総裁選討論会で奨学金問題に小泉候補が的外れ回答~9候補の回答詳細と評価
◆総裁選討論会で奨学金問題が登場
2024年9月16日、金沢で自民党総裁選の候補者9人による討論会が開催されました。この討論会で小泉進次郎候補が「大学に行くのが全てじゃない」と発言し、炎上してしまいました。
SNSでは「無理して大学行くな。求められているところはいっぱいある。例えば田舎の旅館の従業員とかになればいい」と歪曲されており、これは誤りです。
この討論会での奨学金問題・教育に対する候補の回答は具体的なものもあれば、論点ズレのもの、あるいは官僚的答弁のものもありました。
そこで、本稿では、該当部分を全て文字起こししたうえで、候補の回答について、アピール力・具体性について評価しました。
なお、筆者は自民党員ではなく(投票傾向は無党派でやや野党寄り)、特定の候補を利する、または批判することを目的としていません。
あくまでも、教育関連の本・記事を書いて22年の専門家として、候補の回答が奨学金や教育問題の実情に合っているかどうかを評価するものです。
※以下、質問と回答についての見出しの下の数字は、討論会の回答の時間を示します。
◆会場からの質問詳細「奨学金について、40歳まで返済が続く中で不安」
1:43:50
鈴木貴子青年局長:それでは一般質問の最後、学生部からの質問です。京都府連学生部長のカトウタイチさん、元気よくお願いします。
カトウ:はい、私たちにとって、切実な問題である奨学金についてお聞きします。友人と話していると40歳まで返済が続く中で本当に結婚や子育てができるのか、という不安な声がよく上がります。教育は国づくりの根幹だと思います。そこで奨学金なども含めた教育への投資についてご質問させていただきます。
鈴木:はい、ありがとうございました。質問は奨学金、そしてまた教育について、ということでありました。今回の回答は届け出3番の林芳正候補から逆順にお願いします。林候補、よろしくお願いします。
◆林芳正候補の回答「負担感に応じて負担が減っていくような仕組み、進めたい」
1:44:33
林芳正候補:はい、ありがとうございます。文科大臣のときに一部スタートしました返さなくていい奨学金、増えています。財務省に掛け合ってですね、これ、どんどん増やしていきたいと思います。ただ、返せる人にはやっぱり返してもらいたいという気持ちはあります。余裕のある人、収入が多い人、これやっぱり国の財政も大事ですから返してもらいたいと思いますが、やっぱり負担感に応じて負担が減っていくような仕組み、さらに進めていきたいと思っています。
◆小林鷹之候補の回答「民間企業からの奨学金支援に税控除などを拡充」
1:45:08
鈴木:はい、ありがとうございました。続きまして小林鷹之候補、お願いします。
小林鷹之候補:はい、まず奨学金については民間企業からの奨学金支援、これについて税額控除などを抜本的に拡充していくべきだと思うのと、あと国費の、完全国費の留学制度を私は設けるべきだと思っています。やや広く、教育全体の投資という意味で言うと、この教育の無償化の範囲の拡大と教育の質の向上が私は必要だと思っていて。無償化範囲の拡大と言うのは、やはり経済的に厳しい家庭と多子世帯に対してはやはりこの範囲を私は大幅に拡充していくべきだと思っています。一方で質の確保、特に公教育の再生も重要だと思っていまして、その限られた財源を例えば教職員の処遇の改善ですとか、あるいは学校施設の整備、洋式のトイレ化ですとか、体育館にエアコン入れるとか、まだまだやるべきことがありますので、そうしたことも含めて教育の財源と言うものを効果的に使っていきたいと考えています。
◆高市早苗候補の回答「返せなくなった場合に返済しなくてもいい奨学金に」
1:46:10
鈴木:ありがとうございます。続きまして、高市早苗候補、お願いいたします。
高市早苗候補:はい、本当にお仕事を始めてからもですね、その所得が変動する場合がありますから。自分は返せると思っていても返せなくなった場合、事情が変わった場合に返済しなくてもいい奨学金に切り替えられる、こういうシステムが一案だと思っております。返せる方にはしっかり返していただくというのは基本でございます。また、小林候補もおっしゃいましたけれども、民間企業による支援、これも非常に重要だと思っております。でまあ、私はやっぱり質の高い教育をする、特に製造業から言われているのは、もうちょっと大学などでも最新の設備を使った教育をしといてくれないといい人材が来ない。それで今年は何とか、運営費交付金ですとか、技術開発に使える予算を増やしたところで、来年に向けてですね、増やすべく骨太の方針の段階でかなり積極的な発言をいたしました。頑張ってまいります。
