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寺山修司世代も菅田将暉世代も魂が震える。2021年の東京を舞台に描く『あゝ、荒野』

杉谷伸子映画ライター
(c)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

前後編で構成される作品が珍しくなくなった昨今。とはいえ、寺山修司の唯一の長編小説『あゝ、荒野』を映画化した本作のようにいわゆるエンタメ系ではない作品で、上映時間が2本合わせて5時間超となると、一瞬たじろいでしまう人も多いでしょう。そのハードルを飛び越えさせるのが、寺山という時代を超えたカルチャーアイコンと、若き実力派・菅田将暉という組み合わせ。しかも、監督・脚本・主演をつとめた『息もできない』で各国の映画賞を総なめにしたヤン・イクチュンとのダブル主演ときては、寺山世代も菅田世代も食いつかずにいられないというものです。

2021年の東京。少年院を出たばかりの21歳の沢村新次(菅田将暉)と、理髪店で働く二木建二(ヤン・イクチュン)は、元ボクサーの堀口(ユースケ・サンタマリア)に誘われ、彼の運営するジムに入り、トレーニングを重ねていきます。新次は、プロボクサーとなった昔の仲間にリングで復讐するため。吃音障害と赤面対人恐怖症に悩まされながら生きてきた建二は、自我を解放するため。それぞれの理由からボクシングに打ちこむなか、二人は兄弟のような存在になっていくのですが、やがて「新宿新次」と「バリカン建二」としてリングで対峙することに…。そんな二人の生き様に、幼い頃に新次を捨てた母親、建二を虐待してきた父親などが絡んで描かれる人間模様と、そこに映し出される社会の現実は、5時間という時間が必要なのも納得の濃密さ。

血と汗が飛び散る壮絶なファイトシーン。(c)『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ
血と汗が飛び散る壮絶なファイトシーン。(c)『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

その物語自体はもちろんのこと、作品の重量感に負けない役者たちが放つ熱量に圧倒されるのが、なんとも快感。菅田が体現する新次のギラギラとした野性と殺気。ヤンが体現する建二の繊細さと頑固さ。半年に及ぶ役作りで手に入れたボクサーとしての肉体が、役者の内面に、まるで彼らが演じる人物そのものの精神状態をもたらしているかのよう。そんな二人が繰りひろげるクライマックスのファイトシーンはまさに壮絶。しかも、そうした肉体の力を、男と女が求めあうシーンでも感じさせるのです。映像的な美しさ重視のベッドシーンではなく、まさに「濡れ場」という言葉がふさわしい泥臭いエネルギーが感じさせるのは、人間の「生」への渇望。面白い映画は出演者の誰もが素晴らしいと感じさせてくれるものですが、この作品もまさにそれ。新次と引き合い、彼の野性の熱量を受け止める曽根芳子役の木下あかりの肝の座り方にも、哀愁を湛えた堀口を演じるユースケ・サンタマリアの驚くほどのかっこよさにも、観ていて胸がざわつくほど。

ユースケ・サンタマリアも好演。(c)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ
ユースケ・サンタマリアも好演。(c)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

そんな傑作にさらなる普遍性をもたらしているのは、原作小説では東京オリンピック後の1966年だった舞台を、東京オリンピック・パラリンピック後となる2021年に置き換えたことです。結果、前衛的な舞踏や寺山の路上演劇を彷彿させるようなパフォーマンスが繰り広げられるシーンにも原作へのリスペクトを感じさせつつも、寺山ワールドに縛られすぎない作品が誕生。この映画の中に登場する奨学金の免除案のように、現代日本が抱える問題を映し出した世界が、ノスタルジックな昭和回顧ではない風景の中で描かれることで、新次や建二が抱える荒野が、いつの時代も誰の心の中にもあるものだと感じさせてくれるのですから。

『あゝ、荒野』

制作・配給:スターサンズ

出演:菅田将暉、ヤン・イクチュン、ユースケ・サンタマリア 他

原作:『あゝ、荒野』寺山修司(角川文庫)

10月7日(土)前篇、10月21日(土)後篇

新宿ピカデリー他 2部作連続公開

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『SCREEN』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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