なでしこジャパンの次代を担うか。快足レフティー・FW遠藤純がアメリカのプロリーグに挑戦
【世界で戦う武器を備えたアタッカー】
なでしこジャパンの若き大器が、アメリカ挑戦を決断した。
FW遠藤純が、アメリカ女子プロサッカーリーグのエンジェル・シティFCに移籍したのだ。
遠藤は、俊足を武器にスペースを切り裂く快速ドリブル、高い精度と強度を備えた21歳のレフティー。ボールの芯を捉える快音は、男子並みの迫力がある。そして、左からのクロスは常に得点の気配を漂わせる。
国内では日テレ・東京ヴェルディベレーザで3年半プレーし、国内外で8つのタイトルを掲げてきた。
年代別代表は10代の前半から常連となり、飛び級で出場した2018年のU-20フランスW杯で優勝に貢献。その3カ月後になでしこジャパンに初選出され、2019年のフランスW杯に最年少で出場している。そして、昨年の東京五輪も全4試合に出場。順調にキャリアを積んできたなでしこ期待の星である。
遠藤は、1月8日に実施されたオンライン取材で、海外挑戦への強い思いを打ち明けた。
「新しいチームなので、情報もない中で新たな環境に飛び込むことになりますが、すでに世界で戦っている(日本人)選手もいますし、物おじせず、堂々としたプレーを見せていけたらいいなと思います」
アメリカは、世界一女子サッカーが盛んな国だ。代表の試合には数万人の観客が入り、男子よりも多い。リーグ(NWSL)には、各国から代表クラスの選手たちが集まってくる。
エンジェル・シティFCは2020年7月に立ち上げられた新チームで、拠点はロサンゼルス。今季からNWSLに参加する。テニスのセレナ・ウィリアムズ、ハリウッド女優のナタリー・ポートマン、元アメリカ代表のミア・ハムやアビー・ワンバックといった著名人がオーナーに名を連ねており、設立当初から日本でも話題になっていた。
エンジェル・シティは、18年のU-20W杯の頃から遠藤に目を付けていたという。そして、栄えある初期メンバーに選ばれたのだ。
【ベレーザでの3年半と海外挑戦への決断】
4人兄弟の末っ子として生まれた遠藤は、コーチをしていた父の下で早くからサッカーの才能を発揮してきた。
オフザピッチの素顔からは天真爛漫さやシャイな一面も垣間見えるが、プレーは豪胆。勝ち負けに関係なく、自己採点はいつも厳しい。
それはハイレベルな環境で生来の負けず嫌いを発揮し、成長への強い飢餓感を抱き続けてきたからだろう。
福島県出身の遠藤は、2011年の東日本大震災で被災した。そしてそれ以来、当たり前のようにサッカーができることへの感謝を胸に刻んできた。傷ついた日本に希望を与えたなでしこジャパンのW杯優勝に胸を躍らせ、小学校6年生の時にはロンドン五輪を生観戦。8万人以上の観衆が入り、地鳴りでスタンドが揺れるようなウェンブリー・スタジアムで、アメリカと日本の決勝戦を見た。「自分もいつかここでプレーしたい」と、強い思いで心を震わせた。
「今度は自分がいろんな人に勇気や元気、感動を与えられる立場になったので、楽しみですし、責任も感じています」
支えてくれた家族や仲間、地元への感謝の言葉は尽きることがない。自分のためだけではない誰かのために戦うという思いも、遠藤の原動力となっている。
海外でのプレーを意識し始めたのは3年前。その考えがより身近なものになったのは、“危機感”からだった。
「U-20W杯の時はパフォーマンスも悪くなかったので、世界との差を感じるというより『まだやれるな』と感じましたが、(19年の)W杯で、『このままではやばいな』と。ただその時は(海外に)挑戦する覚悟がまだなくて、東京五輪でハッとさせられたんです」
2018年10月に代表入りしてから3年間、遠藤は様々な強豪国と同じピッチに立った。トップクラスの選手にも恐れずチャレンジすることで“世界との差”をよりリアルに捉え、脳裏に刻んできた。
