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六本木を拠点にワイン事業者としてECで成功、さらに事業拡大を目論む情熱の源泉とは

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
ソムリエ代表の守川敏氏、ワイン事業を独自に切り拓いた(筆者撮影)

六本木交差点近くにある地下鉄六本木駅を、六本木通りの反対側に出ると歓楽街六本木の風情とは異なって、普通のささやかな生活者を感じさせる雰囲気になる。

ここを六本木ヒルズ方向へ緩い上り坂を登ると、レストランやカフェ、ベーカリーショップ、パティスリー、ワインショップと、「食」に関連する集合体の店舗がある。食事をしてからワインショップで買い物、ワインショップを訪ねた後にパンやケーキを購入とか、ここのショップから多様な「食」への展開を楽しむことができる。

ワインショップに入ると、同社のYouTubeがモニターで放映されて、その若い女性MCの活気あふれる音声が店内に流れている。これをそこはかとなく聞きながら、隣のベーカリーやレストランでスタッフがきびきびと働いている様子を眺めていると、「風通しのいい会社なんだろうな」という思いがわいてくる。

ここを運営する会社は株式会社ソムリエ(本社/東京都港区、代表/守川敏)。同社がワイン事業を手掛けたのは2004年のことで、2009年にワインのEC(通信販売)サイトを開設し、2010年に先に述べた「食」の複合店舗を構えた。

ワインショップは1階と地下1階にあり、ワインを求めるお客がベストバイを楽しむことが出来る(筆者撮影)
ワインショップは1階と地下1階にあり、ワインを求めるお客がベストバイを楽しむことが出来る(筆者撮影)

「ナイトビジネス」で実績を積んだ過去

ソムリエの代表、守川氏(56歳)に取材をする機会を得て、そのソフトな人間性と、筆者の質問に対してゆっくりとロジカルに応えてくれる様子に、いわゆる人格者というものを感じた。

今回の取材の前に、漫画家の弘兼憲史氏が守川氏の半生をまとめた『六本木騎士(ナイト)ストーリー』を読み、守川氏の「深さ」というものを感じ取った。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000044.000043660.html

その内容はこうだ。守川氏がワイン事業を手掛ける前は、いわゆる「ナイトビジネス」の世界に10代から入り、20代そこそこから店長に抜擢されて、さまざまな苦労を重ねながらも、この世界の成功者として地位を固めていく。この過程には反社組織と真正面で向き合うこともあった。この壮絶な日常について、この本に詳しくまとめられている。

筆者が守川氏に「ナイトビジネスで学んだことは、どのようなことか」と質問をしたところ、このように答えてくれた。

「ナイトビジネスには、さまざまな女の子やスタッフが存在します。そして、夜の世界にはたくさんのリスクが存在する。いろいろな誘惑、金銭感覚が崩れたり、貞操的なことも。このような中で、この世界に携わっている女の子が自分を磨いていきます。いろいろな方々とコミュニケーションを取って人脈をつくっていく。このような良い環境になっていくことで、素敵な女の子が集まってくる。こうして、そこに集まってくるお客様が喜ばれ、リピーターになってくださる。そして、最後にわれわれ男性スタッフが幸せになることができる」

「こうして、まずお客様の幸せを考える。次に取引先様の幸せを考える。そこで最後に利益を得ることが出来て、われわれの幸せが存在する。この順番を決して間違えてはいけません」

これは守川氏がナイトビジネスで学んだことという以前に、守川氏の一貫した経営哲学である。それが、ワイン事業はじめ飲食事業を育てていった理念につながっていく。

「怪我の功名」がビジネスチャンスに

守川氏がナイトビジネスで独立して会社を設立したのは1995年。そして、その翌年にもう一つの事業を育てていこうと株式会社トゥエンティーワンコミュニティを設立した。この会社は、ナイトビジネスとは別のビジネスを切り拓いていくという狙いがあった。社名には「21世紀を形成していく」という想いを込めた。この会社は、不動産関連などの事業を手掛けるようになった。

この会社ではワイン事業を2004年より手掛けるようになった。そのきっかけは「怪我の功名」と守川氏は語る。

ある日の休日、守川氏はストリートバスケットを楽しんでいたが、ここで転倒し骨折した。しばらく外出することができない。それまで休みなく働いていたが、この機会に好きな高級ワインを楽しもうと考えた。ワインの知識がないながら、毎日高級ワインを飲んでいて、「ワインって、おいしいな」と。一方で「なぜワインは高いんだ」と疑問を抱くようになった。

