尻切れとんぼに終わった!? 日朝の「エールの交換」
北朝鮮の国営通信「朝鮮中央通信」が1月6日に金正恩(キム・ジョンウン)総書記が岸田首相宛てに「日本国総理大臣岸田文雄閣下」と呼称し、「(能登半島)被災地の人民が一日も早く震災の悪結果をなくし、安定した生活を回復するようになることを祈願する」との見舞い電を送ったとの報道があって2週間以上が経過した。
その後、この件に関する続報もなければ、岸田首相が金総書記に返電したとの報道もない。林芳正官房長官が6日の記者会見の場で北朝鮮に謝意を表しただけだった。
林官房長官によると、北朝鮮の最高指導者からの日本への見舞い電は「近年、例はない」とのことだが、返電するかどうかについては「事柄の性質上、答えを控えたい」と回答を避けていた。
この突発的な日朝の「エールの交換」に最も警戒感を露わにしたのは他ならぬ韓国であった。
「北朝鮮は韓国をパッシングし、日本と対話をしようとしている」「尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権を孤立させるため日本にアプローチしようとしている」「日韓に楔を打ち込もうとしている」など様々な憶測が飛び交った。
そうした最中、18日にソウルで開かれた日米韓北朝鮮担当者会議に日本から外務省の鯰博行アジア大洋州局長が出席したが、韓国側が発表した会議内容によると、鯰局長はこれまでと同様に米韓両国に対して日本人拉致問題への理解と協力を求めていた。
北朝鮮の核とミサイルの問題では、また北朝鮮の挑発的な言動に対しては日米韓が足並みを揃えて対応しなければならないが、拉致問題は日本自身の問題であることから日本には核とミサイル問題を切り離して独自に対応しなければならない事情がある。
拉致問題を進展、解決するには北朝鮮との対話は不可欠である。その北朝鮮は現状ではバイデン政権の対話呼び掛けにも反応せず、尹政権に対しては完全無視どころか、対決の姿勢を崩していない。北朝鮮から袖にされている日米とは違って、唯一、日本だけが対応次第では北朝鮮と交渉可能な立場にある。
北朝鮮に対しては対話よりも圧力、抑止を優先させている尹政権は韓国を頭越しにした日朝対話は不可能と高をくくっているが、北朝鮮との対話再開の糸口を探っているバイデン政権は逆に日本が北朝鮮の閉ざされた扉を開けるのことに前向きであることから今後の展開次第では日朝のハイレベル協議どころか、あわよくば「首脳会談もあり得るかも」と、期待されていた。
しかし、どうやら尻切れトンボに終わりそうだ。その理由は北朝鮮が鳴りを潜めていた対日批判を再開したことにある。
その口火を切ったのは他ならぬ金総書記自身で15日に開催された最高人民会議での報告で「米当局者らが時を構わず吐いている我々の『政権の終焉』に関する妄言と共に共和国周辺地域にほぼ常時駐屯している膨大な核戦略資産、追随勢力を糾合して歴代最大規模に絶えず繰り広げる戦争演習、米国のそそのかしの下で強化される日本、大韓民国の軍事的結託などは我が国家の安全を刻一刻、一層重大に害している」と、15日から3日間、済州島沖で実施された日米韓合同海上訓練を念頭に名指しで日本を批判していた。この合同訓練には海上自衛隊から「金剛」などイージス護衛艦2隻が参加していた。
また、朝鮮中央通信は18日付に自衛隊の現役幹部らが靖国神社を集団参拝したことを論評で取り上げ、「血にまみれた侵略歴史を再び書き直すことを内外に鮮明にしたことに他ならない」と批判していた。北朝鮮の対日批判は昨年12月9日の「日本は対朝鮮敵視政策から得るものは何もない」と題した外務省研究員の論評以来である。
日朝間で思いもよらぬ「エールの交換」があったことから横田めぐみさんの母、早紀江さんは首相官邸で面会した林官房長官に対して「今までなかったことなので、是非(この機会を)活用して活路を開いてほしい」と、日朝首脳会談の早期実現を哀願していたが、北朝鮮がミサイルを発射するなど緊張を高めている間はどうにも手も足も出せないのが今、日本が置かれている状況のようだ。