生焼け会見から見えた日大の絶望シナリオ~就活・学費値上げ・志願者動向の未来予測
◆加藤学長会見は「黒焦げでないが生焼け」
不祥事に揺れる日大。事件が発覚してから2か月後となる12月10日、ようやく加藤直人学長が記者会見をしました。
が、その内容は、一言でまとめると「黒焦げではないが生焼け」。
つまり、大炎上こそしないものの、曖昧な回答に終始していたのです。
加藤学長が発表したのは「田中前理事長との永久決別」「外部有識者が中心の日大再生会議の設置」「株式会社日大事業部の清算」の3点です。
田中前理事長については、役員報酬・退職金等の支給もしないとのこと。
ただ、具体的な話はほぼ皆無でした。
学内には評議員や校友会、管理職を中心に隠れ田中派が多数残っている、と見られています。
それに、ビジネスをしたい業者や昇進を望む職員が「ちゃんたな詣で」(ちゃんこ屋詣で)をするのは日大内部では常識となっていました。
この「ちゃんたな詣で」の調査、あるいは田中カラーをどう一掃するか、などについての言及はほぼなし。
理事・評議員の選出方法を変える、としたうえで、「田中前理事長がいなくなればその影響力もなくなっていく」というヒトゴト回答。
そもそも、加藤学長自身、田中前理事長のヨイショ本、『炎の男 田中英寿の相撲道』(幻冬舎、2020年刊行)に、顔写真付きで推薦しています。
学長であると同時に理事であり、その期間は相当長いと言っていいでしょう。つまり、経営面にも責任があるはず。
しかし、記者会見では「田中前理事長から教学方面についてはそれほどの、なんて言うんでしょうか、圧力を受けたっていうことはございません」など、田中前理事長とのつながり・圧力を否定。
しかも、やたらと「学長に就任して1年目」と強調。
記者会見がここまで遅くなったのも「事件が多岐にわたっており関係者にインタビューできなかった」と釈明。
なお、これは言い訳にすぎず、たとえば、教員がわいせつ事件を起こした筑波大学は12月7日、教員逮捕当日の夕方には副学長が記者会見に応じています。
背任事件・脱税容疑とわいせつ事件は内容が違いますが、それでも逮捕が判明して即日、筑波大学は記者会見を開きました。
反面、日大の対応はあまりにも遅すぎたと言っていいでしょう。
◆学生のフォローほぼゼロで緊張感なし
学生へのフォローについて説明がない、というのも強く疑問に感じました。
記者から就活への影響について質問されたとき、「学生に対しては、1つはカウンセリング等の対応、それからもう1つは、企業等に対しても就職課から対応についてケアをお願いしているところでございます」
大学はカウンセリングで、あとは企業任せか、と違和感を覚えていると、
「それから、今年の4年生につきましては大変、おかげさまで好成績を挙げているところでございます」
謝罪会見の場で、今年の就活についての宣伝?