◆茂木敏充候補の回答「ヘックス(出世払い制度)を導入したい」
1:47:17
鈴木:はい、ありがとうございました。続きまして茂木敏充候補、お願いいたします。
茂木敏充候補:はい、私、2017年にですね、担当大臣として幼児教育の無償化、それから高等教育のですね、支援拡充、やってきましたが、その一方でですね、ご質問にも関連するのですが、一つやり残したことがあります。それは新しい奨学金制度、いわゆるヘックスを作っていくというのはやり残しになっています。ヘックスという制度、オーストラリアで導入されてもう定着しているのですけれど、大学を卒業して就職をしてもですね、オーストラリアドルで5万5000ドルを超えるまでにならないと返済義務が発生しないのですよ。日本円で言いますと500万円ぐらいですから。500万円を超えなければまだ発生しないということで就職してすぐにですね、返す必要がないということでこれが不安の解消につながっていく。この制度はしっかりと導入することによってですね、返せるようになったら返せるという形にしていきたいと思います。
◆石破茂候補の回答「親ガチャって言葉が一番嫌い、早急な改善を」
1:48:23
鈴木:はい、続きまして石破茂候補、お願いいたします。
石破茂候補:これは割り切りの問題でしてね。私、親ガチャって言葉が一番嫌いなんです。親がね、そういう経済力に余裕がないと、だから教育を受けられないと。そうすると格差の拡大再生産になるんですね。教育を受ける機会って1回しかないので、これはもう早急に改善しなければダメです。で、そうすると、お金持ちの家でもそうなんかいという話になるのだけれども、そういうこと言っているといつまで経ってもできないのでね。要はこう国民の税金で学校出たとするならば、それにふさわしい仕事して、それにふさわしい勉強してということだと思う。私は私立大学出ているのだけれども、大学出るときに親に手をついて「ありがとうございました」って言った覚えがあります。やっぱり国民のお金で教育を受けるとすればそれは一生懸命やりましょう、そしてそれを活かす仕事をするってことはやっぱり大事で。これは割り切りの問題だと思っています。可能な限り無償化したいと思っています。
◆河野太郎候補の回答「出世払い制度に賛成、本人負担主義に」
1:49:30
鈴木:はい、ありがとうございました。続きまして河野太郎候補、よろしくお願いします。
河野太郎候補:はい、私もこの出世払いの奨学金制度を導入して少しずつ広げていくべきだと思います。今、マイナンバー制度がありますから、この一定の所得を超えたら源泉で徴収することができるようになっていますので、これは全然、事務的にも難しいことではありません。石破さんがおっしゃったように、この親の経済格差が子どもに移ってはいかん、ということで大学のこの授業料、親負担主義なんですね、日本は。これをなるべく本人負担主義にして出世払いの奨学金を広げていって、大学の分は自分で稼いで返します、と。ただし、一定の収入が行ったとき、残念ながら返さないときには最後は国が負担をする、そういうことにして徐々に広げていきたいという風に思います。
◆加藤勝信候補の回答「地方の大学をできるだけ安く」
1:50:33
鈴木:はい、ありがとうございます。続きまして加藤勝信候補、お願いいたします。
加藤勝信候補:はい、先ほどからありますように親の経済の状況によって進学できたり、あるいは、実際に社会に出たときに奨学金の負担、返済の負担を背負いながら子育てをしなきゃいけない。一方でそういう負担がなくやっていける、これはやっぱりフェアではない、と私は思います。ですからそこをどう埋めていくのか、手法では先ほど申し上げたように例えば、特に地方の大学に行く方を優先すると、地方にできるだけ行ってもらうという政策も入れながら奨学金の返済の免除をしていく。それから地方の大学をできるだけ安くしていく、そういった工夫をすることでですね、皆さんがそれぞれの地域において勉強していただく。ただ問題はタダにしたときに勉強するのかって、さっき話がありましたから、しっかり勉強してもらう仕組みは作っておかなきゃならない、という風に思います。
