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総選挙の争点は何か

竹中治堅政策研究大学院大学教授

総選挙の争点は何か

昨日11月16日に衆議院は解散された。12月16日に総選挙が行われる。

総選挙の争点は何か。

さまざまの論点が考えられる。新たな政権選択、「決められない政治」とも批判される現在の政治のあり方、今後の経済政策、例えば、東日本大震災からの復興政策、原子力発電を含めたエネルギー政策、TPPへの参加などももちろん大事な争点となろう。そうした中、最も重要な争点の一つは民主党政権の実績に対する評価であろう。つまり、我々国民は民主党が実現したこと、実現できなかったことに対する判断を問われている。また実績には政権運営方法そのものも含まれるべきである。

本稿では民主党政権の実績について内政に焦点をあてて議論する。具体的には、消費増税を柱とする「税と社会保障の一体改革」、子ども手当に象徴される分配政策、経済成長政策、そして、違憲状態で解散に踏み切ったことそのものを取り上げる。東日本大震災からの復興政策、原発事故への対応、そして政権運営方法そのものも評価対象とすべきであるが、字数の関係で議論しない。

マニフェストの位置づけ

民主党政権の実績を評価する際には必ずと言っていいほど問題となるのが民主党のマニフェストである。一部には民主党がマニフェストで示した公約の多くを実現できなかったことを厳しく批判する声がある。マニフェストに盛り込まれていない政策が実現されたことが責められることもあった。消費増税法案が成立する過程で、民主党が消費増税をマニフェストに掲げていなかったことが再三問題視された。

筆者はこのようには考えない。マニフェストで訴えた政策が実現されなかったことや謡われていない政策が立案されたからといってそのこと自体が直ちに批判されるべきではない。三つの理由がある。第一に、マニフェストはむしろ実現目標であり、政権獲得後、実現困難であることが判明するものもあると考えるのが自然である。

第二に、もともとマニフェストの実現には二院制の制約がかかっていた。民主党は衆議院では単独過半数を獲得した。しかし、参議院で過半数議席を欠いており、国民新党や社民党と連立を組む必要があった。一般論として連立を組めば、他の連立与党の意見も取り入れる必要があり、与党第一党の政策の実現が困難になる場合も出てくる。さらにマニフェストの実現が困難になったのは「ねじれ」国会のためである。2010年参議院選挙で民主党は敗北し、参議院で与党は過半数議席を確保できなかった。このため、菅内閣や野田内閣は自民党や公明党の同意なしには法案を成立させることが実現できないことになった。例えば、民主党が子ども手当をマニフェスト通りできなかったのは「ねじれ」国会のためである。 

第三に民主党に限らず、政権獲得後、経済や社会の状況は刻々と変わるということである。政権が情勢の変化に応じて必要な政策を立案するのは自然であり、中にはマニフェストに盛り込まれていないものがあることも当然考えられる。

「税と社会保障の一体改革」と消費増税

民主党政権の実績についてまず解散の直接のきっかけとなった「税と社会保障の一体改革」から議論を始めよう。何と言っても一体改革の最大の柱は消費税の増税である。消費税率は2014年4月から8%に、2015年10月から10%に引き上げられる。また、一体改革の一部として、年金の支給額を2015年4月までに2.5%減額することも実現した。これにより過去の物価下落時に特例で据え置いた年金支給額が本来の水準に戻ることになる。

消費税増税に対しては政策が立案される過程から批判論が強かった。しかしながら、財政の現状を考えると増税はやむを得ない。二つの理由がある。第一に日本は先進国の中でも最悪の累積財政赤字を抱えていること。第二に今年度予算でも実質的には歳出の半額以上を借金=国債によってまかなっていること。

なお、この政策を民主党だけの実績とするのは難しい。なぜならば、消費増税は野党の自民党がそもそも唱えていた政策だからである。自民党は2010年の参議院選挙で消費税を10%に引き上げることを公約として掲げていた。また、公明党も一体改革には賛成した。

分配政策

次に触れなくてはならないのは民主党政権が取り組んだ一連の分配政策である。民主党は2009年総選挙で「コンクリートから人」という訴えを掲げた。この言葉に違わず、民主党政権は公共事業を大幅に削減した。例えば、国土交通省の場合、2009年度予算では公共事業予算は5兆7324億円であった。これに大胆に減らし、2012年度予算では東日本大震災からの復興費用を含めても4兆3821億円となっている。

民主党政権が代わりに重視したのが、国民に対し、直接資金を分配することである。この政策は自民党などからは「ばらまき」と批判されることになった。主な分配政策は農業戸別補償、高校無償化、高速道路無料化、子ども手当であった。

まず農業戸別補償から始めよう。民主党政権は農業者に対する戸別補償制度を実現した。2012年度予算では総額6900億円が農業者に対して支給されている。戸別補償制度のもとでは農地面積に応じて支給額が決まることになっており、大規模農家により多くの額が支給されるわけではない。農業の競争力の向上のためには農家の大規模化が重要なはずであり、一律に資金を分配する方式には問題があると言わざるを得ない。

民主党政権は高校無償化も実現した。この政策の下では公立高校の授業料徴収を取りやめたほか、私立高校の学生に対する授業料を年額11万8800円の支給を始めている。2012年度予算では3960億円が必要な予算として盛り込まれている。所得格差が広がっていることが指摘されるなかで、教育機会を広く保障する意味で高校無償化は評価できるのではないか。 