的外れもいいところです。仮に、現在の4年生がよくても、これから就活を迎える3年生への影響や対応についての回答とは言えません。
こういう回答をするあたり、この記者会見がいかに生焼けであったかをよく示しています。
この会見は多くの在校生も聞いていたはず。
学生を守るためにこうする、くらいの話は在校生も期待していたことでしょう。それが学生のフォローについてほぼ言及しなかったのは、残念でなりません。
さらに言えば、緊張感のなさも目立ちました。
質疑応答の後半で、記者からの質問を答えたところで携帯電話の着信音が響きました。最初、私はマナー知らずの記者のものだろうと思ったのですが、その携帯電話は他でもない加藤学長のものでした。
日本中が注目している謝罪会見で携帯電話の電源を切るか、マナーモードにできないあたり、緊張感がなかった、と言われても致し方ないでしょう。
◆不祥事の影響・その1~就活はほぼ影響なし
加藤学長の会見から、現段階では不祥事を本気で清算しようとする意思が感じられません。それでは、この不祥事の影響が今後、どのようなものか、学生の就活、学費値上げ、受験生の志願動向、この3点について解説します。
まず、1点目の就活について。
これはほぼ影響がない、と断言できます。
理由は、コロナショック後も続く売り手市場、企業側の面接対応の変化、この2点が挙げられます。
コロナショック後、一部業界では採用中止などに追い込まれましたが、大半の業界は現状維持か、やや減らす程度。つまり、売り手市場が継続している状態です。
22卒就活は「まだら氷河期」~5つのポイントとその対策は(2021年4月21日公開)
そんな中で日大の学生を簡単に切り捨てられるほど強気になれる企業はごく少数でしかありません。
2点目の面接対応の変化も、日大生にとっては追い風要素です。
売り手市場が長引く中で、各企業とも学生への面接対応を改善するようになりました。具体的には、いわゆる圧迫面接はしない、学生の話をじっくり聞く(特に中盤以降)などです。
そのため、面接で日大生に対して、「事件についてどう思うか?」など、鬱陶しい話を聞く企業はごく少数です。
せいぜい、同情を込めて「なんか色々大変だったね」という程度。
もちろん、日大生によっては、大学名を言うのが恥ずかしい、あるいは、事件について聞かれたらどうしよう、と心配になるかもしれません。
が、実際は、そこまで心配する話ではないのでご安心を。
◆不祥事の影響・その2~学費値上げは可能性大?
不祥事による影響、2点目は学費値上げについてです。
今年の私学助成金は保留となっており、1月に処分が正式決定します。
今のところ、どんなに大甘な処分でも50%カット、事件の重さを考えれば全額不交付(実質的には5年間・各年70%カット)となる可能性も高くなっている状態です。
補助金カットの影響で学費を値上げする可能性も話題となりつつあります。
これは、結論から言えば、可能性大、と言わざるを得ません。
日大は2013年(定員超過/減額幅は不明)、2018年(アメフト騒動によるガバナンス欠如〈10%〉と医学部不正入試〈25%〉の合算35%を1年間カット)、それぞれ、補助金カットの処分を受けています。
学費値上げの理由は補助金カットだけ、とは断言できず、たとえば2014年には消費税が8%に上昇したことで他大学でも学費値上げをしています。
では、2012年から2021年まで、各学部の初年度納付金について調査したところ、日大で学費値上げがなかったのは16学部中、4学部のみ。2012年時点ではまだ設置していなかったスポーツ科学部・危機管理学部以外の10学部については値上げしていました。
アメフト騒動後では文理・国際関係・芸術・スポーツ科学・危機管理の5学部が値上げしています。
値上げ幅は10%前後で、学科によっては20%を超えるところもありました。
◆学費値上げで「日東駒専」の中でも割高
学費値上げは日大だけではありません。
では、同じ偏差値ランクの「日東駒専」クラス(日本・東洋・駒澤・専修の4校)について、こちらも調査をしました。
同じ学部・学科系統となる8学部・学科について調査したところ、2021年現在、同じ日東駒専の中で、日大が学費トップとなったのは7学部・学科。
しかも、値上げ幅については他大学よりも日大が上でした。
他大学はいずれも10%未満と、日大よりも値上げ幅が小さいことが判明しています。