「体格やフィジカルの差はW杯の頃から感じていましたが、五輪では難しい場面でもゴールを決め切って勝つチームが多かったです。自分はFWとしてどんな状況でも決め切る力がまだなく、それが(代表)チームとしても足りないところだと思います。アメリカは日本に比べてボールへのアプローチが早いし、強い。今の自分では絶対に勝てないので、磨きをかけたいと思いました」
エンジェル・シティからのオファーが舞い込んだのは、その危機感が最高潮に達していた時だった。監督やチームメートも決まっていないまっさらなチームだったが、即決した。女性の社会進出を後押しするようなコンセプトも魅力的に映った。そして何より、遠藤は挑戦に飢えていた。
ポジションは左サイドやFWでの起用が有力視されている。同ポジションにはアメリカ代表選手も含め、強力なライバルたちが加わることが予想される。167cmの遠藤は、日本の選手の中では長身で、しなやかな動きに特徴がある。だが、NWSLには170cm超の筋肉質な選手たちがゴロゴロいて、球際も激しい。その中でリーチやパワーの差をいかに克服し、ゴールを奪うのか。
理想的な環境で、明確なテーマと向き合う日々が待っている。
「体格が違う選手たちと毎日トレーニングする中で自分を変えていけると思うし、高い強度の中でどれだけやっていけるか、挑戦したいと思います」
DF宝田沙織やMF林穂之香など、同世代で一足先に海外にわたった選手たちもいる。それでも「このタイミングで良かった」と言い切ったのは、ベレーザで過ごした3シーズン半が充実していたからだろう。
的確なポジショニングや緻密なパスワークを武器とするベレーザで、遠藤のダイナミックなプレースタイルは窮屈そうに映ることもあった。スペースを有効に活用できず、左足を封じられた際の打開策が見えない時があった。
だが、そうして突きつけられる課題に一つひとつと向き合い、実戦を重ねながら、遠藤は少しずつ“自由”を獲得していった。それは、個々の能力を引き出す手腕に長けた永田雅人ヘッドコーチ(前監督)との出会いも大きい。本職の左サイドに加え、右のサイドハーフや左サイドバックも経験。攻守の多様なスキルを獲得し、対応力を身につけた。
「いろいろなポジションで幅を広げられたことは特に成長した部分だと思うし、永田さんからボールの持ち方などを学んで、サッカーがより楽しくなりました。ベレーザに感謝しています」
東京からハリウッドへ。数々の名作を生み出してきた地で、遠藤はどのような成長ドラマを見せてくれるだろうか。
【池田ジャパン初選出で臨むアジアカップ】
契約上、遠藤はすでにエンジェル・シティの所属選手になっている。だが、渡米は2月以降になる。なでしこジャパンの選手として、1月20日から始まるアジアカップ(インド)に出場するためだ。
10月に発足した池田太監督新体制では初招集となった。年代別代表時代から長く遠藤の成長を見守ってきた池田監督はメンバー発表会見の場で、「彼女は左足のスペシャリティやフィジカル的にも世界に通じるスピードで、チームにさらなるパワーをプラスしてくれるのではないかと思います」と期待を口にした。
同大会は2023年のオーストラリア/ニュージーランドW杯のアジア予選を兼ねていて、日本は2連覇中。優勝だけでなく、内容も求められている。発足から準備期間が少ないだけに、こう着状態や難局を打破するジョーカーの存在が鍵となりそうだ。
これまでW杯や五輪などの世界大会で切り札として存在感を示してきた遠藤は、その有力候補。欧米の選手たちと比べれば、アジアではフィジカルの差がほとんどない。だからこそ、遠藤のスピードや左足の破壊力が勝利への決定打となる可能性もある。
「堂々とプレーすることはもちろんですし、代表で結果を残すことを一番の目標にしています。オフ(ザボール)の動きで関わったり、サイドからクロスを果敢に上げるなど、FWと連携して多くの得点に絡みたいと思います」
アジアカップでは、その言葉通りのプレーで勝利を引き寄せ、同時に観客を魅了してほしい。
背番号は13。海外組の看板を背負って臨む、新体制のデビュー戦は必見だ。