三つ目は高速道路無料化である。民主党政権は2010年度に1000億円の予算を計上し、全国の高速道路の2割を無料化した。しかし、東日本大震災発生後、この財源を復興費用に充て、無料化を中止した。そもそも高速道路が有料なのは高速で移動できるという付加価値に対して料金を徴収していると理解できる。いわば鉄道における特急料金のようなものである。これを徴収しないというのはやはり政策としての合理性を欠いていた。

子ども手当

「コンクリートから人へ」のかけ声のもと、民主党政権が分配政策の中で最も巨額の予算を投入したのが子どもに対する手当である。

民主党はマニフェストで中学生までの全ての子供を対象に2010年度には月額1万3000円、2011年度以降は月額2万6000円の「子ども手当」を支給することを公約した。鳩山・菅両内閣は2010年度には公約とおり1万3000円の「子ども手当」を支給することができた。

菅内閣は2011年度には予算の制約から支給額を月額2万6000円に引き上げることを断念する。かわりに3歳未満の子どもに限り支給額を2万円に引き上げようとした。しかしながら、自民・公明両党はそもそも子ども手当自体に反対であり、2010年の参議院選挙後、与党が参議院で過半数を確保できなかったので、これを実現することはできなかった。

菅内閣は自民・公明両党と妥協、自民・公明政権時代の児童手当を復活させた上で支給額を増やすことで合意する。この結果、2012年度からは中学生まで1万円(ただし、3歳未満と第三子以降の子どもには小学生まで月額1万5000円)が支給されている。総額で1兆2840億円の予算が投入されている。自民・公明政権時代には小学生まで月額5000円(ただし、3歳児未満と第三子以降の子どもには月額1万円)が支給されていた。このために必要な予算は2009年度で2523億円であった。「子ども手当」は実現されなかったものの、民主党政権のもとで子どもに対する国による給付額は総額でも個別にも大幅に増額されたわけである。

巨額の予算が投じられたこともあり「子ども手当」については「ばらまき」という批判も強くなされた。しかしながら、これまで我が国の社会保障は現役世代に比べ高齢者世代を重視する傾向にあった。

自民党の麻生内閣もこの現状を問題視し、現役世代をより重視する方針を示していた。例えば、麻生内閣が立ち上げた安心社会実現会議の最終報告書[(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ansin_jitugen/kaisai/dai05/05siryou1-1.pdf 「安心と活力の日本へ」]では「全生涯、全世代を通じての『切れ目のない安心保障』を構築することが求められる」と述べられている。

民主党政権の試みはこうした現役世代に対する社会保障を充実させる政策の一つと理解することができ、評価したい。

経済成長政策

消費増税、分配政策などについては賛否両論があるものの、民主党政権が一定の政策を実現したことは間違いない。ただ、消費増税は結局、我々国民に負担を求める政策である。分配政策は一部の国民しか対象とならない。やはり我々国民が期待するのは我々全員が恩恵に預かれる経済成長ではないか。

しかしながら、民主党政権は経済成長を促進する政策に関心を向けなかった。

確かに、鳩山、菅両内閣は新成長戦略を策定し2010年6月8日に閣議決定している。また、野田内閣は東日本大震災と福島原発事故をふまえて、日本再生戦略を立案、2012年7月31日に閣議決定している。新成長戦略ではライフ・イノベーション(医療)、アジアなど7つの戦略分野が掲げられている。日本再生戦略ではグリーン(エネルギー・環境)、ライフ(医療・福祉)、農林漁業という3つの戦略分野が定められた。

民主党政権は成長戦略策定会議、新成長戦略実現会議、国家戦略会議などを次々と立ち上げ二つの戦略について議論した。一見すると一連の会議は自民・公明政権の下の経済財政諮問会議と同じような機能を果たしたようにも見える。しかしながら、実際には似て非なるものであった。経済財政諮問会議は内閣として一定の方向性を持った経済政策を打ち出すよう細心の注意をもって運営されていた。これに対して一連の会議が同じような形で運営されることはなかった。

首相が指導力を発揮しなかったこともあり、二つの戦略は内閣として一定の方向性を持った政策とはなっていない。結局、各省庁の政策を束ねただけに終わっている。実際、これらの戦略の結果、どのような政策が実現したのかも不明である。

違憲状態解散

最後に、一連の政策に勝るとも劣らないほど重要なのは解散そのもの行われ方である。すでに最高裁は現在の衆議院選挙区の定数配分は違憲状態にあると判断している。有権者が住んでいる場所により投票権の価値に著しい違いがある(千葉4区の有権者の一票の重みは平均的有権者の7割しかない)ためである。にもかかわらず、野田佳彦首相は違憲状態での解散に踏み切った(今回の解散の問題点については「首相は『違憲状態解散』に踏み切るのか」11 月12日掲載、で詳述しているのでそちらをご覧下さい。)。この結果、有権者の声が平等に扱われない形で総選挙が行われることになった。

野田首相はなぜ定数是正法案をもっと早く成立させるための指導力を発揮し、新しい区割りが確定するのを待って解散しなかったのか。

事態は極めて深刻である。『朝日新聞』にいたっては次期政権について違憲状態の総選挙から生まれた「そんな政権は正統性を欠く。そう批判されても仕方がないのである」とまで11月15日の社説で論じて、警鐘を鳴らしている。

民主党政権がこのような形で総選挙を行ったことも実績の一つであると考えて我々は投票しなくてはならない。

最後に

今回は前回にもまして長文となってしまいました。ここまでご高覧いただきありがとうございます。消費増税を含め、民主党政権の実績には読者の方々にも賛否両論、さまざまな意見があると思います。一つの意見としてお考えいただけたら光栄です。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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