過去の値上げ幅、他大学の値上げ幅などを考えると、日大の学費は補助金カットの影響もあって値上げに踏み切る可能性が高いでしょう。
◆不祥事の影響・その3~志願者動向は悪影響で大幅減も
不祥事の影響、3点目は一般入試における志願者動向です。
こちらも、結論から言えば、大幅に減少する可能性が高いと言っていいでしょう。
その理由は、イメージの悪さ、学費値上げ観測、時期、この3点にあります。
まず、1点目のイメージの悪さについて。
やはり、前理事長宅から札束がゴロゴロ出てきたなど、事件のイメージは相当悪いものがあります。
加えて、ヒトゴトのアメフト騒動と異なり、今回の不祥事・事件は自分ゴトという違いがあります。
アメフト騒動の翌年、日大は一般志願者数が1.5万人、減少しました。
これは、アメフト騒動の影響が大きく、日東駒専クラスの他大学はいずれも志願者数を増やしています。
ただ、逆に言えば、1.5万人の減少で済んだ、とも言えます。
2019年当時、首都圏の私立大学は激戦となっていました。そのため、アメフト騒動で倍率が下がるならむしろお買い得、と考える受験生も一定数いたのです。
それに、アメフト騒動は、一般の受験生からすれば、無関係、つまり、「ヒトゴト」でしかありません。
その点、今回の不祥事はどうでしょうか。コロナショックで大学生の生活でシビアな話が出る中、背任事件に脱税とは、イメージが悪すぎます。
加えて、背任事件のトンネル会社に利用されたのが、事業会社。その事業会社は背任事件とは無関係ながら、どうも学生の教育用品等で結果的には高いものを買わされた、納期が専門業者経由に比べて遅くなった、などのことが判明しています。
こうなると、一般の受験生やその保護者からすれば、遠い世界・ヒトゴトではなくなります。もし、入学して、それで他大学に比べて教育用品などが高く買わされるとしたら?こうなると、ヒトゴトではなく自分ゴトとなり、日大受験を敬遠しようと考えてしまいます。
2点目の学費値上げ観測。これは前記にも出したので省略します。
一般の受験生・保護者からすれば、細かい理屈や過去データを知らなくても「補助金が減らされれば学費も値上げになるのでは」と考えるのが自然でしょう。
そして、3点目の時期、これは背任事件・脱税容疑の報道時期を指します。
背任事件が発覚し、9月から12月にかけて断続的に報道され続けました。そして、私学助成金の減額幅が決まるのが1月。当然、その前後も話題となるでしょう。9月から1月にかけて約5カ月、日大にとってネガティブなニュースが流れ続けるわけです。
2018年のアメフト騒動も5月から8月にかけて、約4か月間、報道が続きました。
一大学の不祥事・事件で数カ月間、報道され続ける事例は多くありません。
長ければ長いほど、一般入試の志願者動向に悪影響であり、加えて時期の問題があります。
2018年・アメフト騒動のときは、5月~8月でした。この時期は総合型選抜・学校推薦型選抜(当時はAO・推薦入試)の志望校決定時期に当たるとは言え、一般入試の志望校決定時期にはあたりません。
その点、今年の背任事件・脱税容疑については、9月から1月にかけて報道されることになります。これは、一般入試における志望校の最終決定時期にぶつかります。
受験生本人にしろ、保護者にしろ、志望校をどうしようか考える時期に洪水のごとく日大のネガティブなニュースに接するわけです。
以上、3点から日大の一般入試志願者動向は相当な悪影響が出るもの、と予想します。
◆スキャンダルは大規模校ほど影響なしの法則もあるが
大学にとってのスキャンダル・不祥事が一般入試の志願者動向にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
過去の事例を見ていくと、大規模校ほど、影響は軽微、との傾向が出ています。
具体例を挙げると、スーパーフリー事件(2003年)で主犯格が所属していた早稲田大学が挙げられます。
2004年入試では志願倍率が5.5倍と前年の6.2倍から落ちました。が、逆に言えばその程度で済んだ、とも言えます。
一方、小規模校であれば、影響は大きく、東大阪大の学生が関与した集団暴行殺人事件(2006年)では、学部名称(こども学部)も災いして、その後、長く低倍率に苦しむことになります。
