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青黒の「ワンクラブマン」が秘める決意。藤春廣輝が川崎フロンターレ戦で、今季J1リーグ初先発か

下薗昌記記者/通訳者/ブラジルサッカー専門家
長年、不動の左サイドバックとして君臨してきた藤春廣輝(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 ガンバ大阪一筋13年のキャリアを過ごしてきた藤春廣輝が、8月6日に行われるJ1リーグの川崎フロンターレ戦に向けて、特別な思いを抱いている。青黒の「ワンクラブマン」を駆り立てるものとはーー。

ガンバ大阪一筋13年、藤春廣輝は「青黒」が誇るワンクラブマン

 世代交代の波は「元日本代表」や「不動の」という肩書きに忖度することなく、容赦なくベテランたちを飲み込んでいく。

 ガンバ大阪のフィールドプレーヤーとしては倉田秋とともに最年長。プロ入り後、13年間青黒のユニフォームしか知らない(日本代表を除く)藤春廣輝は、今のサッカー界では貴重な「ワンクラブマン」だが、34歳は今季、プロ生活で最も悩ましい時期を過ごしている。

 大阪体育大学から2011年、ガンバ大阪に加入。決してエリート街道を歩んできたとは言い難い藤春だが、レギュラーを手にしたプロ2年目の2012年にはクラブ史上初のJ2降格を経験。2014年には三冠達成にも貢献し、ガンバ大阪が強い時も、勝てなかった時期も常に「不動のサイドバック」として左サイドを走り続けてきた。

 そんなチーム屈指のスピードスターが「不動」の肩書きを失ったのは黒川圭介が台頭した2022年のこと。「プロになってから今まで怪我でもないのにメンバー外はなかった」とJ1リーグ18試合の出場にとどまったがシーズンの終盤は、ベンチにも入れず残留争いに巻き込まれた仲間の戦いを見続けることしか出来なかった。

 それでも、藤春の人の良さは変わらない。

 2022年10月29日のホーム最終戦の一コマだ。毎年、あるスポーツ新聞がホームゲームで年間を通じて最も活躍した選手に贈る「ミスターGAMBA黄金の脚賞」に黒川が選ばれたのだ。

 「圭介、お前が選ばれるから。選ばれたら胴上げしたるわ」(藤春)

 「僕はないでしょう」(黒川)

 快足サイドバックは、かつて「予言者」の顔も持っていた。2014年のJ1リーグ、アウェイ浦和レッズ戦は逆転優勝に向けての天王山だった。この試合で決勝ゴールを決めた佐藤晃大に、試合前「ラスト10分ぐらいで試合に出て、点を取ることになるよ」と藤春は伝えていたが、その言葉通りの展開に。佐藤も「試合が終わった後には『お前、凄いな』って言いました」と驚いた経験を持っている。

 そんな藤春の言葉通り、黒川の受賞が決まった直後、背後に回って黒川を抱き抱えてともに喜んだ。「僕もプロ3年目で獲ったんですけど、圭介も今年3年目で、そういう縁もあった。圭介が頑張ってサポーターから認められたのは僕も嬉しいし、アイツの自信になる。僕もそうでしたから」。

 自らの出場機会を奪ったはずのライバルを心から祝福できるのは、藤春ならではだが、2022年にブレークした黒川は今や不動のレギュラーとして、左サイドに君臨する。

ダニエル・ポヤトス監督の就任後、序列は低下し、出場機会は激減

 「こうやってお互いに成長できるのかなと思います」(藤春)。しかし、黒川を追う立場に変わった2023年、ダニエル・ポヤトス監督の就任によって、藤春は左サイドバックの2番手どころか、さらに序列を落としていく。

 象徴的だったのが3月8日に行われたルヴァンカップのグループステージ第1節、京都サンガ戦だった。

 3対1でリードしていた78分、先発の黒川を温存すべく、ポヤトス監督が送り出したのはセンターバックの福岡将太。それまでセンターバックを務めていた江川湧清を左サイドバックにスイッチし、フィールドプレーヤーのサブメンバー6人で唯一、藤春だけがピッチに立てなかったのだ。

 ルーキー当時から、いかなる番記者にも丁寧に対応。日本代表やリオデジャネイロ五輪代表という経歴を感じさせない気さくさと謙虚さに惹かれる番記者は少なくないが、さすがにこの日の藤春に声をかけるのは気が引けた(聞けば、必ず丁寧に答えてくれるのは分かっていたが)。