◆上川陽子候補の回答「キャリア設計の中で奨学金が足かせになるのは課題、問題がある」
1:51:30
鈴木:はい、ありがとうございます。続きまして、上川陽子候補、お願いいたします。
上川陽子候補:一人一人がご自分の人生の設計や、また、キャリアの設計をしていくと、こういう中におきまして奨学金がその足かせになっていくということについては私は課題、問題がある、という風に思います。返せる時期が来たらしっかりと返していく、そうしたことでご自分の夢が実現できるような、この今という現実、今というところだけ見るのではなく将来に向けてその方が活躍できるときに、障害にならないような返済のあり方、ということについてしっかりと改革していきたいと思っております。
◆小泉進次郎候補の回答「大学行くのがすべてじゃない、教育の多様化を」
1:52:11
鈴木:はい、ありがとうございました。最後に小泉進次郎候補、お願いいたします。
小泉進次郎候補:はい。最後になると大体、みんな政策を言い終わっているのですけど、私は小林さんが言った完全国費の留学制度、これ賛成です。やはり今、円安も進んでいて以前よりも海外留学のハードルがものすごく高いです。そこに対して石破さんが言ったように家庭の状況によって、本当は海外に学びたい、この思いが叶わないということをやはり回避しなきゃいけない、そういったことをやっていきたいと思います。奨学金だけではなくて私は教育の在り方を変えたい、と言ったのは大学行くのが全てじゃないです。これからの時代、求められているところはいっぱいあります。今日も和倉温泉、加賀温泉、その旅館やホテルの関係者と意見交換しました。農業者とも交換しました。今、日本食の料理人さんの数が足りなくて困っています。旅館とか。そして、そういった手に職をつければ、大学を出てからの所得と遜色なく稼げるようなキャリアが今は作れます。この教育の多様化、そして高専の強化、こういったことも抜本改革でやっていきたいと思います。
以下、筆者による評価
アピール力:質問に対する回答が的を得ているか、訴えかけるフレーズがあったかどうか、などを評価
具体性:奨学金・教育問題の回答について、実現性・具体性があるかどうかを評価
◆林芳正候補の評価「文科相経験者・トップバッターの割に微妙」
【アピール力:B~C 具体性:B】
トップバッターは文科相経験者の林候補。修学支援制度に関わったことに触れるのは文科相経験者である候補の強みです。ただ、どうせなら、岸田内閣の官房長官として「こども未来戦略加速化プラン」にもかかわったことを出しても良かったのではないでしょうか。
それと、奨学金関連の質問を受けてトップバッターという強みがありながら「返せる人には返していただきたい」は微妙なところ。質問者が「友人と話していると40歳まで返済が続く中で本当に結婚や子育てができるのか、という不安な声がよく上がります」と聞いているのに、「返せる人は返して」だと、不安感の解消につながらないのではないでしょうか。
文科相経験者として、話せるネタは色々ある方の回答としては物足りない内容です。そこでアピール力はB~C評価としました。
「負担感に応じて負担が減っていくような仕組み、さらに進めていきたいと思っています」との回答は具体性としては十分なのでB評価としました。
◆小林鷹之候補「具体的で高評価も盛り込み過ぎと説明不足も」
【アピール力:A~B 具体性:A】
教育の専門家としては、
「奨学金については民間企業からの奨学金支援、これについて税額控除などを抜本的に拡充していくべきだと思う」
このネタ(奨学金返済支援制度)をトップにもって来たことを高く評価したいところです。
奨学金返済支援制度は民間企業が残高のある社員に対して返済額の一部を代理で返済していく、という制度です。
学生からすれば企業選びの際に、奨学金の返済が企業が支援する分だけ減るので、「不安感がある」との質問者に対する回答になっています。