日大の場合、アメフト騒動の翌年、2019年入試では1.5万人の減少、志願倍率は3.7倍から3.3倍となりました。
細かく見ていくと、日大の中でも規模の小さい学部や地方キャンパスの学部は影響が大きかったようです。
2018年~2021年の一般志願倍率
国際関係学部(静岡県三島市)3.1→2.5→2.4→2.1
工学部(福島県)1.5→1.3→1.6→1.7
危機管理学部 3.9→3.2→3.4→2.5
スポーツ科学部 4.2→3.0→2.6→1.7
※『蛍雪時代臨時増刊 全国大学内容案内号』各年度版の数値を抜粋
国際関係学部は他大学で国際系学部が設立が相次ぐ中、三島という立地がマイナス要素です。
工学部も、類似学部に理工学部と生産工学部があり、乱立する中で福島という立地がマイナス要素。2021年入試では1.7倍と全入に近い状態を示す2倍未満が続いています。
危機管理学部とスポーツ科学部は2016年の設立で、世田谷区三軒茶屋という立地のいい場所にキャンパスがあります。しかし、スポーツ科学部はアメフト騒動以降にパワハラ体質が敬遠され、倍率が2018年の4.2倍から2021年1.7倍と急落しています。
危機管理学部はアメフト騒動で「大学の危機管理が全然できていないのに危機管理学部とは」と揶揄され、人気が落ちてしまいました。
日大の中でも、この4学部は不祥事の影響が他学部以上に大きい、と言っていいでしょう。
◆日大の再生シナリオは?~学部改称からウルトラCの学部譲渡も
では、この不祥事で苦しむ日大再生のシナリオはどのようなものが考えられるでしょうか。
手っ取り早く、かつ、実現性の高いところでは、学部改称が考えられます。
特に、危機管理学部は今後も揶揄され続けるでしょう。
同学部は本来なら警察官、消防官、自衛官などを目指す公務員養成の学部として優れた教育を展開しています。さらに、民間企業における危機管理のエキスパートを養成しようともしています。
ただ、アメフト騒動、そして今年の背任事件・脱税容疑と不祥事が続き、そのたびに「危機管理学部があるのに危機管理ができていない」と揶揄される存在となっています。
志願者を集めるためにも、公共学部、公共管理学部などへの名称変更が妥当でしょう。
実現可能性という点では30~50%程度と落ちますが、将来的な学部新設も候補となります。
具体的には、国際教養系学部、心理系学部、情報・データサイエンス系学部などが有力です。特に情報・データサイエンス系学部は就職需要が今後数十年は続くほど、人手不足です。そのため、他大学でも設置が相次ぎ、2022年には近畿大学などが新設します。
日大でも理工学部や文理学部に関連学科があるため、再編すれば十分、設立が可能です。
そして、ウルトラCの打開策として考えられるのが、学部譲渡(売却)です。
他大学であれば、一部学部を売却しても、キャンパスを別に用意する必要があり、ハードルは高いものがあります。
その点、日大は学部がキャンパスごとに独立している、総合大学ながら単科大学の連合体でもあります。仮にですが、学部を他大学に譲渡(売却)する場合、キャンパスもついてくるわけで、他大学よりも譲渡(売却)のハードルは低いと言えるでしょう。
売却候補となるのは、経済学部、商学部、生産工学部、松戸歯学部、スポーツ科学部、危機管理学部などです。
学部系統として重複しているのが経済学部と商学部、理工学部と生産工学部と工学部、歯学部と松戸歯学部です。
この中だと、看板学部である理工学部は手放さないでしょう。それから工学部は福島県にあり、買収する側からすれば立地が悪いので、こちらも候補から脱落。
経済学部と商学部はどちらも伝統学部で、間違いなく、OB組織を巻き込んで反対論が噴出するでしょう。
他大学でも、大学全部ないし一部学部の譲渡・売却はOB会の反対論で頓挫するケースが多くあります。私も経済学部などが譲渡される可能性は1%未満と見ています。
その点、スポーツ科学部と危機管理学部についてはどうでしょうか。この2学部は三軒茶屋キャンパス(東京都世田谷区)にあり、立地の良さでは文句のつけようがありません。
しかも、設立は2016年で、卒業生は2021年現在、まだ2期のみ。反対論は他学部よりもはるかに小さいでしょう。
こちらの実現可能性は5%程度で他学部(1%未満)よりも話としてはあり得ます。
いずれにせよ、日大が再生するためには、田中カラーの一掃も含め、やるべきことが多く前途は多難です。