監督作品は決して多くはないが、全作で脚本と監督を自ら手がけ、社会をシニカルにえぐる人間ドラマをオリジナル脚本で描く作家性が世界で高い評価を受ける映像作家の西川美和監督。最新作『すばらしき世界』（2月11日公開）では、初めて原作小説の映画化に挑み、3年をかけて脚本を完成させた。そんな本作で西川監督が伝えようとしているのは、他者に対して攻撃的であり、懲罰感情が高まる不寛容な現代社会へのメッセージだ。

■元服役者をテーマにコロナ禍の一般社会にも共通する警鐘を鳴らす

　本作は、直木賞作家・佐木隆三氏のノンフィクション小説『身分帳』に惚れ込んだ西川監督が、長編映画として初めての原作ものに挑んだ意欲作。1979年に発刊された原作の物語を現代に置き換えるにあたって、西川監督が取材を重ねるなかで感じたのが、元服役者が更生しにくい不寛容な社会になっているということ。しかし、映画のなかでは次第に三上に心を開いて親身になる人たちの姿も描かれる。西川監督は本作への思いをこう語る。

「この物語を映画にしようと思い、たくさんの元服役者や彼らを受け入れてきた人、更生の手助けをしている人の話を聞くなかで、いかにやり直しができない社会であるのかを痛感しました。一般の人たちは『手助けしましょう』という風潮よりも、『一回レールを外れた人は戻ってくるな』という懲罰感情のほうが高まっているように感じます」

「そういうなかで、人と人とのつながりや、やり直しを支えてくれる人とのつながりがあってこそ、主人公はトラブルを起こしながらも前を向くことを決して諦めない。改めてそんな原作のストーリーの美しさを感じました。取材のなかでみなさんがおっしゃっていたのは、人とのつながりが助けになっていたこと。それが再犯の抑止力になっているんです。人と人との結束、そのつながりによるサポートを描く映画を作りたいと思いました」

　元服役者の更生をテーマにする本作は、過疎地の医療問題を偽医者を通して描いた『ディア・ドクター』（2009年）、独身女性への結婚詐欺を繰り返す男を取り上げた『夢売るふたり』（2012年）、不倫の最中に妻を事故でなくした夫の人生の修復を描く『永い言い訳』（2016年）といった西川監督の近作と比較すると、一般の人々にとって縁遠く感じるかもしれない。

　しかし、劇中で伝えようとしているのは、懲罰感情が高まる不寛容な社会への警鐘だ。それは、SNSなどネットでは誰もの些細な発信が炎上し、バッシングを受けることが日常になっている現代社会の一面とも重なる。コロナ禍において人とのつながりが希薄になり、心がささくれ立つ人も多いなか、よりリアルでのコミュニケーションやお互いをサポートし合うことが求められる今の世の中にも広く通じるメッセージが込められている。

■映画というメディアを通して光を当てようとする現代社会の壁

　本作の物語は、殺人犯として服役していた主人公・三上（役所広司）が13年の刑期を終え、刑務所を出所するところから始まる。強面の見た目に反して、優しく真っ直ぐすぎて困っている人を放っておけない三上は、一度社会のレールを外れるも何とか再生しようと悪戦苦闘する。そこに若手テレビマンの津乃田（仲野太賀）と吉澤（長澤まさみ）がすり寄り、番組のネタにしようと目論みながら密着を始める。

　更生を誓うも、元ヤクザであり、体に染み付いた暴力性が発露することもある三上の周囲で起こるさまざまな出来事と三上を取り巻く人々とのつながり。それは、普通に生活をする人々のすぐとなりにありながら気づかない、誰もあえて目を向けようとしない社会の一面だ。本作は、再生を目指す元服役者がぶつかる現代社会の壁を、映画というメディアを通して光を当てようとする。

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『すばらしき世界』公式サイト