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トランプはコロナに敗れた世界で2人目の政治リーダーである

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(545)

霜月某日

 トランプ米大統領は新型コロナウイルスに敗れた世界で2人目の政治リーダーとなった。1人目は日本の安倍前総理である。安倍前総理は新型コロナの直撃を受け、考えていたシナリオに狂いが生じ、コロナ対応にも失敗して、病気を理由に任期途中で退陣した。

 一方のトランプ大統領もコロナ対応に失敗し、米国は世界で最大の感染者数と死者数を記録した。本人も感染して入院するが、しかしこちらは病気を理由に退陣することなどなく、逆に病気に打ち勝つ姿をアピールすることで支持者を熱狂させた。さらには選挙に敗れても敗北を認めないでいる。

 安倍前総理はトランプ大統領と世界で最も親密な政治家と言われ、似た者同士のように思われてきたが、実は対照的な政治家であることが新型コロナウイルスで浮き彫りになった。トランプ大統領はネバー・ギブアップの人、しかし安倍前総理は早めのギブアップだ。

 これには日米両国の国民性の違いもある。米国民はギブアップする政治家など信用しない。リング上のボクサーのように、打たれても打たれても起き上がる精神力がなければ、リーダーとして認められない。一方の日本では病気で辞めると言えば同情心が湧いて「お可哀そうに」となり、再起を期待する声が上がる。それを安倍前総理は計算している。

 去年の今頃の安倍前総理は、今年夏に行われるはずだった東京五輪開催時の総理になることを夢見ていた。祖父の岸信介は東京五輪招致を成功させたものの、60年安保改定を巡って退陣を余儀なくされ、1964年開催時の総理になることができなかった。その悔しさを晴らそうと考えていた。

 そして東京五輪を成功させた直後に劇的な退陣表明を行い、後継に岸田文雄氏を指名する。「禅譲」という後継の指名は本来は民主主義と相容れないが、東京五輪を成功させ世界から賞賛されている時ならば、誰も文句は言えない。

 そして岸田氏に憲法改正の露払いをさせる。ハト派の岸田氏なら野党も反対できないから、9条以外の改正で国民投票を実施させ、憲法改正を既成事実化するのである。そこまでを岸田氏にやらせ再び総理の座を狙う。郷土の先輩である桂太郎は3度総理になったのでそれにあやかろうという訳だ。

 従って今年の政治課題の第一は東京五輪の成功だった。1月の施政方針演説は東京五輪一色でその先がなかった。桜の花が咲く頃には中国の習近平国家主席を国賓として招待し、令和天皇に会見させれば、米国のトランプ大統領と中国の習近平国家主席を繋ぐ位置に自分がいる。施政方針演説の頃の安倍前総理の頭の中にはそれがあったと思う。

 ところが丁度その頃、新型コロナウイルスが中国を襲い、それがみるみる世界に伝播して、3月11日にWHO(世界保健機構)はパンデミック(世界的大流行)を宣言した。それによって安倍前総理が夢見た習近平国家主席の訪日も東京五輪の夏の開催も幻と消えた。

 一方で、1月に横浜港に停泊したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号から感染者が出て、その時の日本政府の対応に世界のメディアから批判の声が上がる。安倍前総理は国際社会で「無能」の烙印を押された。

 そして東京五輪の延期が決定的になる。来年9月まで任期がある安倍前総理は何とか自分の任期中に開催しようと、森喜朗東京五輪組織委会長の2年延期の進言を退け、1年延期で小池百合子東京都知事と共闘を組んだ。

 不思議なことだが、延期が決まるとそれまで少なかった東京都の感染者数が急増し、小池都知事は欧米を真似たロックダウン(都市封鎖)を口にする。一方、安倍前総理が打ち出すコロナ対策は迷走に迷走を重ねた。専門家が反対した全国一斉の学校閉鎖、アベノマスクや星野源とのコラボ動画の発表は国民を失望させ、支持率は下がり続ける。

 それらはいずれも経産省出身の官邸官僚の進言によるものだ。彼らは菅官房長官が総理の座を狙っていることを危険視し、コロナ対策から菅官房長官を外す。それが結果的には菅総理誕生につながるのだが、菅官房長官とそれを裏で支えた二階幹事長は公明党の協力を得て、経産省官僚や麻生財務大臣が進めたコロナ対策を次々に覆していく。

 言ってみればコロナ対策を巡り権力内部で「宮廷革命」が起きたのだ。安倍前総理には打つ手がなく、しかも黒川弘務前東京高検検事長の定年延長問題が検察から反発され、河井克之・案里夫妻の公選法違反事件は安倍前総理を直撃しかねない状況になる。また父親の代から付き合いのある「ジャパンライフ」の詐欺事件摘発が確実となり、安倍前総理はシナリオの書き直しを迫られた。

 それが病気を理由にした退陣表明である。盟友の麻生太郎氏や甘利明氏に同情を引くための発言をさせ、車列を組んで病院に向かう姿をメディアに取材させ、難病が再発したことにした。しかし病状は総理を続けられないほど重症ではない。にもかかわらず日本のメディアは医者に会見を求めず、病状を確認することなく同情論を世に広めた。

 国民は病気で安倍前総理は退陣したと思っているが、一連の流れを見ればコロナに敗れての退陣と言うしかない。そして叩けばホコリの出る菅氏に「安倍政治の継承」を言わせ、学術会議の任命拒否という地雷を敷設したうえで菅総理を誕生させた。安倍前総理に再登板の意欲があるのは明白だ。早めのギブアップはそのためである。

 これと対照的なのがトランプ大統領の対応だ。米国の大統領で再選されなかったのはフォード、カーター、ブッシュ(父)の3人しかいない。トランプは何としてもそれだけは避けたかった。従って就任するや再選のための材料を仕込み始めた。あの世界に衝撃を与えた米朝首脳会談はそのためだ。

 南北朝鮮の分断は冷戦体制の最後の名残りである。朝鮮半島を統一させた大統領は歴史に名が残る。ノーベル平和賞も間違いなしだ。そしてそれを大統領再選の材料にするためには、北朝鮮と軍事衝突するぎりぎりの限界まで持っていき、米国民に恐怖心を植え付けてから自分が解決する姿を見せつける。国民は圧倒的に支持することになる。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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