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さあ決勝戦。王者帝京大に挑む”ハイブリッド重戦車”の明大「プライド懸けて」

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
ボールを持って前に出るプロップ為房慶次朗(中央)ら明大FW=2日・国立(写真:つのだよしお/アフロ)

 プライド、これが準決勝のテーマだった。創部100周年を迎えた“ハイブリッド重戦車”FWの明大が、強力FWを看板とする京産大と激突した。FWをリードするフッカーの松下潤一郎は試合後に少し胸を張る感じで漏らした。

 「僕らはメイジですから。FWのバトルのところで、強気にプライドを出せました」

 新年2日の東京・国立競技場。全国大学ラグビー選手権準決勝。空は曇天。時折、小雨がぱらついた。伝統の明大のラグビーとは『前へ』だ。FW、バックスともプライド懸けて前に出て、関西覇者を圧倒した。52-30。5大会ぶり14度目の大学日本一にあと1つとした。

 ◆前半終了間際のプライドのトライ狙い

 プライドの激突の象徴はFWバトルだった。とくにラインアウト、スクラムのセットプレーである。あえて勝負のアヤを探せば、前半終了間際の明大のトライだろう。

 明大は敵陣中央の30数メートル地点でペナルティーキックを得た。ショット(PG)を蹴り込むのは比較的安易な位置だった。

 京産大に2本のPGを重ねられ、スコアは19-18の1点差とされていた。前半終了のホーンが鳴る。ここは堅実にショットで点差を広げるかと思えば、明大のCTB廣瀬雄也主将はタッチキックを迷わず選択した。トライ狙いだ。スタンドの1万8343人の観客から大きな拍手が巻き起こった。

 廣瀬主将の述懐。

 「FWを見れば目の色が変わっていました。ショットを選択したら、その時点で僕たちの負けだなと思って。そこで、トライをとって(前半を)終わろうと考えたんです」

 こういうトライチャンスのラインアウトのスローイングは緊張を強いられるものだ。スローワーの松下はボールを投げ込む前、右手で楕円球を器用にくるくる回した。「実は」と苦笑いを浮かべた。

 「スローワーとしては、メッチャメチャ、緊張するんです。だから、いつも通りに投げようと自分に言い聞かせたんです。何も考えずに、ただ跳ぶヤツに合わせて(ボールを)投げ入れたんです」

 ◆我慢して、我慢して、修正の結束モール

 ゴールラインまで約5メートルの左のラインアウト。松下の右手でボールが投げ込まれる。タテに伸びた列の真ん中あたりの身長191センチのロック、山本嶺二朗がドンピシャでキャッチ。すかさずFWがボール保持者の両サイドをブロックしてモールを形成、そのまま紫紺と白の横縞ジャージの固まりが右に少しずれる格好で相手を割り、矢じりの形で一気に前に出ていく。

 その矢じりの先頭にいたロックの佐藤大地は「我慢勝負だった」と振り返った。

 「我慢して、我慢して、(ディフェンスの)アナを見つけて、みんなでトライをとりに行くという気持ちでモールを押し込みました」

 その前の敵陣ゴール前のラインアウトからのモールは相手に押し崩されていた。だが、このラインアウトモールはガチッとより結束されていた。モールの最後尾、ナンバー8の木戸大士郎の後ろについた松下が右手でボールを保持して左手で進む方向をコントロールする。左中間に飛び込んだ。トライ!

 松下が満足そうに説明する。

 「(ラインアウトの)真ん中でモールを組んで、前にイケる方向に行きました。(右の)外側が少し開いたんで、そこに低くなって、そのまま、(インゴールに)なだれ込みました」

 刹那、笑顔がパッとひろがる。

 「うれしかった。前半の終盤は京産大の流れだったんで、最後にトライをとって前半終わったのは大きいかったですね」

 廣瀬のゴールキックも決まり、明大は26-18の8点差で前半を折り返した。

 ◆ラインアウトはすべて成功

 互いのプライドと意地がぶつかったFW戦は見応えがあった。ボクシングでいえば、ヘビー級同士の殴り合いといったところか。明大はラインアウトで16本すべてを成功させた。スクラムではマイボールの7つですべて成功し、3本のコラプシング(故意に崩す行為)の反則を奪った。ただ相手ボールのそれでは3本のコラプシングを与えた。

 明大はマイボールのスクラムではこだわらず、素早くボールをバックスに出した。庄田淳貴、松下、為房慶次朗のフロントロー陣はよく耐えた。ヒット勝負では当たり勝っていた。

 松下は「スクラムのボールは最低限、ギリ出せたんでよかったです」と言葉に安ど感を漂わせる。「ラインアウトは100%ですね。ノットストレートはなかった。モールで押し切れたシーンがよかったです」

 ◆FW、バックス一体の攻めで8トライ

 FWがやられなければ、明大バックスのライン攻撃も威力を発揮する。内外の短いパスをつなぎ、前に出てくる京産大のディフェンスラインを混乱させた。けがから戦列復帰したCTB廣瀬主将やSO伊藤耕太郎だけでなく、唯一の1年生のWTB海老澤琥珀も自在に暴れ回った。

 重くて走れる「ハイブリッド重戦車」と形容されるFW、タレント揃いのバックス一体となったテンポのいい攻めで合計8トライを奪取した。

 守っては、京産大のナンバー8、シオネ・ポルテレらトンガ人留学生を自由に走らせなかった。鋭いタックルでスペースをつぶす。執念だろう。手一本、指一本、バインドはしつこく外さなかった。

 明大の神鳥裕之監督は「お互いの強みがぶつかり合った素晴らしい試合だったと思います」と感慨深そうに言った。

 「逃げることなく、自分たちの持っているものをぶつける。明治大学のプライドをしっかりプレーで示してくれた選手たちを誇りに思います。そこに成長も感じています」

 ◆「100周年を優勝で飾る」

 さあ、決勝戦(13日・国立競技場)である。

 相手は、3連覇を目指す王者・帝京大。昨年11月の関東大学対抗戦での対戦では、11-43で大敗した。悔しいかな、スクラムでやられた。

 松下は、「リベンジ」に燃える。その敗戦以降、スクラム練習では、『打倒!帝京大』を意識してきた。「借りは返す」と。

 「あの時(敗戦)は、セットアップで受けてしまったんです。やはり、セットアップが一番大事ですから。ずっとセットアップにこだわってやってきました。メイジのセットアップ、そしてヒット勝負です。対抗戦でビルトはよかったですから」

 ビルトとは、相手と組んだあとのFW8人の結束を指す。組み負けても、ぎゅっと固まれば、マイボールは出すことができた。

 そういえば、この日、スタンドには日本代表監督に就任したエディー・ジョーンズヘッドコーチの姿があった。

 そのことを振れば、松下は「選手でやる以上、日本代表は夢なんで」と小声で漏らした。帝京大のトイメンは、日本代表有望株の江良颯主将。「大学のフッカーでは江良くんが一番手ですから。そのチームに勝てば、少しはアピールできるかもしれません」

 そう、帝京大に雪辱すれば、いろいろな意味で、リーグワンのクラブに進む松下の未来も明るくなることになる。

 『日進月歩』をモットーとする努力家の松下が最後に言った。淡々と覚悟は語られた。

 「メイジのセットアップをして、いいスクラムを組みたい。100周年を優勝で飾る」

 あと1つ。勝てば、明大ラグビー部の歴史に名前が刻まれることになる。もちろん、甘くはなかろう。けれど、FWバトルで優位に立てば…。いざ、メイジの『プライド』を懸けて。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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