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「お母さんは強いんだ」と世界に示す~サクラセブンズの34歳、兼松由香

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
お母さん選手の兼松も決意表明(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

運命の日だった。29日、リオデジャネイロ五輪から正式競技になる7人制ラグビー(セブンズ)の男女日本代表選手団が発表された。女子の『サクラセブンズ』は多様な13人が選ばれた。とくに女子ラグビー選手の「希望」となりうるのが、チーム最年長の34歳で“お母さん選手”の兼松由香(名古屋レディース)だろう。

長い女子セブンズの歴史があって、今がある。多くの女子選手がオリンピック大会という「夢」を追い求めてきた。さまざまな人の努力と熱意があって、サクラセブンズは成長してきた。兼松もそのひとりだ。

発表会見の席上、兼松は顔をこわばらせながら、こう言った。言葉に実感がこもる。

「きょうまで、ほんとうにたくさんの人に支えられて、ここに立つことができたと思います。ほんとうに感謝しております。リオ(五輪)は今までのすべての思いと、自分の選手人生の魂を一瞬一瞬に込めて、戦い抜きたいと思います」

5歳からラグビーを始めた兼松は、苛烈なラグビー人生を歩んできた。160センチ、62キロ。小柄なからだを張るから、けがが絶えない。もう、からだはぼろぼろである。ひざの十字じん帯を切断したり、半月板を負傷したりしたこともある。何度か、「引退」を覚悟したこともある。

でも、ラグビーへの情熱は消えなかった。結婚、出産しても、けがしても、からだが元に戻れば、シャニムニ走り続けてきた。時には今は亡き父に支えられ、時には夫や娘から力をもらってきた。なんといっても、家族との「オリンピックにいくから」との約束が兼松の背を押してきた。

けがから治り、先の豪州遠征から日本代表候補にやっとで復帰した。ついに今回の日本選手団のメンバーに入った。母親として臨む夢舞台。8歳の愛娘への報告は?

「娘に選ばれたことを話したら、とても喜んでいました。でも、まだ娘自身とわたしの最終的な目標はリオで金メダルを獲ることというのがわかっていますんで、“あと、もうちょっとがんばれ”って言われました。“メンバーに選ばれたことだけに満足しているのではなく、そこ(金メダル)までがんばれ”って応援してくれています」

ほのぼのとした空気が会場に流れる。約150人のメディアからは、兼松の照れた物言い、娘の大人っぽい言葉使いが面白く、少し笑いもこぼれた。

「正直、出産してから、大きいけがをたくさんしてきたんですけども…。でも、間違いなく、自分だけのラグビーではなくて、結婚して出産してからは、(わたしのラグビーは)ほんとうに、娘のラグビーでもあり、家族のラグビーでもあり、そして日本中にいるラグビーを大好きな子どもたちの夢でもあり、ほんとうに自分だけのラグビーじゃないということを痛感して、ここまでやってこれたんだと思います」

なぜか、拍手をしたくなる。家族や仲間のために。みんなのために。これぞ、ラグビー精神の真髄ではないかと思う。

とくに身体的能力に優れているわけでもない。でも、いつも「ひたむき」だった。精神的な強さがあるから、サクラセブンズの精神的な支柱ともなっている。顔にはなんとも形容しがたい覇気が漂っている。

「精神的には、母になってからのほうが、間違いなく、強くなったと思います。それを世界の舞台で発揮したい。“おかあさんは強いんだ”というところを、プレーで見せたいなと思います」

まさに”母は強し”である。母娘の夢は、サクラセブンズの目標であり、そして日本のラグビーファンの希望である。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2024年パリ大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。酒と平和をこよなく愛する人道主義者。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『まっちゃん部長ワクワク日記』(論創社)ほか『荒ぶるタックルマンの青春ノート』『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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