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不妊女性の種々の思いと抑うつ・不安 不妊治療・体外受精などの生殖補助医療への保険適用拡大後の変化

中塚幹也岡山大学教授 産婦人科医 日本GI(性別不合)学会理事長
顕微法での体外受精 (まんがで読む-『未来への選択肢』拡大版から)

不妊女性の種々の思いと抑うつ・不安は関連しているか

 不妊治療・生殖補助医療への保険適用拡大が2022年4月に始まった.その1年後の2023年8~9月に私達が実施した5つの生殖医療施設でのアンケート調査(不妊・不育女性470人分の解析)では,不妊女性は高率に抑うつ・不安を抱えていることが明らかになった.

 抑うつ・不安を評価するK6スコアを見てみると,要注意・要受診(症状に気を付け,かかりつけ医やメンタルヘルスの専門家に相談・受診すべき)とされる9点以上の「中等度」や「重度」は4人に1人,要観察(ストレス解消に努め,気がかりなことがあれば誰かに相談すべき)とされる5~8点の「軽度」を含めると5割強にも及んでいた.

 前回までの記事で解説した不妊女性の様々な心理は,この抑うつや不安と関連しているのであろうか.

病気だと思われて嫌?子どものない女性の心理 体外受精などの生殖補助医療への保険適用拡大後の変化(3)(2024年11月18日)

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/45b963989a9e8e178d51073c7532a292717b9893

体外受精の年齢制限,回数制限への過剰な意識と抑うつ・不安

 体外受精の保険適用の条件は,年齢は「42歳まで」,助成回数は「子ども1人当たり,40歳未満は6回まで,40歳以降は3回まで」というものである.このため,「年齢や胚移植の回数について過剰に意識してしまう」と感じる女性は,年齢とともに高率となっていた.

 年齢や胚移植の回数をついて過剰に意識してしまう気持ちが「強い」「やや強い」と回答した群では,K6スコアが9点以上の「中等度」「重度」は32.2%であり,過剰に意識してしまう気持ちが「弱い」「ない」と回答した群の13.2%と比較して統計学的に有意に高率であった(図1).

図1. 年齢や胚移植の回数をついて過剰に意識してしまう気持ちと抑うつ・不安(著者作成)
図1. 年齢や胚移植の回数をついて過剰に意識してしまう気持ちと抑うつ・不安(著者作成)

「病気と思われて嫌」という気持ちと抑うつ・不安

 周囲の人に,子どもができないことを「疾患(病気)」と捉えられて嫌だと感じる気持ちが「強い」「やや強い」との回答は35.2%に見られていた.この気持ちが「強い」「やや強い」と回答した群では,K6スコアが9点以上の「中等度」「重度」は38.8%であり,嫌だと感じる気持ちが「弱い」「ない」と回答した群の19.3%と比較して統計学的に有意に高率であった(図2).

図2.周囲の人に,子どもができないことを「疾患(病気)」と捉えられて嫌だと感じる気持ちと抑うつ・不安(著者作成)
図2.周囲の人に,子どもができないことを「疾患(病気)」と捉えられて嫌だと感じる気持ちと抑うつ・不安(著者作成)

周囲の人からのプレッシャーと抑うつ・不安

 体外受精などの生殖補助医療への保険適用拡大で経済的なハードルが低くなったが,それは「不妊治療を受けて子どもを産むように」とのプレッシャーとなっていた.特に20代で受診を始めた女性は強くプレッシャーを感じていたことが明らかになっている.

 「国が,不妊治療への保険適用を拡大した」ことから,日本社会からプレッシャーを感じていると回答した女性は11.3%に見られていた.また,周囲の人から「強い」「やや強い」プレッシャーを感じているとの回答は14.9%であった.

 このプレッシャーが「強い」「やや強い」と回答した群では,K6スコアが9点以上の「中等度」「重度」は48.6%であり,プレッシャーを感じる気持ちが「弱い」「ない」と回答した群の21.5%と比較して統計学的に有意に高率であった(図3).

