大雪のあるある ツリーホールとその危険性を中心に雪国の住民が解説
日本海側の大雪で明けた令和3年。大雪とは、単に2 mの積もった雪(積雪)を言うのではなくて、一晩で1 mくらい降った雪(降雪)を指します。本稿では、雪国の人の生活に溶け込んでいる、大雪のあるある(注)に触れます。
国境の長いトンネルを抜けると、あなたもみんなも雪国の人。夜の底が白くなっただけでは済まない危険について、ツリーホールとそれが引き金となる事故に焦点を当てて、雪国の住民が雪の降りしきる新潟から解説します。
雪と水難の関係は
謹賀新年。筆者の住む新潟県、特に越後湯沢(湯沢町)では「これぞ雪国」と言うにふさわしいくらいの積雪で、現在2 m近くに達しています。一昨夜から降り続いた雪は降雪で80 cmほどとなり、天気予報通りの大雪(雪国では普通ですが)の状況にあります。
水難の専門家である筆者ではありますが、雪にまつわる事故と水難事故とではかなりプロセスが似ていて、筆者の毎日の雪国経験と水難事故調査の経験とを合わせると、新しいジャンルが構築できそうです。例えば、氷と水の関係性、没すれば窒息や低体温に陥る関連性、ブレーキが利かないということでは、車とボートの共通性。雪国の住民が現場にて科学の目で見た事実を記事にてお届けします。こじつけと思わずに、お読みいただければ幸いです。
ツリーホールって何
雪国の立ち木の下には、穴が開いています。これをツリーホールと言います。雪国の人に「ツリーホールって何?」と質問してもピンときません。「立ち木の根もとの穴」と言うと「あ、それ知ってるよ」と言います。雪国の人の生活に溶け込んでいて、そして当たり前過ぎて、英語での言い方なんてピンとこないのかもしれません。積雪シーズンには、落葉樹の根もとよりも、針葉樹の根もとで大きいものが見られます。
図1をご覧ください。昨年12月中旬の大雪で積もった雪の景色です。写真の左側の針葉樹の根もとには、かなり大きな穴が口を開けています。その一方で、右側の落葉樹の根もとには大きな穴が見られません。おわかりのように、樹木の枝葉に降雪が遮られて、積雪が少なくなることが原因です。
インターネット上でも、ツリーホールの写真が多く掲載されていますが、多くは本当の意味での危険性を表現していません。なぜかと言うと、近づくことができるような穴ばかりだから。ツリーホールに近づくことができるのは、積雪がしまっている証拠です。比較的硬いので、撮影のために歩いて近寄ることができます。気をつけていれば、ホールに落ちることはありません。
図2をご覧ください。同じ樹木の写真を上下に並べています。上側の写真は昨年12月30日に撮影されました。下側は翌日12月31日の大雪の最中です。
昨年の12月中旬に降った雪がある程度解けながらしまっていることが上図からわかります。その証拠に、左側から足跡が針葉樹に向かってついています。雪上を歩くことができる程度にしまっているのでしょう。針葉樹の根もとのツリーホール右側に這い上がったと思われる後が残っています。樹木の右側に新しい足跡が続いているので、自力で這い上がったのでしょう。読者の皆様は、このような所を歩くようなまねをしないようにしてください。なぜかというと、多分、野生動物の足跡だと思われます。
下図によると、12月30日夜から降り続いた新雪が柔らかそうな雪として積もっていることがわかります。ホールの深さがさらに深くなっていることが明らかです。こんな風景は雪国では生活の一部で、「大雪あるあるだよね」程度です。ところが、
危険1
新雪が表層雪崩のようにホールに流れ落ちます。根雪は比較的しまっていて、その上に流れやすい新雪が積もっているからです。
危険2
深い。図2では根雪の深さが2 m近くあるところに、新雪が50 cmほど積もっています。合計2.5 mほど。何かのきっかけで周辺の雪が落ちてくれば、ホールの底は1 mほど埋まります。
ツリーホールでの雪崩。実際の水ではあり得ない話ですが、穴の周辺に水がうず高くたまっていて、それが何かのきっかけで突然穴に向かって流れ落ちるような現象が起こる訳です。水の流動性が高いのに対して、雪の流動性が低い(でも流れる)ために見られる現象です。大雪のあるあるなので、雪国の人はここに近づくことなど、最初から考えもしません。
あるあるだから
同じような例は、ほかにもいくつかあります。
落葉樹の立ち木の下にも図3のように小さいながらのツリーホールが見られます。これが目立つような季節になると「春が来るなあ」と感じるものです。木の幹が熱を伝えるために、幹に接触している部分から雪が解けていくのです。
物質の熱伝導で周辺の雪が解けていく同様の例としては、金属の看板の周辺、電柱の周辺、家の壁の周辺などがあげられます。特に家の壁面の周辺では、図1の針葉樹の周辺のように、ホールの壁面が大きく傾いているので、大雪時、屋根の雪下ろし作業の時や家の窓に板を張る作業の時に、新雪と一緒に人がホールに落ちて雪に埋まる事故をよく聞きます。筆者も経験しました。
地面に湧水や流水があると、雪が積もりにくくなります。そういう場所は至る所にあります。図4にその様子を示します。ここでは地面が現れているので「下は水だ」とすぐに気がつきますが、雪で覆われて空洞になっているだけで見た目では水があることに気がつかない場所もあります。「周囲よりへこんでいれば何かある。」これも生活の一部です。
ツリーホール付近での事故
スキーやスノーボードでの滑走中に立ち木に衝突し、あるいは立ち木の下の雪に埋もれて亡くなったなど、スキー場やその周辺での死亡者数は全国スキー安全対策協議会の調べで、シーズン毎に10人から20人にのぼります。
今シーズンでは、越後湯沢にて2件の死亡事故がありました。いずれもスノーボード中に雪に埋もれて窒息したものです。
これらの事故が「ツリーホールに落ちることにより発生した」とはニュース等に書いてありませんが、大雪で新雪が積もり、ツリーホールができれば、一般論としては、次のような過程をたどり事故が起こります。(1)滑走中コースから外れてしまい、(2)元に戻ろうと滑走を続けていたら、(3)いきなり目の前に現れたホールに気づき、(4)止まろうとエッジを効かせたらホールの口付近で雪崩れ、(5)新雪とともに底に落ち込み、(6)全身あるいは逆立ち状態で上半身が埋まり窒息。
なお新雪ではなくて雪面がアイスバーン状態だと、ホールに落ちるとともに立ち木と衝突し、頭や体を強く打つ事故が見られます。こういった事故はスキーやスノーボードの競技選手あるいはインストラクターでも起こすことがあります。筆者の知り合いのお子さんも競技の練習中にこの事故で命を失いました。コースを外れれば、地元の人も観光客も同じです。
だから、大雪のあるある
そもそも新雪が積もっている場所で手がつけられていない土地は、雪国の人にとって人が立ち入ることすら考えの及ばない場所です。考えが及ばないから手がつけられていないとも言えます。事故があったと聞けば「そうだな、大雪になるとよくあることだな」とすぐに納得して、次の仕事に移ります。雪国の一日は、常に雪かきに追われています。
【参考】尋常ではない初雪の除雪 作業中に流雪溝や水路で溺れないために
注:雪国の生活に溶け込んでいて、無意識には気をつけているけれど、特に話題にならない事象を、ここでは「大雪のあるある」としています。