくる。
先週、「わが政府はその役割が何であろうとできることは全て行い、朝鮮半島の平和定着と平和経済による共同繁栄の未来を堂々と開いていく」と語った文在寅大統領は22日から26日まで米国を訪問し、23日にトランプ大統領と米韓首脳会談を行う。
予断を許さない状況が続くが、韓国政府には今こそ昨年の原則に立ち戻り、これを貫徹することが求められている。