就職でも進学でもない、高校卒業時の進路決定を認めた東京都立秋留台高校
3月31日が4月1日に日付が変わることで、何かしら人生の区切りを迎えることがあります。学校が変わったり、新しい職場環境に身を置くこともありますし、初めての土地や国で暮らすことになるひともいるのではないでしょうか。
毎年この時期になると、過去に書いた下記エントリーがとてもよく読まれます。
(再掲)4月1日から社会的所属を失ってしまった方へ(工藤啓) - Y!ニュース
社会的所属という考え方はふわっとしたものですが、自分がそこのメンバーであることを証明してくれる場所も当てはまります。それは学校であったり、職場であったりします。日本は3月31日がひとつの区切りとなりやすいため、ひとによっては4月1日から社会的な所属がなくなります。それは必ずしもネガティブなものだけではありませんが、学校や職場での所属がこの日で区切りとなり、翌日からの所属先が決まらなかった場合、不安になりやすいひともいます。
そのひとつを示すものとして「進路未決定」という言葉があります。主に教育機関で使われやすいのですが、卒業が決まっており、卒業後の就職先または進学先が決まっていれば「進路決定」、そうでなければ「進路未決定」として学校の進路概況などで公開されます。中学卒業でもあり得ますが、進路が分かれやすいという意味で高校はひとつの分岐点になります。
この「進路未決定」の生徒がなるべくいないように学校関係者は真摯に、熱心に生徒やご家族をサポートします。関係者というのは先生に限らず、キャリアや福祉の専門家、それ以外の形で生徒にかかわるひとを指しています。いまはだいぶ変わってきていますが、卒業してしまうと新入生も入ってきますので、なかなか卒業生に十分なサポートがしづらいこともあるでしょう。心配や不安があっても、現役生でないと、サポートのための接点や時間が取りづらくなります。
そもそも、高校における卒後の進路は就職と進学でなければ「進路未決定」なのでしょうか。教育行政のご担当者にお聞きしたところ、特にこれだということが決められているのではなく、「指定統計」のために把握義務があるからではないか、ということでした。むしろ、それはそれとして何を「進路決定」とするかは校長先生などが決められると考えているそうです。
東京都秋留台高等学校は、キャリア教育優良学校として文部科学大臣賞を受賞したエンカレッジスクールです。
平成29年度学校案内には、このような説明があります。
特色としては2人担任制、少人数クラス編成、アクティブ・ラーニング推進校などがあげられ、授業展開も各生徒の能力に合わせて英数国を基礎・基本から学習し直せるようなカリキュラムが組まれています。多様な生徒のため、個々に合わせた柔軟な学びや機会が提供できるよう仕組みが整えられています。実際に伺っても校内の雰囲気は明るく、担任の先生だけでなく、校長先生、副校長先生がここかしこを歩き回り、生徒とコミュニケーションを取っている姿は印象的です。
周辺中学校からの評価も高い層で、推薦選抜での応募倍率は平成28年度で3.00倍(男性3.32, 女性2.64)と非常に狭き門となっています。(東京都立秋留台高等学校平成29年入学者選抜について)
育て上げネットでは、秋留台高校との協働を進めています。特に、特別な支援を必要とする生徒や進路変更を考えている生徒、通常の進路指導にのれない一般就労が難しい生徒、就労に関する教職員や保護者に対する助言・援助を行ってます。また、卒業後の職場・学校等の進路先での定着支援にも関わらせていただいています。
先生が日常的に生徒と関わるなかで、この生徒はつなげた方がいいだろうということで、対象生徒と話をして私たちの職員とつないでください場合もあれば、生徒が自ら相談に来ることもあります。最近では、生徒から相談したいことがあります、というケースが増えています。
平成28年度は、一学期に3年生42名に対して面談を実施し、二学期には卒業後の進路(就職、進学)が不安定な生徒をフォローしました。そして三学期には2年生48名への面談、そしてその時点で進路(就職、進学)が決まっていない生徒の卒業後についての再面談をしています。このように外部組織が学校の中で生徒の生活や学習に関与させていただくことは全国でも広がってきているように思います。空き教室や図書室を活用したり、放課後の時間に学習面をフォローしたりする例を知ることも増えました。
そのなかでも、秋留台高校として生徒の卒業後進路に変革を起こしているのが「進路決定」の在り方です。
上図は平成26年度の進路概況(平成27年3月31日現在)になりますが、平成23年度より、既存の進路決定に入らなかった(通常なら進路未決定)生徒の進路として「たちかわサポートステーション」(育て上げネット運営)が追加されています。
地域若者サポートステーションは厚生労働省が設置した職業的自立のための就労支援機関で、無料で利用が可能です。秋留台高校では、三学期の終わりが近づいた時点で就職や進学が決まってない三年生と保護者に情報提供し、希望者にはたちかわサポートステーションに仮登録を行います。地域若者サポートステーションはその仕様で在学生は使えないため、在学中は仮登録に留まり、4月1日以降で本登録を行うことになります。
そして、秋留台高校では就職と進学に加え、たちかわ若者サポートステーションという職業的自立を支援する機関に仮登録をしたことを”もうひとつの進路”と認めているのです。今年も15名ほどがもうひとつの進路決定になる予定です。実際、4月1日以降で支援を受け就職する若者も出ています。少しずつ前に進んでいくことを選択し、アルバイトから始める若者もいます。それ以外にも、通常の進路として就職した若者が離職後に改めて支援を受けに来ることや、入職後3ヵ月で雇止めとなり、学校の紹介で連絡をくれた若者もいます。
学校の先生からも「どうしても3月31日に進路が決まらない生徒がおり、4月以降に支援してくれて嬉しい」「教員には異動があるので、自分がいなくなっても、育て上げネットを通じて学校と卒業生がつながりがあるということはとても安心できる」といった声をいただいています。学校が外部と連携し、生徒のためにかかわるひとを増やしていく動きのなかで、これまで通り、進路決定とは就職と進学であり続けるならば、やはり3月31日にはすべての生徒が進路を決定できる、未決定で卒業させないように努力をすることになります。
しかしながら、多様な生徒のニーズに応えるため、進路決定もまた多様性が保障されているのであれば、生徒にかかわる先生や関係者は、時間的制約から一定程度解放され、中長期の視点で生徒の進路を考え、向き合うことができるのではないでしょうか。生徒の気持ちや状態は必ずしも3月31日で一律に就職や進路を決定できるわけではないでしょう。そのとき、秋留台高校のような多様な進路を保障することを、社会もまた評価し、応援することができれば、全員が一斉に進路を決めなくてもよい社会環境の形成に向けて歩を進めることができると思います。
最後に、秋留台高校の磯村校長からいただいた言葉を付記します。
「年度末までに進路を決めることは教員にとっては大前提であるが、現実には様々な事情で年度末までに進路が決めきれない生徒もいる。そんなときに、卒業後のサポートが育て上げネットからあることは学校現場にとって安心感につながっている。4月、5月に決まったという知らせがあると本当に嬉しい。もしも、育て上げネットとの連携がないと、無理が生じていたかもしれない。子どもたちに関わるスパンが伸ばせるということは、子どもたちにとってメリットが大きい」