STATION F 世界最大ベンチャー基地の住人たち(3)
パリSTATION Fのスタートアップを紹介するシリーズ3回目は、Mapstr。
地図にお気に入りアドレスを落とし込んで、オリジナルマップを作るアプリで、写真やコメントを入れたり、地図上でアドレスのサイトに飛ぶこともできたり、友達どおしでシェアしたりできるようになっている。3年前にできたアプリだが、すでにパリ市とコラボしたプロジェクトも実現。NUIT BLANCHE(ニュイ・ブランシュ)という市内のアート関連施設やレストランなどが夜通し開いているという10月第1土曜日の夜恒例のイベントでは、参加アドレスすべてがこのアプリにマークされていて、その地図を頼りにパリっ子たちが各所を廻れるようになっている。
私がSTATION F を訪ねた日はあいにく創業者のセバスチャンは留守だったが、かわりにアルノーさんとフロラさんに話を聞くことができた。
「セバスチャンは8年間、ファイナンスの世界で働いた後、独立して会社を立ち上げました。Mapstrのアイディアは、ビジネスのためというより、自分が旅をする時にそういう道具が欲しいと思ったのがきっかけです。アドレスを記憶し、友達と分かち合う。最初は自分自身のために作り、友達とシェアしたらそれがとても好評だったところから始まっています」
その後パリでは大いに受け入れられ、口コミで拡大し、ニューヨーク、ロンドン、フランスの他の都市のバージョも展開。ユーザー数は100万を超える。
「STATION Fに入ることは、考えていなかった」とアルノーさんは言う。
「以前はパリ郊外に我々の仕事場があったのですが、facebookから声がかかったのです。facebookとは考えが近いので組みのはやぶさかではない。それでここに入りました。」
前回、前々回とSTATION Fに“入居”する2つのスタートアップを紹介したが、Mapstrのケースはそれと性格が異なる。前者はSTATION F本体のファウンダープログラムに応募し、選抜されて入居が可能になったものだが、facebookを始めとする企業や政府機関、学校などSTATION Fに提携しているインキュベーターにも、それぞれが選んだスタートアップの入居枠があって、Mapstrの場合はそのfacebook枠にあたる。
「facebookの様々な部門の人が世界中からやってきて、毎週木曜に仕事内容の説明をしてくれました。人事担当の人とかもいて、例えば自分の今の仕事には直接関係がないように思えるものでも、どのように連帯して働きやすい環境を作ってゆくかとかとても興味深い内容だったし、デザインのテーマにしても濃密で、いつも何かしら得るものがありました。6か月でfacebookのプログラムは終わりましたが、そのとき別のインキュベーターから声がかり、今はその枠でここにいます」
2017年7月、STATION F最初のスタートアップメンバーのひとりとして入居したアルノーさんは、施設の初年度の推移を見てきた。さらに彼自身Mapstrのスタッフになる前には、別のベンチャー基地で仕事をした経験もある。
「当時としてはパリで一番大きな場所で、77のスタートアップが入っていました。みんながくっついて仕事をしているような環境で賑やかだったので、お互いに交流が楽にもてて、それはそれで面白かったけれど、ここは静か。『studieux』な感じがする」
ステュデュー。勤勉、学究的とでも訳せるだろうか。
「最初の夏は、この広い空間にたくさんの机と椅子があっても人がいないので、恐怖映画みたいだった(笑)。日を追うごとにスタートアップが増えていったけれど、静かなことは変わらない。すべてがオープンスペースで仕切りがないので、初めはちょっと心配しました。もしもお隣がうるさかったらとか。でもここの人たちはお互いにリスペクトがあって、みんなすごく仕事をしているので、自分もその気になります」
ところで、私のような素人にしてみれば、100万人のユーザーがいれば、それはもうスタートアップの域を超えた立派な事業なのではないかと思う。だが、まだ投資家の助けが必要な段階なのだとか。
「スタートアップを作ることは簡単。でもそのあとが難しい。目下の目標はビジネスモデルを築き上げることです」
なるほど、スタートアップの次なる段階は採算がとれるビジネスにしてゆくこと。いろいろなアイディアを試みている様子だが、大企業との提携の時など、STATION Fの入居者であることが一つのステイタスになるのは確かなようだ。
ちなみにアプリの日本版もちょうど発表になったところ。もしかしたらすでに利用している方も多いかもしれない。