そこで守川氏は、「ヨーロッパのワイン商から直接買えば、高級ワインも安く売ることができるのではないか」「直接仕入れて直接販売すると、お客様に喜ばれるのではないか」と考えるようになったという。

こうしてトゥエンティーワンコミュニティではワイン事業を立ち上げた。ここから自分の考えがとても浅はかなことであることを思い知った。これも「怪我の功名」と守川氏は語る。

名もなきインポーターが、いきなり「ワインの取引をしたい」と申し出たとして、全く相手にされなかった。それは、知られた商品はすでに大手インポーターが押さえているから。地道にフランスに行き、産地を巡り、さまざまな展示会を訪ねる努力を重ねていたが、これらのどこでも「あんた誰や?」という感じの対応だったという。

しかしながら、小さな生産者のワインの中には「おいしいな、これ!」と、感動するものがあることに気づいた。そこで、守川氏は「おいしいワインをつくっている、たくさんの小さな生産者と取引していこう」と考えた。

そして、この路線で走り出すのであるが、このようなワインの売り方は、在庫をたくさん抱えることになることも知った。

「お客様への還元」がビッグに育てる

さて、仕入れたワインの売り方である。インポーターは、大手問屋や業務用酒販店と取引をして納品していくものであるが、それなりの実績や知名度がないインポーターが相手にされる世界ではない。さて、どうするか。

そこで考えたことは、ECによって B to C でワインを販売するという方法。これであれば、従来の販売方法であるインポーターから大手問屋や業務用酒販店に卸す際の中間マージンを省くことができるのではないか。ECはインポーターから消費者に直接販売する方法として、これから伸びていくのではないかと想定した。

こうして、2009年にワインECサイトの『ワインショップソムリエWine Shop Sommelier』を開設し、楽天マーケットに出店した。「ここから猛ダッシュでECに力を入れるようになった」と守川氏は語る。

ソムリエ社が独自に生産者を開拓してきた活動は、ECの分野でとても価値の高い企画商品を生み出している(筆者撮影)
ソムリエ社が独自に生産者を開拓してきた活動は、ECの分野でとても価値の高い企画商品を生み出している(筆者撮影)

同社が生み出したECによるワインの直接販売は、「商社」であり「酒販店」としての2つの免許を必要とする、インポーターの立場で新しい事業者の在り方を切り拓いた。

当初は、たくさんの在庫を抱えて、これらを少しずつECで販売していくというリスキーなビジネスであることを痛感していたが、これを継続していくうちに販売力がついて、それによって購買力が高まっていった。マーケットを大きくしていくにつれて、利益をしっかりと確保するようになり、「お客様に還元する」というビジネスの循環が整うようになった。このような在り方に気づいて「業革」を推進した。2018年には楽天マーケットで「楽天市場ショップオブザイヤー」を受賞、Yahoo!ショッピングでは「年間ベストストアー2023」を受賞した。

このようにワイン事業が隆盛してきたことから、分割型分社化によって2023年にソムリエを設立した。

「食」の集合体がもたらした大きなメリット

冒頭で紹介した六本木の「食」の集合体は、かねてワインショップのリアル店舗の必要性を感じていて、2010年にそれが実現したもの。守川氏はこう語る。

「ECでは商品を紹介するページをしっかりとつくり込むことによって商品を知ることができますが、商品の香りや味わいを試してもらうことができない。しかし、リアル店舗では、ソムリエがお客様に詳しくワインの説明をしながら、お客様に体験していただくことができます」

「かつて私もワインショップを巡ることが好きでしたが、このような方は一部のワイン好きの方です。一般の人がワインを買うのは、スーパーなどでついでに購入するものですが、ワイン好きの人はワインショップに目的来店をしている。そこで、ここにたくさんのお客様が集まるコンテンツをつくろうと考えました。ワインがつなぐ『食』の集合体によって、より多目的で多様なお客様が集まり、このビル自体の価値が高まっていくと確信していきました」

「この『食』の集合体は、お客様だけではなくスタッフや組織に大きなメリットをもたらしました。どこかの部署で欠員が出たときに人材の流動化ができます。閑散期になって単純にシフト減らしをするのではなく、どこか忙しいところに人材を回していく。こうすることによって雇用を確保することができます」

