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秋葉原通り魔事件死刑執行:私たちは事件から何を学ぶのか

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
Akihabara, June 8, 2008(写真:ロイター/アフロ)

私もあの日、息子と共に秋葉原にいた。犠牲者の一人になっていたかもしれないが、その日も秋葉原の量販店は、いつもどおり明るく元気に営業していた。

■秋葉原通り魔事件加害者死刑執行とヤフーコメント

7人が亡くなり10人が重軽傷を負った事件から14年。2022年7月26日、死刑囚の刑が執行された。テレビにはテロップが流れ、ヤフーニュースがすぐに第一報を報じる。ヤフーコメントも次々と投稿される。

上位に並ぶコメントは、死刑執行の遅さを嘆いている。

「死刑確定囚の執行が法律で定められた6カ月以内に行われないことに理解ができない」

「死刑判決が確定したら、速やかに執行」

「10年以上税金を投入して生かしておく意味が分からない」

「見せしめの意味でも、もっと早く執行すべき」

「14年も無駄に拘置していたのに驚いた。」

「執行まで時間がかかりすぎ」

あるいは

「凶悪な事件を起こした代償として常に死と向き合わせる時間を長く与えられた」

というコメントもあった。

記事のタイトルが「秋葉原殺傷、死刑執行 発生14年、古川法相命令」であったために、14年の年月に言及するのは自然であり、たしかに死刑執行までの時間に関しては議論もある。

ただ、「さっさと死刑にしろ」といったニュアンスのコメントには、心が暗くなる。

ヤフーコメントを下まで見ていくと、彼を取り巻いていた様々な問題への言及もある。家庭、社会、孤独感。

新たな犯罪を防ぐためにも、私たちはそこから学びたい。

■秋葉原通り魔事件(秋葉原無差別殺傷事件)の原因

犯罪のプロではない素人が突然起こす凶悪犯罪は、不幸な偶然の積み重ねだ。多様な原因の何か一つが違っていれば、犯行は実行されなかったかもしれない。

家庭問題(親子問題)、進学の失敗、挫折、不本意入学、不本意就職、職場でのトラブル、ネット上のトラブル。彼の心は追い詰められていく。

■家庭問題:教育虐待と呼べるほどの熱心さ

報道されている弟(のちに自殺)や祖父の言葉、また彼自身の著作から、まず家庭の問題が浮かび上がる。極端なほど教育熱心だったという。それは、教育虐待と言えるかもしれない。

母親がつきっきりで勉強させ、食事をぶちまけるような叱責があり、テレビも男女交際も制限されたという。

親は頑張らせたっかのだろうが、「がんばれ」は逆効果になることもある(「がんばれ」がNGワード、逆効果になるとき:子供や生徒や部下の心を押しつぶすとき:Yahoo!ニュース有料)。

ここで母親を責めるのは、簡単だ。しかし母親に悪意はなかっただろう。母親にも、そうせざるを得ない何か心の問題があったのかもしれない。

誰かが、母親の心をほぐしていれば、結果は違っていたかもしれない。

■進学、不本意入学、進路問題

青森で育った彼は、青森高校(偏差値71)に進学する。しかし、彼は「自分の人生は高校入学までだった」と語っている。高校生活は何か上手く行かなかったのだろう。

母の愛も、自分から弟に移ったとも述べている。

有名国立大学、難関私大に、多くの生徒が進学していく。しかし、彼は希望していた北海道大学には行けず、自動車関係の短大に進学する。

その学校も立派な学校であり、成績上位者はトヨタやホンダに就職する。だが、彼は結局資格も取らないままに卒業する。

どんな進学校にも、成績下位の生徒がいる。経済低理由で思ったような進路につけない生徒もいる(安倍元総理を銃撃した男のように)。

人生で挫折を味わうことはある。そんな時こそ、周囲のサポートが必要だろう。もしも彼が、笑顔で進学し、大手自動車メーカーに就職していたら、事件は起きなかったことだろう。

■派遣社員、職場トラブル

卒業後、警備会社勤務を経て、彼は2005年から派遣社員として働く。ちょうど、2004年に製造業務への派遣解禁さされた時期だ。その後も職を変えながら、2007から事件直前までまた派遣社員として働いている。

彼は、特に派遣という形態に不満があったわけではないようだ。しかし、このころから派遣労働の問題は指摘されている。

労働条件の問題だけではなく、歓迎会も送別会も自己紹介もなく、名前さえ呼んでもらえず「おい、そこの派遣」などと呼ばれる状況に、不満や悲しさを感じてい人たちがいると報道されてきた。

派遣労働者の働きがいや心の問題について、どれほどの改善が見られているだろうか。

彼は、いくつかの職場で、人間関係に不満やトラブルが生じると無断欠勤し、そのまま退職に至っている。働く者としてこれでは困るが、安定した職場環境を失うことは、多くの犯罪の契機となっている。

■ネットトラブル、孤独感

彼は、インターネットにかなり没頭していた。しかし、ネット掲示板でのなりすましなど、ここでもトラブルが起きる。そして、犯行を決意することになる。

インターネットは急激に普及した。しかし、ネット安全教育はとても不十分だ。

リアル社会で豊かな人間関係を持っていれば、ネットトラブルも解決しやすいのだが、現実社会で孤独感を感じた人がネットに救いをもとめ、そこでもトラブルが起きた時のダメージは大きい。

彼が、ネットトラブルをもっと賢明に解決できていたら、事件は起きなかったことだろう。

■秋葉原通り魔事件死刑囚の言葉:ローンウルフ(一匹狼)犯罪、事件から学ぶべきこと

「生活に疲れた」「誰でもいいから殺したかった」「殺すために秋葉原に来た」「友達ほしい。でもできない なんでかな」「勝ち組はみんな死んでしまえ。そしたら、日本には俺しか残らない あはは」「人と関わりすぎると怨恨で殺すし、孤独だと無差別に殺すし、難しいね」「やりたいこと・・・殺人  夢・・・ワイドショー独占」

「現実でも一人。 ネットでも一人」

「望まれずに生まれて、望まれて死んで」

彼は、様々な心の問題を抱えていたのだと思う。同時に、彼は聡明な人間だったのだろう。事件や犯人について解説する「専門家の話もほとんど嘘」、そこから出てくる「対策に効果などない」と語っている。

私も、安易に彼の犯行動機などを解説する気はない。しかし、事件から学びたいとは思っている。

死刑が執行されても、負傷者や犠牲者遺族の苦しみは続く。被害者保護が必要であり類似事件を防止が必要だ。

彼は、自分で働き生活していた。酒を飲む仲間もいた。しかし、心は満たされなかったのだろう。

彼が、生活に疲れたりしなければ、負け組などと思い込まなければ、一人だと思わなければ、結果は違っていたかもしれない。私たちは、どうすれば良かったのか。これからどうすれば良いのか。学ばなければならない。

これだけの大事件が発生し、14年もの年月がたち、私たちはいくらかでも学んできたのだろうか。日本にも「孤独・孤立対策担当大臣」ができ、「あなたはひとりじゃない」とメッセージを出しているが、孤独を感じている人に届いているだろうか。

ローンウルフ犯罪などと呼ばれる、一人の人間による白昼堂々の凶悪犯罪は、減っていくのだろうか。

一人ひとりが、孤独と絶望感に押しつぶされず、愛と希望を実感できる社会にしていきたい。

「社会」。そう、私も社会の一員だ。私にもやるべきことがあるはずだ。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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