私のことを忘れちゃうぐらい、みんなは幸せになってください――NUANCE川井わか卒業公演レポート
とうに春は過ぎ去り、むせるような熱気と湿気にうだる真夏の日々だが、忘れられないライヴがある。2024年3月24日にyokohama BAYHALLで開催されたNUANCEの「川井わか卒業公演『わかった』」である。
会場のyokohama BAYHALLは、横浜でも埠頭が並ぶ一帯に所在する。その日、風雨にさらされながら、ほうほうのていでたどりついた会場に入ると、入り口にはファンから贈られた花や、額縁に入れられた写真などが並んでいた。公演名の通り、この日はNUANCEの川井わかの卒業公演だった。
NUANCEは2017年から活動を開始したアイドルグループ。2021年から2022年にかけて、オリジナル・メンバーのみお、misaki、環珠理が去るまでは、ながらく4人体制であり、プロデューサーのフジサキケンタロウやサウンド・プロデューサーの佐藤嘉風も含めて、全員が横浜市在住というグループであった。そして2024年3月24日、唯一のオリジナル・メンバーである川井わかの卒業を迎えた。在籍期間は7年。2022年には蓮水恭美、汐崎初音、2023年には城戸海月を新メンバーに迎えており、卒業公演は4人で行われた。
「dreaming」と題されたSEとともに川井わか、蓮水恭美、汐崎初音、城戸海月がステージに現れると、「love chocolate?」のイントロが流れた。2017年のデビュー・アルバム『gachi choco!』の収録曲だ。そして、メンバーが白い丸椅子を手にして、その上に座ったり立ったりして使っていく。エレガントな衣装、洗練された楽曲、丸椅子の多用はNUANCEの特徴でもある。川井わかの歌いだしとともに「love chocolate?」の甘いメロディーが会場を満たし、見る者の感傷をも甘く刺激する。
「ルカルカ」からは、U(ドラム)、円山天使(ギター)、西岡ヒデロー(パーカッション、トランペット)、サトウヒロ(ベース)、ケイコローズ(キーボード)、しんいちろう(ギター)という編成によるバンドの生演奏が前面に出ていく。特に西岡ヒデローのトランペットの響きは、「ルカルカ」に艶めかしさすらもたらしていた。「ルカルカ」の最後では、川井わかが両手を挙げながら回転すると演奏が盛りあがり、ジャンプをすると演奏が終わった。まるでバンドマスターだ。
「セツナシンドローム」は、NUANCEの初期に生まれた代表曲だ。そこで描かれるコンテナやベイブリッジのある風景とは横浜港の情景であり、yokohama BAYHALLからベイブリッジまではすぐ近く。間奏で川井わかが「今の私たちを目に焼きつけてね!」とファンに呼びかけた。
「ナナイロナミダ」では、メンバーがファンにシンガロングを促した。「ピオニー」のイントロで、川井わかだけが丸椅子の上に立ち、他の3人はその周囲で踊るという構成もNUANCEならではのものだ。丸椅子の上にいるメンバーが入れ替わりながら進行していく。ダンスも激しい「コロニアルスタイル」では、蓮水恭美、汐崎初音、城戸海月のヴォーカルの成長も実感させた。「泡沫」では激しいダンスを見せた後、メンバーそれぞれのセリフが挿入される。「sekisyo」は関所、すなわち横浜の関内を舞台にしつつ恋を描く楽曲だ。佐藤嘉風の描く主人公は、どこか情念深いが、NUANCEを透過することによっていじらしく感じられる。
メンバーの自己紹介を挟んで、横浜にトーキング・ヘッズが現れたかのようなアフロ・ファンクを聴かせる「I know power」へ。とはいえ、まずファンに振り付けの練習をさせるゆるさもNUANCEらしい。そして、歌詞と連動して演奏も音が静かになったり大きくなったりした。そこからせつなくも狂おしい「ハルシオン」へ。睡眠薬の名を冠したアイドルポップスである。「初恋ペダル」は甘酸っぱく、「ハーバームーン」ではキーボードがサルサも刻み、その瞬間のNUANCEの輝きを引き立てた。「ai-oi」は、横浜市中区の相生町を連想させる曲名にして、激しさと狂おしさが全編を包む。そこからそのまま寂寥感に満ちた「サーカスの来ない街」へ。蓮水恭美の熱唱が深い余韻を残した。
会場が暗転してメンバーがステージを去った後、再び照明が点いた。そこに現れたのは、川井わか、そして佐藤嘉風。佐藤嘉風のアコースティック・ギターの伴奏とともに、川井わかのソロ曲「スタンダードになりたくて」が歌われた。そして、歌い終わった川井わかは「緊張したー!」と繰り返す。
そして、「お気持ち」と言いながら、川井わかは手紙を取り出して読みはじめた。
川井わかと汐崎初音が涙を拭き終えてから、バンドメンバーを呼び込んで「bund drive」へ。かつて、BAYHALLへ向かう海岸通りは「bund」と呼ばれていたという。そこへのドライヴを描いた「bund drive」は、1980年代のように歌謡色が濃い楽曲だ。「last a way」は近年のライヴで多く披露されてきた楽曲であり、メンバーのヴォーカルは終盤に向けて切実さを増していった。「ミライサーカス」もまた初期に生まれた代表曲だ。ここで描かれるサーカスは、みなとみらいに来るサーカスからインスピレーションを得たという。パフォーマンスも演奏も熱を帯びるなか、バンドメンバーが紹介されていった。
