実質「勝訴」となった「大和市」喫煙所による「受動喫煙被害」訴訟
通勤途中の喫煙所からのタバコ煙により喘息などの症状が出たとして、都内に住む男性が健康被害に対する慰謝料を求め、大和市と同市の大木哲市長を相手取って起こした少額訴訟の判決が2019年4月26日、横浜地裁であった。判決は原告の請求を棄却するという内容だが、原告が被害を受けた喫煙所は2019年2月1日に同市によって撤去されている。今回の受動喫煙裁判について、タバコ訴訟に長く関わってきた弁護士に話を聞いた。
喫煙所を設置した自治体を訴える
国が健康増進法を改正し、受動喫煙防止に動き出したが、街角には依然として喫煙所が存在し、そこから漂ってくるタバコ煙に苦しめられる人も多い。加熱式タバコを含むタバコ煙で呼吸が困難になったり喘息などを発症する人もいるが、都内に住む小森(42歳、仮名)さんもその一人だ。神奈川県内の電気通信事業者に勤める小森さんは、東急田園都市線で中央林間駅まで行き、その後、小田急江ノ島線に乗り換える。
東急中央林間駅から小田急中央林間駅まではアーケード商店街になっていて、高架になっている小田急線のホーム下にある喫煙所の脇を通って両駅の改札を往き来するのが最短距離だ。小森さんは生後6カ月頃から気管支喘息に苦しんできたが、その喫煙所の近くを通るたびに息が苦しくなって呼吸が困難な状態になり、この症状はアイコス(IQOS)などの加熱式タバコでも同様だという。
小森さんは2018年7月、大和市の大木哲市長に対し、喫煙所の撤去を要望した。だが、同年9月に同市より撤去はできないとの回答がきたという。小森さんは、同市や歯科医師でもある大木市長の受動喫煙防止への後ろ向きの態度に訴えを起こす決意をし、2018年10月、藤沢簡易裁判所へ大和市と大和市長を相手取った少額訴訟を起こす。
請求は、同喫煙所からの副流煙による健康被害と精神的苦痛をこうむった慰謝料としての30万円だ。しかし、大和市の管理する全ての喫煙所の廃止・撤去を和解条件にしていたという。
少額訴訟でも専門性の高い審理が必要の場合、簡易裁判所から地方裁判所へ移行することもある。小森さんの裁判は横浜地裁の通常裁判に移行し、2018年12月21日に第1回の審理が横浜地裁第606号法廷で行われた。その後、被告側の答弁書を受理し、小森さんが準備書面を追加提出するなどした。
そして、まさに小森さんが横浜地裁で裁判を起こした2018年12月21日、大和市生活環境保全課は中央林間駅の喫煙所を2019年2月1日に閉鎖するというアナウンスを同喫煙所に掲示し、裁判中の2019年2月1日、同市は中央林間駅通路の喫煙所を撤去した。筆者が同課に確認したところによれば、今回の撤去措置と小森さんによる訴訟に直接の関係はないという。
中央林間の2駅間をつなぐ通路の側道奥に、JTによって寄贈設置された喫煙所に2018年12月21日に掲示されたアナウンスと撤去後の様子。撮影:西條瑞季
大和市の行為はFCTC違反では
この裁判について、片山律弁護士に話をうかがった。片山弁護士は、1998年にタバコ病にかかった元喫煙者が国やJT(日本たばこ産業)らに対して起こした東京タバコ病訴訟の弁護団に弁護士登録した2000年以降関わり、2005年1月にタバコ病にかかった元喫煙者がJTとJTの監督責任者である国に対して横浜で起こした横浜タバコ病訴訟の弁護団長となり、多くのタバコ訴訟や受動喫煙訴訟などに携わってきた。
──判決文によると今回の裁判で原告の小森さんは、大和市という地方公共団体が喫煙所という公の営造物の設置や管理に瑕疵(かし)、つまり問題があったとし、それによる損害に対して、国家賠償法2条1項を根拠に賠償請求をしています。
片山「1981(昭和56)年12月16日の最高裁判決で、この瑕疵については具体的個別的に判断するようにという判断が示されています。この具体的個別的の内容ですが、横浜地裁は大和市の設置や管理には瑕疵あったとは認められない、つまり問題はないとして今回の判決になったのでしょう。これは判決文や準備書面、喫煙所撤去前の現場写真などからの私の推察ですが、国家賠償法での訴訟とした以上、横浜地裁の判断基準自体はやむを得ないのかなと思います。ただ、具体的個別的判断の部分には問題があるといえるでしょう」
──私も喫煙所撤去前の現場へ足を運んでみましたが、タバコ煙はかなり遠くまで漂ってきていて、大和市の管理には問題があるのではないかと実感しました。被告は2014年12月にJTの横浜支店と覚書を交わし、喫煙所が隠れる高さのプランター植栽などの寄贈を受けているようですが、タバコ煙は植栽では防げません。
片山「確かにそうですね。プランターによる区分けによる分煙措置により、どの程度の軽減効果が生じているのか、風による周囲への煙の拡散効果がどの程度生じているのか、より具体的な測定を行うべきだったと思います。裁判所は、図面や設置場所の位置などから『大部分の煙が拡散することがうかがえる』と安易に判断し、ここでも実際に測定した結果には基づいていません」
──そもそも、この喫煙所は2009年2月に大和市とJT横浜支店が覚書を交わし、JT横浜支店から寄贈されて設置されたものです。なぜこの場所にという設置の経緯にも問題があるのではないでしょうか。