この制度は2021年から代理返還制度が始まり、社員に支援額を振り込むのではなく、日本学生支援機構に直接振り込む形になりました。代理返還制度によって社員は所得税などが変わらない、企業は損金として計上できる、というメリットがあります。すでに1700社が導入しており、今後も導入企業は増える見込みです。この奨学金返済制度をさらに税額控除額を増やすのであれば、これは企業としてもメリットがあり、しかも現実的な政策と言えます。他の政策(教員の処遇改善、トイレの洋式化など)についても、かなり具体的であるため、具体性についてはA評価としました。
アピール力についてもA評価、いやS評価としたかったのですが、A~B評価に。
奨学金返済支援制度の税額控除が今の学生にどう関わりがあるのか、もうちょっと説明してほしかったところです。さらに言えば、この制度の税額控除拡大によって企業経営者や人事担当者にとっても強力な追い風になることを説明すれば、態度未定の票獲得につながったのではないでしょうか。
国費留学生を含め、教育全般で色々話そうとした結果、奨学金問題が薄くなってしまったのは、ちょっともったいなかった、と思います。
◆高市早苗候補「返済しなくてもいい奨学金切り替えの回答が微妙」
【アピール力:C 具体性:B~C】
3番手は高市早苗候補。9人いる中での3番手なので有利な方であり、奨学金の返済が厳しい場合の切り替え制度について言及。そのうえで教育問題についても回答しています。
林候補と同じで、実績が色々あるはずなのに、あまりアピールできていません。
それと、「事情が変わった場合に返済しなくてもいい奨学金に切り替えられる、こういうシステムが一案」との発言ですが、これは結構、見方が変わります。
現在の奨学金でも、返済期限猶予(返済を待ってもらう制度/最長10年/給与所得者300万円以下)、減額返還(月返済額を減額する制度/最長15年/給与所得者325万円以下)などの救済制度があります。
この救済制度を知らずに発言したのか、それとも、こうした救済制度があることを分かったうえで新たなシステムを作るという趣旨なのか、どちらかで評価は相当、分かれます。
前者であれば、奨学金問題について不勉強だった、と言わざるを得ません。後者であれば、奨学金返済に苦しむ社会人や不安感を持つ学生にとっては相当な朗報です。
ただ、現在の救済制度とは別にどのような制度設計をするのか、具体性については疑問に思います。茂木候補の回答にあるヘックス(出世払い制度)であれば具体性はありますが、それならば、3番手である強みを活かして先に話せば、もっとアピールできたのではないでしょうか。
◆茂木敏充候補「出世払い制度を出した点が高評価」
【アピール力:A 具体性:A】
4番手は茂木敏充候補。現職の幹事長、かつ、大臣や政調会長を歴任した重量級の政治家です。
高等教育無償化に関わった大臣経験(人づくり革命担当大臣/2017年~2018年)を出しつつ、そのときにできなかった政策である、ヘックス(出世払い制度)を持ってきたのはさすがです。
出世払い制度であれば、学生が社会人になってからすぐ返済する必要はありません。もちろん、一定年収(茂木候補によれば年収500万円)を超えないようにする社会人が出る懸念や、制度切り替えの際の財源などの問題はあります。
しかし、質問者の不安感について解消する、というアピールや具体性、という点では一番ではないか、と考えて、どちらもA評価としました。
私の見立てでは、この奨学金問題は奨学金返済支援制度を導入した税額控除の拡大、それとヘックス(出世払い制度)の両方を導入することによって改善が期待できます。
◆石破茂候補「『国民の税金ならふさわしい仕事を』に疑問符」
【アピール力:C 具体性:B~C】
5番手は石破茂候補。元幹事長であり、総裁選は今回が5度目。地方票では強く、2012年の総裁選ではトップでした。今回の総裁選でも決選投票に残る、と見られている有力候補です。
ただ、この奨学金・教育問題に対する回答は微妙なところです。後述する小泉候補のゼロ回答や、河野候補の「本人負担主義」がSNSでは炎上しており、あまり目立った形にはなっていません。
まず、冒頭とラストで「割り切りの問題」と話していますが、何をどう、割り切るのか、いまいち、理解できませんでした。
「私、親ガチャって言葉が一番嫌いなんです」とのコメントは各ニュースでも結構、使われていました。この点はうまく、アピールできた、と言えるでしょう。
