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「宇宙日本食」を3年かけて外食企業が開発、星出彰彦さんとともにISSへ

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
初めて外食企業が開発した宇宙日本食。(サガミグループ提供)

JAXA(宇宙航空研究開発機構)の宇宙飛行士、星出彰彦さんが4月23日(日本時間18時49分)地球を出発してISS(国際宇宙ステーション)に向かった。

これらに搭載されている宇宙食の中に「名古屋コーチン味噌煮」がある。宇宙食はこれまでさまざまな食品メーカーのものが採用されてきたが、この「名古屋コーチン味噌煮」は宇宙日本食として初めて外食企業がプロデュースしたものだ。

こちらの会社は名古屋に本拠を置く株式会社サガミホールディングス(以下サガミグループ、代表/伊藤修二)で、主として和食麺類のファミリーレストランを展開している。宇宙食が開発された背景について、このプロデュースを推進してきたサガミグループの榑林功真(くればやしかつま)氏の解説に基づいて紹介しよう。

名古屋を本拠として全国に約250店舗を展開するサガミグループは和食・麺類のファミリーレストランチェーンで「No.1 Noodle Restaurant Company」を標榜。(サガミグループ提供)
名古屋を本拠として全国に約250店舗を展開するサガミグループは和食・麺類のファミリーレストランチェーンで「No.1 Noodle Restaurant Company」を標榜。(サガミグループ提供)

人気No1商品の訴求をより高める

きっかけは、サガミグループの人気No.1商品「手羽先」が、例年名古屋で開催される「手羽先サミット」において2018年開催に「殿堂入り」を果たしたことだった。当時、営業推進を担当していた榑林氏は、「これ以上に訴求できる形で、コンビニでも販売できる商品をつくろう」と考えを巡らし、「宇宙食」にたどり着いた。宇宙食は保存食であり、災害時の非常食ともなる。1995年1月の阪神淡路大震災で榑林氏の実家が被災し会社から義援金をいただいたことから、会社に報いることを日頃考えていた。この想いが宇宙食をつくる発想につながり、この活動に集中する原動力となったという。

宇宙食開発の発端は、サガミグループの人気No.1メニューである「手羽先」をより訴求できる商品にしていき、コンビニでも販売できる商品をつくることであった。(サガミグループ提供)
宇宙食開発の発端は、サガミグループの人気No.1メニューである「手羽先」をより訴求できる商品にしていき、コンビニでも販売できる商品をつくることであった。(サガミグループ提供)

JAXAには宇宙日本食認証基準があり、食品メーカーなどが提案してくる食品をこの基準と照らし、基準を満たしている場合に「宇宙日本食」として認証している。ISSに滞在する日本人宇宙飛行士に、日本食の味を楽しんでもらい、長期滞在の際の精神的なストレスを和らげ、ひいてはパフォーマンスの維持・向上につながることを目的としている。これは日本の家庭で普段食されている範囲を対象としていて、日本の伝統的な「和食」とは限定していない。これまでに宇宙日本食として認証された食品には、焼きそばやカレーなども含まれている。

サガミグループでは産学連携で相模女子大学とメニュー開発等を行っているが、同大学に宇宙日本食のアイデアを持ちかけたところ、その開発に賛同を得た。

では、この宇宙日本食をどこがつくるか。榑林氏は自分と似たようなアイデアの商品に取り組んでいる人物と巡り合い、静岡県焼津市に本拠を置く石田缶詰を紹介された。同社はカレールーや鍋つゆといった少量多品種のOEM(相手先ブランドによる生産)を手掛けているメーカーで、煮込み料理だけではなく練り製品などもつくることが出来る汎用性の高い調理機械を持っている。そこで2018年に初めてサガミグループ、相模女子大学、石田缶詰の三者でキックオフミーティングを行った。

製造工場がISO22000を取得

宇宙食の製造について石田缶詰より賛同を得たことから、ここよりサガミグループが企画、相模女子大学がメニュー開発、そして石田缶詰が製造という三者共同体が動き始めた。相模女子大学では学生からアイデアを募りブラッシュアップし、名古屋と相模原の産品を使用した案にまとまっていった。

宇宙食の認証を得るためには菌検査が特に厳しく、製造工場はISO22000を取得する必要がある。これは国際標準化機構が定めた食品安全の規格で、マネジメントシステム(経営のしくみ)部分と食品安全を担保するためのHACCP(危害要因分析と重要管理点)部分で構成されている。食品事故発生のリスク低減と再発防止を目的とした仕組みであり、これを取得することで企業が食品安全に関する取り組みを確実に実施していることをアピールできる。

そして石田缶詰は2019年9月にISO22000を取得。これは同社にとって大きな求心力をもたらしたようだ。

レトルトパウチ食品で、内容量は120gとなっている。(筆者撮影)
レトルトパウチ食品で、内容量は120gとなっている。(筆者撮影)

そのまま食べてもおいしい長期保存食

さて、完成した宇宙日本食「名古屋コーチン味噌煮」の原材料は以下の通り。

野菜(大根、にんじん、ごぼう)、鶏肉(愛知県産)、こんにゃく、焼きちくわ、うずら卵、しいたけ、味噌加工品、醸造調味料、しょうゆ加工品、砂糖、液体和風だし、昆布エキス、調合味噌、寒天、かつお節エキス調味料、食塩、酵母エキス、和風だしの素/加工でん粉、増粘剤(加工でん粉)、ソルビット、調味料(アミノ酸等)、水酸化カルシウム、カラメル色素、カラメル色素、〈一部に小麦・卵・大豆・鶏肉を含む〉。レトルトパウチ食品で内容量は120ℊ。

この宇宙日本食のポイントは大きく3つ。

まず、「そのままでもおいしく食べられる」。ISSの中には食品を温める装置はあるが、80度の接触加熱のために時間がかかる。そこで、そのまま食べてもおいしくおかずをコンセプトとして開発した。

次に、宇宙食は柔らかい料理が多くなり、料理の食感が似ていると食事に飽きてくるということから、相模女子大学からの提案に基づいて「噛み応えのある料理」を考案した。

そして、味噌は赤味噌の「まるや八丁味噌」を使用、味噌出汁は食材の風味や旨味を引き出す力を利用できるぎりぎりの量で調整し、味噌の持つ独特の苦みなどはほとんどない。

筆者の元にも届き試食してみた。

袋から皿に盛り付けると若干の粘性がある。色は「名古屋コーチン味噌煮」のイメージ通り。薄味で癖のない上品な味付けで、食べ終わると後味が残らずすっきりする。

使用食材は、大根、にんじん、ごぼう、鶏肉、こんにゃく、焼きちくわ、うずら卵、しいたけで、柔らかいながらも食感を楽しむことが出来る。(筆者撮影)
使用食材は、大根、にんじん、ごぼう、鶏肉、こんにゃく、焼きちくわ、うずら卵、しいたけで、柔らかいながらも食感を楽しむことが出来る。(筆者撮影)

サガミグループではこの製品を4月14日に店舗に納品、従業員にも配布して宇宙日本食の完成を祝った。4月16日に愛知県知事及び名古屋市長に宇宙日本食を持参して表敬訪問を行った。店舗での販売開始は4月17日から。今後は、コンビニなど小売店での販売も計画している。

アイデアが生まれて3年を経て誕生した宇宙日本食「名古屋コーチン味噌煮」は、サガミグループにとっても大きな求心力をもたらしていることであろう。

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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