この日、もっとも胸に突き刺さったのは「sanzan」だった。主人公と「君」の間の感情の機微が幾重にも描かれていく。そして、こんな歌詞がある。
私はここに自分と川井わかの関係性を見た。NUANCEがかつて「nuance」という小文字表記だった時代から在籍する川井わかは、「病まない」と笑顔で語るメンバーだった。とはいえ、流れゆく歳月のなかで、本人が語ったように悩むこともあったという。しかし、nuanceからNUANCEへと変わっていくなかで、川井わかの笑顔こそが、NUANCEと私をつなぎとめるものだった。それ伝えるためだけに、今このライヴレポートを書いている。
「sanzan」の前述の歌詞の部分では、NUANCEは隣のメンバーの肘をつかんで一列になり、そしてまた離れていく。その瞬間の川井わかの笑顔に胸を揺さぶられた。
「特急元町・中華街行き27分」は、メンバーが変わりゆくなかでのルーツ回帰とも言うべきご当地ソング。「タイムマジックロンリー」は、すでに「セツナシンドローム」や「ミライサーカス」といった代表曲が生まれていたなかで、さらに生まれてきた新たな代表曲だった。NUANCEは、クリフサイドという1946年に創業したダンスホールでライヴを行ってきたが、歌詞にもダンスホールが登場し、時代を行き来していく。終盤のジャジーな疾走感は、この日の演奏の白眉でもあった。
バラードにして激しくもあるのが「雨粒」と「wish」だった。「wish」の初披露は新宿ロフトで、そのときにメンバーが涙を見せていたことを今でも思いだす。川井わか卒業公演での「wish」は、照明もあいまって、白い熱を強く放つかのようだった。NUANCEはこの日、冒頭からキレのあるパフォーマンスを見せ続けていたが、それは「雨粒」と「wish」でもゆるむことはなかった。
本編の最後を飾った「sky balloon」も、近年のライヴで多く披露されてきた楽曲だ。2021年の「TOKYO IDOL FESTIVAL」のSKY STAGEで「sky balloon」を見たときのことを今も覚えている。夕空を背にして歌い踊るNUANCEの姿を。
激しいファンのアンコールの声を受けて、まず歌われたのは「sunshine」。心地いいソウル・ナンバーにして、コード進行の妙も味わわせる楽曲だ。アンコールの最後は「シャララシャララ」。この楽曲も、2017年のデビュー・アルバム『gachi choco!』の収録曲であり、川井わかは「はじまりの曲」と紹介した。そして、川井わかが体験した7年間のすべてを、彼女自身が赦すかのような幻を私は見た。落ちサビを川井わかが歌ったとき、ファンは一斉に赤いサイリウムを振った。
川井わかは「みんな目に焼き付けるから」と言って、会場の隅々までファンに手を振り、「NUANCEの川井わかでした、ありがとうございました」と長く深い一礼をしてから、ステージを去っていった。
川井わかの卒業後、NUANCEには早瀬るりね、椰子桃子が加入。2024年7月27日には「NUANCE新体制 1st ワンマンライブ『スタイル』」をebisu The Garden Roomで開催した。さらに2025年4月11日には、KT ZeppYokohamaで「NUANCE ONEMANLIVE -hamajo-」が開催される予定だ。
しかし、人間は過去に決着をつけないと前に進めない生き物だ。4か月を経ても、川井わかの卒業公演のライヴレポートを書いていないことが、私はずっと後ろめたかった。終止符を打てずにいる私がいた。
2024年7月27日のNUANCEの新体制ワンマンライヴには、川井わかも訪れていた。「アイドルをやりきった」と言いきる彼女の姿がまぶしかったし、アイドルを辞め、日常を生きている彼女の姿もまぶしかったのだ。そんな川井わかに少しでも追いつきたくて、このライヴレポートを書いている。
<セットリスト>
SE dreaming
01.love chocolate?
02.ルカルカ
03.セツナシンドローム
04.ナナイロナミダ
05.ピオニー
06.コロニアルスタイル
07.泡沫
08.sekisyo
09.I know power
10.ハルシオン
11.初恋ペダル
12.ハーバームーン
13.ai-oi
14.サーカスの来ない街
15.スタンダードになりたくて
16.bund drive
17.last a way
18.ミライサーカス
19.sanzan
20.特急元町・中華街行き27分
21.タイムマジックロンリー
22.雨粒
23.wish
24.sky balloon
EN1.sunshine
EN2.シャララシャララ