 あの一夜に感じた胸の内を後日、聞いてみた。答えはこうだ。「監督が決めることなので全然、不満もないですね。練習でひたむきにやって何とか試合に出られるようにする、それだけです」。

 青黒の「ワンクラブマン」は、ガンバ大阪の良きベテランの背中を見続けてきた男でもある。「僕もミョウ(明神智和)さんやフタ(二川孝広)さんの姿を見てきましたからね。あの人たちこそ、試合に出ている、出ていないに関わらず常に練習中の態度が一緒でした。それがプロなんだと学ばされてきましたし、そういう先輩たちが、いざ試合に出たら結果を出す。そういう姿勢を見てきたからこそ、僕もやってこられた」(藤春)。

 ただ、今シーズン、積み上げてきた数字は残酷だ。ルヴァンカップではFC東京戦の終盤、9分間ピッチに立ったのみで、J1リーグでの出場はゼロ。高知ユナイテッドに2対1で敗れた天皇杯2回戦で唯一、フル出場を果たしているのみだ。

「泣きそうになった」アウェイのFC東京戦。藤春を支えるのはサポーターの声

 そんな34歳のベテランを支えるのはサポーターからの声援である。

 「ルヴァンカップのFC東京戦でもサポーターが声を出してくれたので、泣きそうになりました。そういうのがあるから、人間って頑張ろうってなれる」。

 8月6日に行われるアウェイの川崎フロンターレ戦では黒川が累積警告による出場停止のため、藤春が今季のJ1リーグで初先発する可能性がある。

リオデジャネイロ五輪にはオーバーエイジ枠で出場。招集が決まった際の記者会見ではブラジル国旗を手に(筆者撮影)
リオデジャネイロ五輪にはオーバーエイジ枠で出場。招集が決まった際の記者会見ではブラジル国旗を手に(筆者撮影)

 日本代表も経験し、リオデジャネイロ五輪ではオーバーエイジ枠でピッチに立つなど大舞台に数多く経験してきたベテランは、ついに巡ってくるかもしれないチャンスに、珍しくこんな言葉を口にした。

 「リーグ戦は一年ぶりぐらいだし、ましてや今季はベンチにも入っていない。不安はありますよ。走れるかなとか、試合勘とかね」

 ただ、ルーキーイヤーからずっと過ごしてきたクラブへの愛着も人一倍。「もしかしたら、ガンバのユニフォームを着るのはこれで最後かなって、最近の試合ではいつも思っています。サポーターが声をかけてくれたお陰でここまでやって来られたので恩返しをしたいし、100%の力を出し切ることがガンバに対しての恩返しになる」。

 川崎フロンターレ戦でピッチに立てば、藤春の主戦場となる左サイドでは家長昭博と山根視来とのマッチアップが待つことになる。「相手の右サイドとは今までも試合をしてきたので、どういう攻撃をしてくるかは把握しているし、自分的には止める自信もあるし、止めないといけない」と自らに言い聞かせるように、藤春は力を込めた。

 かつては攻撃偏重のスタイルだったが、近年はそのスピードと読みを生かした守備力でも最終ラインを支えてきた藤春。「フロンターレはここ数年で、何回もチャンピオンを取って来たチームなので自分にとっては最高の相手。自分がどれだけやれるか挑戦したいですね」。

 かつてお手本としたベテランたちは、巡って来たチャンスでその存在感を見せて来た。

 愛すべきワンクラブマン、藤春廣輝。今こそ、左サイドを熱く駆けろーー。

記者/通訳者/ブラジルサッカー専門家

1971年、大阪市生まれ。大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)でポルトガル語を学ぶ。朝日新聞記者を経て、2002年にブラジルに移住し、永住権を取得。南米各国でワールドカップやコパ・リベルタドーレスなど700試合以上を取材。2005年からはガンバ大阪を追いつつ、ブラジルにも足を運ぶ。著書に「ジャポネス・ガランチードー日系ブラジル人、王国での闘い」(サッカー小僧新書)などがあり、「ラストピース』(KADAKAWA)は2015年のサッカー本大賞で大賞と読者賞。近著は「反骨心――ガンバ大阪の育成哲学――」(三栄書房)。日本テレビではコパ・リベルタドーレスの解説やクラブW杯の取材コーディネートも担当。

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