図3. 周囲の人から治療を受けるようプレッシャーを感じる気持ちと抑うつ・不安(著者作成)
図3. 周囲の人から治療を受けるようプレッシャーを感じる気持ちと抑うつ・不安(著者作成)

 周囲の人より身近な存在である夫・パートナーからの「不妊治療を受けて子どもを産むように」とのプレッシャーを「強い」「やや強い」と感じている女性は8.5%であった.この「強い」「やや強い」と回答した群では,K6スコアが9点以上の「中等度」「重度」は55.5%と,さらに高率であった(図4).

図4.夫・パートナーから治療を受けるようプレッシャーを感じる気持ちと抑うつ・不安(著者作成)
図4.夫・パートナーから治療を受けるようプレッシャーを感じる気持ちと抑うつ・不安(著者作成)

体外受精などの生殖補助医療への保険適用拡大後の種々の思いへ配慮とケアを

 体外受精などの生殖補助医療への保険適用拡大により,経済的負担が軽減した例は多かった.一方で,負担が増加した例も見られており,この中には,保険適用の年齢制限や回数制限を超えて自費での治療となってしまった不妊女性が含まれている.「年齢や胚移植の回数について過剰に意識してしまう」と感じる女性,特に40代の女性が抱える抑うつや不安に対しては,自治体からの助成金の復活などは有効である可能性がある.

 今回の調査で,生殖補助医療への保険適用拡大は,本来は個人の自由であり,疾患の治療ではないはずの「子どもを持つこと」「家族形成」を,社会からの要請,周囲からのプレッシャーと感じる女性も多く存在していることがわかった.そして,その気持ちが強いと抑うつや不安につながっていることも明らかになった.

 不妊治療を行う医療施設のスタッフは,このような不妊女性の気持ちに配慮し精神的ケアを行う必要がある.また,職場で,近所で,家庭内で,いわゆる「周囲の人」となる可能性のあるすべての人々には,今回のデータを知って頂き,必要と思えば,自身の言動を見直すきっかけとしてほしい.

 次回の記事では,同じ調査から得られた「仕事と不妊治療との両立」についてのデータを解説する.

【参考】

「不妊治療とお金の問題」は解決した? 体外受精などの生殖補助医療への保険適用拡大後の変化(1)(2024年11月8日)

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/b262cfc01fb5bf739c051960d0c5c3e397edc92c

子づくりのプレッシャーを感じたのは誰? 体外受精などの生殖補助医療への保険適用拡大後の変化(2)(2024年11月12日)

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/47e90ce01b0bfc97962251951a8be1ee75f1fd31

病気だと思われて嫌?子どものない女性の心理 体外受精などの生殖補助医療への保険適用拡大後の変化(3)(2024年11月18日)

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/45b963989a9e8e178d51073c7532a292717b9893

公益社団法人 日本産科婦人科学会:2022年ARTデータブック(2024年8月30日)

https://www.jsog.or.jp/medical/641/

まんがで読む-『未来への選択肢』拡大版

https://www.okayama-u.ac.jp/user/mikiya/pamphlet.html

ライフプランを考えるあなたへ―性と妊孕性の視点から見つめる―「未来への選択肢」

◆ホームページ

https://miraihenosentakushi.jp/

◆プレコンセプション・パンフレット

https://miraihenosentakushi.jp/wp/wp-content/themes/miraihenosentakushi_2024/pdf/digest.pdf

◆プレコンセプション・チェックシート

https://miraihenosentakushi.jp/preconception-care-check/

岡山大学教授 産婦人科医 日本GI(性別不合)学会理事長

産婦人科医(岡山大学病院不妊・不育外来,ジェンダークリニックで診療).岡山大学大学院保健学研究科・生殖補助医療技術教育研究(ART)センター教授(助産師,胚培養士(エンブリオロジスト)等の養成・リカレント教育).日本GI(性別不合)学会理事長(LGBTQ+,特に「性同一性障害・トランスジェンダー」の医学的・社会的課題の解決に向けて活動).岡山県不妊専門相談センター,おかやま妊娠・出産サポートセンターセンター長.妊娠中からの切れ目ない虐待防止「岡山モデル」の創始,LGBTQ+支援,思春期~妊娠・出産~子育てまでリプロダクションに関する研究・教育・実践活動中.インスタ #中塚教授のひとりごと

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