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ガスも水道もないインドネシアの秘境へ。クジラと人間の命懸けの闘いを目の当たりにして

水上賢治映画ライター
「くじらびと」の石川梵監督 筆者撮影

 現在公開中のドキュメンタリー映画「くじらびと」は、そのタイトルから察しがつくように、クジラとともに生きる人々の記録だ。

 カメラが分け入ったのは、ガスも水道もないインドネシアの辺境にあるラマレラ村。約1500人の村人が暮らすこの地は、火山岩に覆われ農作物はほとんど育たない。

 ゆえに太古からクジラ漁が村の生活を支え、年間10頭も獲れれば村人全員が生きていけるといわれている。

 鯨漁といっても、大型船で魚群探知機でといった近代化された漁法ではない。

 伝統漁法といっていい、手造りの舟にのって、ラマファと呼ばれる銛(もり)打ちが銛(もり)1本でマッコウクジラに挑む。

 なので、常に命がけ。実際、クジラに大けがを負わされた者もいれば、海に引きずり込まれて命を落とした者もいる。

 ゆえにラマファは村の英雄で、子どもたちの憧れだ。

 作品は、この危険と隣り合わせの400年に及び続く伝統捕鯨を続ける「くじらびと」たちの日常と壮絶なクジラとの闘いを記録している。

 はじめてこの島を訪れたときから数えると30年の月日をかけて本作を完成させた写真家で「世界でいちばんうつくしい村」で映画監督デビューを果たした石川梵監督に訊くインタビューの第三回へ。(全四回)

 これまでのインタビュー(第一回第二回)では、映画撮影への前段階となる写真集と本での撮影過程を伺ったが、ここからは今回の作品について。

帰国する前日、ほんとうに最後の最後にクジラが現れた!

 作品は、命懸けのクジラ漁の一部始終が臨場感あふれる映像で記録されている。

 ただ、実は今回もなかなかクジラには出会えなかったそうだ。

「前のとき、少し触れましたけど、僕はラマレラ村に入ったものの、なかなかクジラに出会えなくて、そのうち村人の間で『ボンがくるとクジラがとれない』という噂が立つようになって…、とお話しました。

 なんの因果か、今回も撮影に入ったらなかなかクジラが現れない。これはまずいと思いました(苦笑)。

 ある程度覚悟はしていたものの取材も3年目に入り、いよいよピンチになって。(その年は)やむなく1週間帰国するのを延期したんですが、それがタイムリミットのギリギリ、帰国する前日、ほんとうに最後の最後にクジラが現れて、彼らが仕留めて、それを僕は撮影することができたんです。

 そういう意味では撮影そのものも非常にドラマチックな展開があったわけですが、映画の脚本的なことを言うと、最後の最後にクジラが獲れて終わるのというのある意味理想的なわけです。

 だから、それをそのまま作品にしているんです。時系列はほとんどいじっていない。

 ほんとうに作品で描かれているように、クジラを仕留めるところを最後の最後に撮れたんです」

漁にいってはじめて、「逃げてくれ」と思いました

 クジラ漁のシーンでは、ドローンによる空撮で、詳細はぜひ映画館で確認してほしいが、二度とみられないような感動的な光景も記録されている。

「仲間のクジラが助けに来るシーンは、僕もびっくりしましたね。こんなことがあるんだと。あれは空からみないとおそらくわからなかった。大事なことを見せてくれたと思います。

 あのシーンに関して言うと、僕は漁にいってはじめて、(クジラに)『逃げてくれ』と思いました。

 クジラが獲れないと村の人々は困るし、映画を作っている僕も困るんだけど、あのときばかりは『逃げてくれ』と心の中で思いましたね」

「くじらびと」より
「くじらびと」より

解体場面だけで番組1本できちゃうかもしれない

 その捕獲されたクジラは、陸にあげられるとまたたく間に解体され、それぞれにもらえるところが決まっており、村全体に分配されていく。

 その丹念に記録された解体作業もまたひとつの見どころといっていいかもしれない。

「解体もすごいですよね。

 完璧に担当者がきまっていて、だれだれにはこの部位がいくと決められていて、瞬く間に解体されていく。

 そして、残るのは骨だけであとはきれいになにひとつ無駄にしないで使われる。

 通常のドキュメンタリー番組だったら、あの解体場面だけで番組1本できちゃうかもしれないですね」

どこからかクジラ漁のことだけでなく、この村のこと、村で生きている人の

ことをきちんと記録に残して伝えたいという気持ちが強くなった

 また、漁だけでなく、長年訪れて村人たちと信頼関係を得ているからこそ撮影が許されたと思われるシーンが随所にある。

 このとき限りという場面も記録されている。

「これはもう30年も通ったからということですね。

 これだけ長く通うと、いい瞬間に出会うこともあれば、よくない場面に遭遇することもある。

 そういうひとつひとつを、村の人々と僕はどこかで分かち合ったところがある。

 その中で、いま記録しておかないともういつ撮れるかわからない、この村の貴重な文化遺産ともいうべき場面にも直面して、撮れたということです。

 あと、どこかから僕の中で、クジラ漁だけでは終わらないというかな。

 クジラ漁のことだけでなくて、この村のこと、この村で生きている人のことをきちんと記録に残して伝えたいという気持ちが強くなってきたところがありました。

 たとえば、登場人物のひとりであったベンジャミンが漁の最中に亡くなってしまった。

 遺体が上がらなかったことから、家族や親族が船で海の沖に出て見送る葬儀になった。

 あの船に乗れたのも、やはり僕がベンジャミンと出会っていたし、彼の父のイグナシウスともよく話していたから撮影することができた。

 その後、イグナシウスは船を作ることを決心しますけど、あの船作りもそうそうあることではなくて、新しい船を作ることはいまでは稀なんです。

 でも、それを撮れたのもイグナシウスと出会っていたから。だからほんとうに不思議な巡り合わせて、ちょっと何かに導かれるようにして撮らせてもらったこともたくさんありました。

 そうして、気づいたら、村の貴重な風習や伝統を記録していた感じです。

 ある意味、ちょっと奇跡的な流れで撮れたところがあって。いま考えてもよくこれだけいろいろな奇跡的な瞬間に立ち合えたなと思います。

 まあ、本題のクジラにはなかなか縁がなかったんですけどね(苦笑)」

(※第四回に続く)

「くじらびと」より
「くじらびと」より

「くじらびと」

監督:石川梵

全国公開中

公式サイト:https://lastwhaler.com/

場面写真はすべて(C)Bon Ishikawa

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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