守備者からチャンスメーカーへ。長野でプロ初ゴールの長江伊吹が見せる進化
【プロ初ゴール】
長野の若きセンターバックが、攻撃的なアタッカーへと変貌を遂げている。
NACK5スタジアム大宮で行われたWEリーグ第18節、大宮戦。長野の勝利を決定づける2点目を決めたのは、DF長江伊吹だった。
降り続いた雨の中で試合終盤、左ウイングバックとしてピッチに立った長江は、84分、DF奥津礼菜のクロスにファーサイドから走り込み、鮮やかな連係でゴールネットを揺らした。
プロ初ゴールの感想を聞くと、長江は真っ白な歯を見せて言った。
「本っ当に嬉しいです! この間の練習で、奥津さんに、『いいボールください! 絶対に決めるから』と話していたんです。フリーだったので緊張しましたけど、決めるだけのクロスでした」
長江は昨年まで、生粋のセンターバックだった。
強みは1対1の守備とヘディング。身長は160cmと、センターバックとしては大柄とは言えない。だが優れた予測力があり、ジャンプが得意で空中戦に強い。
それらの特徴が、今季はサイドアタッカーとして生かされている。
高校時代は全国屈指の強豪・藤枝順心高でキャプテンとして約70人の部員をまとめ、日本一になった。卒業後にはINAC神戸レオネッサに加入し、2年半、プロのハイレベルな環境でスキルを磨き、昨季は初代WEリーグ女王に名を連ねた。
年代別代表にもコンスタントに呼ばれ、2度のワールドカップに出場。コスタリカで行われた昨夏のFIFA U-20女子ワールドカップではキャプテンとして、チームを準優勝に導いた。同大会では自分よりも一回り大きな海外のストライカーたちと対峙し、守備者としての経験を積んだ。
だが、代表選手の多いINAC神戸では、2シーズンでほとんど出場機会を得られなかった。そんな時に、長野からのオファーが届いた。
「試合経験を積んで成長して、選手としての価値を高めたい」
その思いで移籍を決断した。しかし今季、試合で起用されるポジションはサイドハーフやウイングバックが多く、途中出場で時間は限られ、ベンチからチームの敗戦を見届けることもあった。
フォワードやボランチがサイドバックなどにコンバートされる例は少なくないが、センターバックからサイドハーフへのコンバートは珍しい。
長江は試合に出られない悔しさや、本職のセンターバックでプレーできないことへの複雑な思いも抱えながら奮闘してきたのだと想像していた。
だが、その予想は的を外れていた。
長江はピッチに立つ時間が少ない理由や、新たなポジションでのチャレンジに対しても自分なりの「答え」を出していた。
「(出場時間が少なくて)もちろん悔しさもありますけど、守備の戦術理解がまだ足りていないし、コーチングでも自分から積極的に発信することができていないので、仕方がない部分もあると思います。だからこそ味方に使われる方がやりやすいと感じる部分もあるし、何よりウイングのポジションでプレーするのがすごく楽しいんです。練習でも点を何度か決めたし、走っているところにボールがくることが多いので、自分はこういうプレーが得意なのかな、と思うようになりました」
田代久美子監督は、長江のプレーについて大宮戦後にこう評価している。
「センターバックというポジションで加入してもらい、その守備力もそうですが、彼女のゴール前に入っていく力にすごく期待しています。今日はウイングバックのポジションを彼女に託しましたが、狙いとしていた形が得点につながってとても良かったです」
ゴール後、仲間に祝福された時に見せた力強いガッズポーズと弾けるような笑顔は印象的だった。
「点を取る喜びを今日、改めて知りました。もっとサイドでチャレンジして、どんどん点を決めたいです」
【10代で磨いたメンタリティとコミュニケーション力】
今年21歳になった長江は、コミュニケーション力の高さや、サッカーを言語化する力においては同世代でもトップクラスだろう。それは、10代の頃からさまざまな場面でリーダーを任されてきたことと無関係ではなさそうだ。サッカーを始めてからではなく、小学生の頃から学級代表やクラスのリーダー役を任されていたという。
自分の考えや主張を遠慮することなくぶつけ合える組織は強い。だが、強い個性をまとめるのは簡単ではない。リーダーは実力がなければ周りが納得しないし、人間性も重要なことは言うまでもない。
以前、リーダーシップについて話を聞いたとき、長江はこう話していた。
「高校時代は県大会や東海大会で優勝するのが当たり前のチームで、それぞれ個性も立場も違う中でチームを一つにするのは難しかったです。本当に個々が強い学年だったので喧嘩も多々あったし、チームの雰囲気が悪くなることもありましたよ。でも、『勝つためにどれだけ質のいい喧嘩ができるか』を大切にしていました。ただふて腐れたり文句を言うのではなくて、『ここをこうしたらいいんじゃないか』とか、『自分はここができなかったからこうしてほしい』という言い合いは必要だと思ったので、喧嘩していても止めずに、どうやったら自分たちで解決できるかを考えるようにしました。それと、試合に出ていない選手とはよくコミュニケーションを取ることを大切にしていました」
昨夏のU-20女子ワールドカップでは、4学年の選手が揃ったチームで一人ひとりの声に丁寧に耳を傾け、世代間やチームスタッフとの繋ぎ役もこなした。ぐいぐい引っ張っていくタイプというよりは、周りの力をうまく引き出しながら一つにしていく「縁の下の力持ち」タイプ。そんなキャプテンを支えたいという思いも、チームが勝ち上がる原動力になっていたように思う。
長江は、その堅実な努力と朗らかな笑顔でチームを支え、信頼を得てきたのだろう。
U-20ワールドカップを共に戦ったMF藤野あおば(東京NB)やDF石川璃音(浦和)、FW浜野まいか(ハンマルビーIF)らがなでしこジャパンの候補入りをして活躍していることにどんな刺激を受けているか聞いてみると、嬉しそうな表情でこう答えた。
「自分がキャプテンとして戦ったU-20代表の選手たちがなでしこジャパンに加わるのは素直に嬉しいし、すごく誇らしいです。いつか、また一緒に代表でプレーできるように頑張ります」
守る者から、ゴールを奪う者へ。熱いチームスピリットと共に、背番号4は進化を遂げていく。
*表記のない写真は筆者撮影