「食」の複合店舗の入口に相当する「さくらSAKURA」は近隣の住民や勤め人にとって気軽なイタリアンとして定着している(筆者撮影)
「食」の複合店舗の入口に相当する「さくらSAKURA」は近隣の住民や勤め人にとって気軽なイタリアンとして定着している(筆者撮影)

「さくらSAKURA」では本格的なピッツァ窯が導入されて、ここで焼成されるピッツァのファンを獲得している(筆者撮影)
「さくらSAKURA」では本格的なピッツァ窯が導入されて、ここで焼成されるピッツァのファンを獲得している(筆者撮影)

このように、多様な「食」の店舗が集まっていることから、ここで働くスタッフは多様な「食」の仕事を経験することができる。別の部署に居ながら、ワインの知識、イタリアンの料理、和牛の火入れなども学ぶことができる。このような交流が定着していくことによって、スタッフが自らの成長を感じ取ることができる組織を育んでいく。この積み重ねによって、筆者が同店に感じた「風通しのいい社風」を醸し出しているのではないだろうか。

「株式公開」はゴールではなくプロセス

ソムリエではECによって B to C 市場を切り拓いてきた。これから視野に入れているのは B to B の拡大である。要するに、ECによって一般消費者に販売していることに加えて、飲食店などのワインを商材とする事業者に販売していくということだ。日本のワインのマーケットは1兆円とされていて、このうちの68%は飲食店で消費されているという。守川氏はこう語る。

「ワインの輸入業者であり酒販業者であるというわれわれのビジネスモデルを大きく成功させるためには、ワインの B to C よりももっと大きな B to B のマーケットを取りにいくことが必要だと考えています。そこで一念発起して、B to B のための組織編成を根本からやり直して、人員や採用を強化して、営業コンサルにも入っていただき、日本のワイン市場の B to B を取っていくぞという決意で、スタッフ一同取り組んでいます」

この方針に則って、ワインの倉庫を2019年静岡県浜松市に移転した。ここは日本列島のへそに位置していて、ワインの B to B で多くの需要が存在する関東と関西のほぼ中間に位置している。これによって配送コストの効率化を図っている。

同社ではいまYouTubeで「4年後に株式公開」を表明している。この資金調達の狙いについて尋ねたところ、そのような発想は全く存在していない。守川氏はこう語る。

「当社は不動産を所有し、借財もなく、ワインの事業自体は自己資本で営んでいます。飲食事業も場所がよく順調です。そんなことで、あるとき成長意欲がなくなり、みんなが食べていくことができるのであればそれでいいやという雰囲気が少なからずあったことは事実。このような状態が続いていくと企業文化は劣化します。レストランではサービスの質が低下して、料理もブラッシュアップされなくなる」

「ワイン事業の場合、それなりに現場のスタッフは努力をしていましたが、もっと大きなマーケットを取りに行って、生産性や利益率をよくして、これをお客様に還元していくべきではないかと。こんな具合に何か、もやもやとした想いがありました」

「これではいかん、このもやもやを払拭しなければと。もう一度、事業に真剣に取り組んでいこうと事業拡大の路線を決断しました。ですから、上場は当社にとってのゴールではなく、当社のことを世間の人にもっと広く認知してもらうためのプロセスに過ぎません」

「上場を目指すことよって、同じ目的地に向かって、一緒のバスに乗り、ハンドルを握りアクセルを踏んでくれる、共通の志を持ったいい人材が集まってくれる。このような目的を達成する手段として、事業拡大に向けて舵を切りました」

ソムリエ代表の守川氏の談話には、新しい商売を切り拓く、消費者に還元する、お客もスタッフも喜びを享受する、このような発想が溢れている。ワインの B to B への本格参戦や4年後上場について「第2のスタート」と表明している。

弘兼憲史氏などの協力の元で作成された「島耕作シリーズ」のワインは、「昇進祝い」のプレゼントとして家族や友人の間で人気の商品となって定着している(筆者撮影)
弘兼憲史氏などの協力の元で作成された「島耕作シリーズ」のワインは、「昇進祝い」のプレゼントとして家族や友人の間で人気の商品となって定着している(筆者撮影)

今回の取材は六本木にある同社の法人営業部の会議室で行ったが、終了してスタッフの執務室を通ることになった。そこで多くの若いスタッフの執務に対する熱量を感じた。代表が描くビジョンと理念がしっかりとしていると、会社は一致団結して前進していくものなのであろう。

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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