片山「喫煙所が設置された場所は『主要な歩行者動線』ではないのかもしれませんが、撤去前の写真を見る限り、かなりの交通量があるように思えます。喫煙所の設置をしないという判断もあり得た上に、JTから喫煙所の寄贈を受けること自体が、日本も加盟する国際的なタバコ規制条約であるFCTCの第5条3項のガイドラインに抵触する行為です。つまり、この喫煙所を設置したこと自体、重大な問題を含んでいるといえるでしょう」
──今回は小森さんという個人が行政を相手取った訴訟ですが、タバコ問題、受動喫煙問題の裁判として何らかの意味があるとお考えですか。
片山「原告本人が目指していた喫煙所撤去を実現したことから、実質的には勝訴といえる大きな意義がある訴訟と思います。同様の動きが広まることで、全国的に駅隣接の喫煙所撤去の動きにつながる可能性を秘めていると思います」
──原告の請求を棄却という判決になりましたが、何かほかに判決結果に影響を及ぼす法廷戦術などの可能性はあったのでしょうか。
片山「具体的な主張立証の過程が不明なのでコメントしにくいですが、判決からは、書面や図面などの資料から安易に受動喫煙が軽減されているかのような認定がされたように読めます。ですので、例えば日本禁煙学会などから支援を受け、実際の暴露状況を測定するなどの立証方法が持ち入れられても良かったと思います。また、設置場所選定や喫煙所の構造選択において、JTの寄贈を受けたという点についてはFCTC違反であることをもっと強く主張しても良かったのではないかと思われます。さらに、本件喫煙所が設置された市道も利用するのであれば、同市道自体の通行量(できれば年齢別)などの資料もあれば、当該市道を利用する市民の受動喫煙対策として不十分との認定もあり得たのではないかと思いますね。用法や利用状況についても、判決では清掃の有無等暴露状況とは関係の薄い事実を認定していますが、喫煙所の周辺で喫煙している人も多数いるようですので、実態に即しての判断がされるよう調査報告書等を証拠として提出しても良かったと思います」
現在は撤去されている中央林間駅間の喫煙所。喫煙エリアの外へ出てタバコを吸う人も多く、市道は高齢者や子ども連れも通行していた。同じような状況の喫煙所は全国にも多いのではないだろうか。撮影:筆者
同様の訴訟が起きる可能性
──改正健康増進法が2019年1月に一部施行され、時期的にズレて残念な感じがします。この法律が施行されたことにより何か影響する可能性はありますか。
片山「本件判決自体は、行政側に立った従来の裁判例から予想される結論であり、本件のような不十分な受動喫煙防止措置でも瑕疵があるとは認められないとの判断ですが、改正健康増進法や同法設立の後ろ盾となったFCTCにより、今後同様の裁判が起こった場合には、より設置者側に厳しい判断がされる可能性は大いにあるでしょう。神奈川県以外であれば、各自治体が制定した条例による影響も考えられます」
──最近あまりタバコ裁判がないようですが、司法のほうで変化の兆しなどはありませんか。
片山「一時期多かった労働事件としての受動喫煙訴訟は職場の禁煙化が進んだことで減ってきているのではないでしょうか。改正労働安全衛生法、改正健康増進法や各地自体の条例により、この傾向はより進んでいくと思われます。現在、最も紛争になっているのは近隣関係における受動喫煙被害です。調停や訴訟に至らないまでも、紛争となっている事例は相当数に上るでしょう。本来一番責任を負うべきメーカーや行政を被告としての訴訟は規模が大きくなることもあり、現時点は大型の訴訟はないようです」
FCTC(WHO Framework Convention on Tobacco Control、たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約)は、国が各国と取り交わした国際条約だ。もちろん国内の行政、自治体も遵守する義務がある。JTから寄贈された喫煙所や灰皿は全国にかなり多い。自治体関係者は、地元の喫煙所がどういう経緯で設置されたのか再確認したほうがいいだろう。
JTは、各地に無償で喫煙所や灰皿を提供設置しているが、撤去には責任を持たない。撤去する費用は行政持ち、つまり税金が使用されることがほとんどだ。
先日行われた統一地方選挙で4選を果たした大木哲・大和市長は、市政の柱に健康都市充実を掲げているという。今回の喫煙所は撤去されたが市内の別の駅や路上にはJT寄贈の喫煙所や灰皿が置かれ、依然として被害に苦しむ人もいる。健康都市充実は掛け声倒れに終わらないのだろうか。
今回の裁判で小森さんは代理人弁護士を立てず、自ら訴状を作成し、準備書面を用意して裁判に臨んだ。けっして金銭目的の訴訟ではなく、喫煙所が撤去されればそれで良かったのだという。その意味では片山弁護士のいうように実質的には勝訴といっていい。
もちろん喘息が引き起こされたことが直接の動機だが、法律に詳しくない理系技術者の社会勉強の1つとしてとらえ、自分の子どもへの教育の一環とも考えて自ら調べて訴状と準備書面を作成した。代理人弁護士には依頼せず、少額訴訟のため、印紙代と郵送費を合わせても1万円弱しかかかっていなかったという。
地域の喫煙所によるタバコ煙害に悩んでいる被害者がいたら、自治体や喫煙所の管理者に対し、同様の少額訴訟を起こすのも一つの方法かもしれない。改正健康増進法は、喫煙者は受動喫煙の害がないよう努めなければならないと定めているのだ。