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ジョンソン英首相、EUに10月貿易協議終了の最後通牒―ノーディールの可能性(中)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
国内市場法案に反対する保守党の造反議員から協力を得るため、法案修正で合意したジョンソン首相=英テレビ局スカイニュースより
国内市場法案に反対する保守党の造反議員から協力を得るため、法案修正で合意したジョンソン首相=英テレビ局スカイニュースより

ジョンソン首相の国内市場法案はイングランドとスコットランド、ウェールズ、北アイルランドの相互貿易に関する国内ルールで、EU(欧州連合)離脱の移行期間終了後、つまり、2021年1月1日以降の新しい国内貿易の運用方法について定めたものだ。主な内容は、(1)北アイルランドから英国本土に対する製品の移動について関税チェックを行わない。(2)もし、FTA(自由貿易協定)協議がEUと合意しなかった場合、来年1月から適用される財の移動についてEU離脱協定で合意したルールを書き直すか、または無視できる権限を英国政府の閣僚に与える。(3)EU離脱協定で合意した企業への国庫補助金に関するルールを書き直す権限を閣僚に与える―などとなっている。政府は、「この法案は明らかに、これらの権限はたとえ国際法と相容れないとしても適用される。この法案は英国本土から北アイルランドに向かう製品に課せられるEUの不公平関税を阻止するために必要だ」(9月9日の英放送局BBC)としている。

同法案について、政府は来年1月にFTA合意なしでEUから離脱した場合、EU離脱協定に従って、北アイルランドは4年間(最大8年まで延長可能)、EU市場に残ることになるため、北アイルランドが英国本土の市場に自由にアクセスできるようにするのが狙いだと説明している。この点について、ジョンソン首相は9月9日、下院本会議で行われた最大野党・労働党との党首会談でも、「私の仕事は英国連邦の分裂を回避し、北アイルランドの和平プロセスを保護することだ。北アイルランド・プロトコル(条項)の非合理的な極端な解釈により、アイリッシュ海に国境が作られることを阻止する、法的なセーフティーネットがこの法案だ」と述べている。

北アイルランド・プロトコルでは、(1)北アイルランドのすべての財にEU単一市場の規制(ルール)が適用される。これは北アイルランドから最終的にEUに輸出される財にはEU関税が適用されるため、(南北アイルランドの)国境で通関チェック(緩やかな目に見えない国境)が行われることを意味する。(2)北アイルランドは英国の関税地域に残る。これにより、北アイルランドはEU以外の国とのFTAの恩恵が受けられる。英国本国からまたは英国経由で第三国から北アイルランドに入った財がEUに行かず、北アイルランドにとどまる場合、英国の関税が適用されるが、EUに入る恐れがある場合、EUの関税が適用される。(3)EUと英国のVAT(付加価値税)の税率を一致させるメカニズムで合意し、北アイルランドにEUのVATが適用され、英国がEUに代わってVATを徴収する。(4)北アイルランドの議会のコンセント(同意)については、(アイルランドの統一を目指す)ナショナリストと英国との連合を目指すユニオニストで構成される議会が移行期間終了から4年後にEU市場から離脱するかどうかについて投票し、単純過半数の賛成で残るとなれば、さらに4年間の計8年間残れる。また、反対すれば、2年間の激変緩和期間を置いて離脱する―となっている。

しかし、英政府は北アイルランド・プロトコルの問題点は、北アイルランドの企業が英国本土で製品を売る場合、輸出届をしなければならないとする規定だという。「この規定について、英政府は北アイルランドが英国本土の国内市場に自由にアクセスできるという約束に合致しないことになると主張している。北アイルランド企業は英国本土に製品を輸出するたびに輸出届を書かなければならず、本土に商品を売ることが難しくなる。このため、政府は輸出届の削除を法制化しようとしている」(9月8日付英紙デイリー・テレグラフ)。

また、2つ目の問題点は、英国はEUに対し、いかなる国庫補助金も北アイルランドとEU単一市場との貿易に影響を与える恐れがあるかどうか通知することを義務化している点だ。政府はこの点が曖昧になっていると主張する。「EUは英国本土の企業が北アイルランドとわずかでもつながりがあるだけで、英国企業への国庫補助金に干渉してくる恐れがある。つまり、EUが国庫補助金ルールを乱用し、英国企業に打撃を与えることを懸念している」(同)。

3つ目の問題点は、英国本土から北アイルランドに輸出される財が最終的にEU単一市場に向かうかどうかの判断を英国とEUの合同委員会に委ねているため、企業の負担が増大するという点だ。財がEUに到達すれば、EUに関税を支払う必要がある。もし北アイルランドにとどまれば、支払った関税は返金される。しかし、「英国企業はこのシステムでは事務手続きや経費が膨大となり、悪夢となる。このため、政府は英国の閣僚にEUに向かうかどうか判断する権限を与えるよう変更しようとしている」(同)。

しかし、下院・司法委員会のボブ・ニール委員長(保守党)は政府の閣僚が北アイルランド・プロトコルの修正または無視できる権限を行使する前に、議会に行使すべきかどうかの拒否権を与える修正動議を提出したことで、国内市場法案が無傷で成立することが困難な情勢となった。デイリー・テレグラフ紙は9月10日付で、「ニール委員長の修正動議が可決した場合、政府の同法案は事実上、骨抜きになる。一方、与党・保守党の30人の議員が同法案に反対投票する準備を進めている」と報じた。

このため、ジョンソン首相は9月14日、同法案を議会に提出する際、ニール委員長の修正動議を丸呑みする戦術に転換した。これは同法が発動された場合、政府の閣僚に与えられる北アイルランド・プロトコルの運用に関する権限について、行政委任立法(政令や省令などに相当)を議会に提出し、議会は40日間の審議期間が与えられ、採決できるというもので、政府が議会に対し、権限の行使前に議会の拒否権を認めたのだ。

また、首相は国内市場法案について、「自由貿易協定が合意できなかった場合の保険だ。合意した場合、この法律は実施されない」(9月14日の英テレビ局スカイニュース)と明言した。この新戦術により、14日の下院で第2読会が開かれ、同法案は賛成340票に対し、反対263票と、77票の大差で可決し、最初の関門を突破した。しかし、今後、法の成立に向け、どこまで造反議員を封じ込められるかがカギを握る。ただ、ジョンソン首相は9月16日の下院の連絡調整委員会で、ニール氏ら造反議員と意見交換し、政府がニール氏の修正動議を受け入れ、国内市場法案の修正法案を提出することで合意したことにより、議会で成立する可能性はかなり高まった。(「下」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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