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「金正恩のお見舞い電」を日本政府はどう受け取るべきか

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
岸田文雄首相と金正恩総書記(首相官邸と労働新聞から筆者キャプチャー)

 能登半島震災にはバイデン米大統領、フランスのマクロン大統領をはじめ各国首脳からお見舞いのメッセージや支援が続々寄せられているが、「まさか?」「そんなはずは?」と思われていた金正恩(キム・ジョンウン)総書記からもお見舞いの電報が届いていたことがわかり、波紋が広がっている。

 「まさか?」と書いたのは、多くの日本人には北朝鮮が日本人を拉致したうえ、ミサイルを吹っ飛ばし、核で脅す「恐ろしい国」、人権を抑圧する「酷い国」とのイメージが定着しているからに他ならない。まして、金総書記は米国など国際社会から悪名高い「独裁者」の烙印が押されている。それが故に「そんなはずは?」と誰もが受け止めたのではないだろうか。

 日本にとっては事実上の「敵国」に映っている北朝鮮が、それも父・金正日(キム・ジョンイル)前総書記の後を引き継ぎ、政権の座に就いて以来、過去12年間一度も日本に思いやりの言葉を発したことのない金総書記が「日本で不幸にも新年の年初から地震による多くの人命被害と物質的損失を被ったという報に接した」として、「深甚なる同情と見舞い」を表し、「被災地の人民が一日も早く震災の悪結果をなくし、安定した生活を回復するようになることを祈願する」とのお見舞い電を送ってきたわけだから驚くのも無理もない。

 しかし、振り返ってみると、北朝鮮は日本の大震災にはこれまでもお見舞い電を送ってきている。現に、1995年の阪神大震災の時も、また2011年の東日本大震災の際も赤十字社を通じてお見舞いのメッセージを発信している。額は少ないが、見舞金も出している。

 北朝鮮は外の世界の情報を国民には一切知らせないと言われているが、世界中で発生した自然災害についてはそれなりに国民に伝えている。

 例えば、東日本大震震が発生した時は「朝鮮中央放送」が速報で伝え、また党機関紙の「労働新聞」も13日付には「日本で史上最大規模の地震が発生 莫大被害を招く」、15日付には「日本で地震と津波による被害が拡大、原子炉爆破事故も発生」の見出しを掲げ、津波による被害写真を掲載して震災を伝えていた。「朝鮮中央テレビ」も13日には被害状況を伝えていた。外部情報を伝えない北朝鮮としては極めて異例の迅速の対応だった。

 今回、能登半島震災についても北朝鮮のメディアは「共同通信」の報道を引用し、地震発生と被害状況を伝えていた。

 日本を襲った地震と津波による悲惨な状況を目の当たりにすれば、誰であっても衝撃を受けるが、北朝鮮の国民とて例外ではない。

 それが故に北朝鮮は東日本大震災の時は党序列No.2の金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長がお見舞い電を送ってきたほか、北朝鮮赤十字会委員長も日本赤十字社の近衛忠輝代表(当時)に「東北部地方で発生した前例のない地震と津波による多くの人命被害と物質的損失を被ったとの不幸な情報に接して、貴方と被害者、またその家族に同情と慰労を表します」とのメッセージを伝えてきている。また、1995年の阪神大震災の際にはNo.3.の姜成山(カン・ソンサン)首相の名でお見舞いの電文を送ってきたのである。

 しかし、今回は最高指導者である金正恩総書記の名で岸田首相に、それも「日本国総理大臣岸田文雄閣下」と呼称し、見舞い電を送ってきている。金総書記が中国やロシア、キューバなど同盟国の被災を直接慰労することはあっても、西側諸国、それも国交のない国にこうした同情とお見舞いを表明するのは極めて異例である。

 日本と北朝鮮とは国交はないものの日本海を挟んだ隣国である。政治や外交は全面ストップしているが、スポーツなど交流は首の皮一枚続いている。今年もサッカーではW杯とパリ五輪の出場権を賭けて男女共にそれぞれの首都での試合が組まれている。

 日朝は今は不幸な時代を迎えているが、歴史的には深い繋がりあり、徳川幕府の300年は良好な関係を築いていたことは歴史的事実である。室町幕府と高麗王朝間で交わされた朝鮮通信使(使節団)はまさにその象徴である。

 困った時に助け合うのが本来、隣人としてあるべき姿である。

 実際に日本も北朝鮮とは拉致問題など外交懸案を抱えていたが、1995年に北朝鮮が未曽有の大洪水に見舞われ、飢餓を強いられていた時に15万トンの無償援助を含め50万トンのコメと医療品の支援を行っていた。食糧支援は当時の金額にして50億円相当に上った。さらに、1996年にも600万ドル相当、97年にも2700万ドルの食糧支援を行っていた。

 日本による食糧支援は2000年、2004年にも行われ、その結果、1995年から04年の約10年間で94万7千トンの食糧が北朝鮮に届けられた。2004年の援助は拉致問題で日本国民の怒りが高まっていた時のものだった。

 北朝鮮の日本の震災へのお見舞い電と義援金がこの時の返礼かどうかわからないが、ご近所付き合いというのは本来こうであるべきだ。礼には礼で返すべきである。いがみあって得るものは何もない。

 岸田首相は就任以来、口癖のように「あらゆる機会を捉え、北朝鮮と交渉を行っていく」ことを表明している。

 昨年11月末に開催された全拉致被害者の即時一括帰国を求める国民大集会でも挨拶に立ち、「一瞬たりとも無駄にせず、今こそ大胆に現状を変えていく」と述べたうえで「様々なルートを通じて様々な働き掛けを絶えず行い、早期の首脳会談実現に向け、働き掛けを一層強めていく」と、決意を表明していた。

 今がそのチャンスかもしれない。金総書記の異例のお見舞い電をとっかかりにして日朝交渉に繋げ、拉致及び核・ミサイル問題を解決し、北朝鮮との間でも正常な外交関係を築くべきである。それが日本の国益である。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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