「もう早急に改善しなければダメです」「可能な限り無償化したい」も具体性はあまりないのですが、質問者に対する回答にはなっています。
一方、中盤の「国民の税金で学校出たとするならば、それにふさわしい仕事して、それにふさわしい勉強してということだと思う」。これは、微妙な発言です。この発言、給料が発生する防衛大学校(自衛官幹部候補を養成)などであれば、まだ理解できます。しかし、単なる国立大学であれば、「ふさわしい仕事」を無理に規定しなくても、と思うのは私だけではないはずです。
石破候補の「大学出るときに親に手をついて『ありがとうございました』って言った覚えがあります」というエピソードも、討論会で出すほどではない印象です。回答は短時間しかないわけで、このエピソードを出すくらいなら、もっと教育の改善策を出しても良かったのではないでしょうか。「可能な限り無償化したい」などのアピール、それと河野候補・小泉候補のひどい回答に埋もれた形にはなっています。客観的には、もっと色々話せる方、と見ていたので残念でした。
◆河野太郎候補「本人負担主義のキーワードが下手」
【アピール力:D~E 具体性:B】
6番手は河野太郎候補。9人も候補がいるので段々と話すネタがなくなってくるのか、まず、茂木候補の出したヘックス(出世払い制度)について賛成を示します。
「今、マイナンバー制度がありますから事務的にも難しいことではありません」と話すのは、さすが現職のデジタル大臣ならではでしょう。
「返せないときは国が負担」は、高市候補よりは踏み込んだ発言、と言えます。その点で具体性については、高市候補より上のB評価としました。
ただ、現状を親負担主義としたうえで、「なるべく本人負担主義にして出世払いの奨学金を広げていって、大学の分は自分で稼いで返します、と」。これはアピールという点では低評価です。SNSでも「本人負担主義」のキーワードを捉えて否定的な論調が中心となっています。
全体を通して読むと、出世払い制度の導入と合わせて、とのことなので趣旨は理解できます。それでも、誤解を招きやすい「本人負担主義」のキーワードをわざわざ出さなくても、もっとアピールはできたはずです。
それができなかった、という点でアピール力についてはD~E評価としました。
この記事が元でブロックされないことを願います。
◆加藤勝信候補「地方大学の優遇策、本当にできる?」
【アピール力:C~D 具体性:C】
7番手は加藤勝信候補。
終盤となって話すネタがなくなってくるわけですが、加藤候補は地方の大学進学支援を打ち出しました。
「地方にできるだけ行ってもらうという政策も入れながら奨学金の返済の免除をしていく。それから地方の大学をできるだけ安くしていく、そういった工夫をする」
という部分ですね。
7番手としては新味のある話ではあります。
これは都市部の大学関係者からすれば絶対に容認できない政策でしょう。もちろん、政治判断だから、と地方大学進学の優遇策を進めることは不可能ではありません。
ただ、学生数から考えると、首都圏や関西圏、愛知県の12県だけで6割以上を占めます。いくら地方大学の優遇策を出しても、多くの学生からすれば無関係の話になってしまいます。付言すれば、奨学金関連の質問をした学生部長も京都府連所属なので、加藤候補が打ち出した地方大学優遇策の恩恵は受けられません。もう少し別の教育振興策を出した方がよかったのではないでしょうか。
それと、7番手で話題が尽きる中、わざわざ「問題はタダにしたときに勉強するのかって、さっき話がありましたから、しっかり勉強してもらう仕組みは作っておかなきゃならない」は不要でしょう。
このアピールにはならない、聞き手によっては単なるお説教にしか聞こえないネタはトップバッターの林候補が触れているので、無理に繰り返す必要はなかったはずです。その点で、アピール力をC~Dと低い評価にしました。
◆上川陽子候補「堅実な回答も具体策なし」
【アピール力:C~D 具体性:D】
8番手は上川陽子候補。法相時代に旧オウム真理教の死刑囚に対して刑執行をするなど、胆力ある方です。岸田内閣で外相に就任し、総理候補として浮上、今回の出馬となりました。
実務に長けた政治家なので、この回答でつまづいたわけではありません。
「障害にならないような返済のあり方、ということについてしっかりと改革していきたい」はその通りですし、堅実な回答ではあります。
ただ、悪く言えば、官僚の紋切り型答弁と同じで、具体的な話や教育行政についてのアピールでもありません。
この上川候補が教育行政に詳しくない、とすれば、この回答はうまく守備できた、とも言えます。
それでも、もう少し関心を持ってほしかった、という思いもあり、評価は低い点としました。
◆小泉進次郎候補「『大学行くのが全てじゃない』で低評価に」
【アピール力:E 具体性:D~E】
最後が小泉進次郎候補です。
総裁選序盤では、最有力候補とされていましたが、その後の討論会やニュース番組での回答が不安定すぎる、として不安視されています。
この討論会でも、奨学金関連の質問でつまづいてしまいました。
9人も候補がいる中での最終回答者ですから、他候補の話と重複してしまうのは避けられません。
小林候補が出した海外留学の振興策や石破候補が出した家庭格差に触れたのは「他候補の真似をするだけ」との批判には当たらない、と私は考えます。
ただ、質問が奨学金と教育の投資についてなのですから、まずは奨学金について出した方がより適切でした。
そして、教育の在り方として「大学行くのが全てじゃない」と話してしまった点です。これは回答としては不十分、というよりも、論点のずれた内容でわざわざ話す必要はありませんでした。
「今、日本食の料理人さんの数が足りなくて困っています。旅館とか。そして、そういった手に職をつければ、大学を出てからの所得と遜色なく稼げるようなキャリアが今は作れます」
これはその通りです。私の肩書は大学ジャーナリストで、大学進学はできるならした方がいい、と考えています。ただ、大学進学が全てではないですし、高校での進路講演では短大・専門学校進学や高卒就職について解説することもよくあります。
高卒ないし短大・専門学校卒でも、大卒とそん色ない待遇を得られる人がいるにも事実です。
ただ、奨学金関連の質問で「大学進学が全てではない」との回答は、聞き手によっては「無理に大学進学をするなということか」と感じてもおかしくはないでしょう。
それと、日本食の料理人でも高卒ではなく大卒で就職する事例も増えています。
9月15日公開の「寿司の名店『銀座久兵衛』に新卒で就職、TOEIC900点の英語力で世界のVIPをもてなした寿司職人が独立 『神田錦町 鮨 たか晴』店主が店を構えるまで」(おとなの週末)では、大卒で寿司の名店「銀座久兵衛」に就職した寿司職人についてまとめています。
それと、高卒で料理人になった場合でも、外国人観光客に対応するため、英語を学びなおす方が増えています。
教育の多様化を主張するのであれば、大学進学者・大卒者とは別に料理人など専門職の学びなおしの支援を打ち出せば、炎上することはなかったでしょう。
小泉候補のアピールは論点がずれており、奨学金問題について解決策を示しているわけではありません。そのため、アピール力についてはE評価、具体性についてはD~E評価としました。
◆1位茂木候補、2位小林候補に
結果は次の通り。
1位:茂木候補(アピール力A、具体性A)
2位:小林候補(アピール力A~B、具体性B)
3位:林候補(アピール力B~C、具体性B)
4位:石破候補(アピール力C、具体性B~C)
4位:高市候補(アピール力C、具体性B~C)
6位:加藤候補(アピール力C~D、具体性C)
7位:上川候補(アピール力C~D、具体性C)
8位:河野候補(アピール力D~E、具体性B)
9位:小泉候補(アピール力E、具体性D~E)
1位はヘックス(出世払い制度)をフルに話した茂木候補、2位は奨学金返済支援制度や国費留学制度などをまんべんなく話した小林候補となりました。
有力候補とされる小泉候補が9位、石破候補と高市候補は4位タイとうまくアピールできていません。
総裁候補は内政、外交・防衛ともに広範な知識が求められます。当然ながら、過去のポストや関心によって、回答内容は変わってきます。
奨学金問題は数ある内政問題のテーマの一つであり、しかも討論会では1分程度しか回答できません。それでも、候補によって差が出ることは発見でした。
教育の専門家としては、この総裁選を機に奨学金問題や教育がより良い方向に向かうことを願います。