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やはり「茶番」だった政治倫理審査会:残る疑問(岸田政権の動き(2月25日から3月2日))

竹中治堅政策研究大学院大学教授
政治倫理審査会に向かう岸田首相(写真:つのだよしお/アフロ)

 この記事では2月25日の週を中心に前回の記事:「茶番」の政治倫理審査会開催へに引き続き、岸田内閣を取り巻く政治状況を論じたい。政治倫理審査会での首相と安倍派幹部の説明に的を絞る。

首相の出席

 2月29日と3月1日に政治倫理審査会が開催された。開催に至る過程では混乱があった。自民党と立憲民主党は2月22日に政治倫理審査会を28日、29日の両日に開催することでほぼ合意していた。しかしながら、野党が審査会の全面公開を求めたのに対して出席を予定していた安倍派幹部が応じず、28日には開かれないことになった。首相は28日に「自民党総裁として、政倫審に自ら出席し、マスコミオープンのもとで説明責任を果たしたい」(『読売新聞』2024年2月28日)と突如、政治倫理審査会への出席を表明、公開に応じない安倍派幹部に圧力をかける。「首相が公開で出席するなら、それと同じでやるしかない。こっちだけ非公開なんてできない」と安倍派幹部も公開に同意せざるを得なくなった(『毎日新聞』2024年2月29日)。

6人の出席者

 29日の審査会には岸田首相と二階派事務総長の武田良太元総務大臣が出席、30日の審査会には安倍派幹部の西村康稔前経産大臣、松野博一前官房長官、塩谷立元文部科学大臣、高木毅前自民党国会対策委員長が出席した。西村氏は2021年10月から22年8月、松野氏が2019年9月から21年10月、塩谷氏は12年1月から18年1月、高木氏は22年8月から現在まで事務総長を務めている。

3つの「なぜ」

 ここでは特に首相と安倍派幹部の発言について気になるポイントを指摘したい。

首相は冒頭、我々国民が抱くような疑問を3つの「なぜ」を示した。

・「なぜ何かがおかしいと思いながら長年続いてきた不記載という慣行を是正することができなかったのか」

・「なぜ政治資金の収支を明確にする、この当然のルールすら守ることができなかったのか」

・「なぜ問題が生じた際に、政治家自身の責任が十分に果たされないのかという疑問である。」

「なぜ」を説明できない首相

 しかし、首相はキックバックの慣行について、10数年前から始まっていた可能性が高いと言いながらも結局、「十分確認できていない」と述べるだけで、経緯を明らかにすることはできなかった。また「当然のルール」が守られなかった理由についても明らかにすることはなかった。

 さらに政治家の責任を問うことについても、しばらく時間をかける考えを示した。

 結局、首相は政倫審に出席したものの、率先して経緯の解明に務め、厳しい処分を行うような意思は感じさせなかった。

派閥の問題という意識

 首相は、これまで閣僚人事で派閥や年功序列に配慮するなど55年体制を彷彿させる政権運営を行ってきた。やはり、裏金問題も派閥の問題と考えているので、こうした態度をとるのではないか。日本維新の会の藤田文武議員の質問に答える中で、首相は「法的には別存在であるこの派閥の中でのこの取り扱い(筆者注:政治資金の裏金化)について結果として自民党自身の信頼が損なわれているわけですから」と発言しており、首相の本音が垣間見られる。

政治資金パーティー不開催

 なお、首相は政治資金規正法については悪質な場合に政治家本人に責任を負わせる改正を行う考えを示した。また、首相は野田佳彦元首相に再三迫られて、首相在任中に政治資金パーティーを行わないことを明言せざるを得なかった。

キックバック継続という問題

 次に安倍派幹部の証言を見ていこう。安倍派幹部の説明からは結局、パーティー売上金が還流され、裏金となる慣行が始まり、続けられた経緯についてはわからなかった。審査会の委員の多くは、安倍会長のもとで一旦、キックバックを中止することが決まったにもかかわらず、継続された経緯について関心を向けた。

下村会見:2つの会合

 これに関連する安倍派幹部の証言を理解する上で重要なのは1月31日の下村博文元文科科学大臣の記者会見の内容である。下村氏は安倍派の幹部の一人で、2018年1月から19年9月まで安倍派事務総長、2021年11月から23年9月まで安倍派会長代理を務めた。この会見で下村氏は22年4月に安倍晋三会長が下村氏、塩谷氏、西村氏、世耕弘成氏と会合を開き、パーティー券売上のキックバックを止める方針を示したと語った(『毎日新聞』2024年2月1日)。さらに8月に亡くなった安倍元首相以外のメンバーがキックバックを本当に廃止するかについて話し合い、その時に結論は出なかったものの「個人のパーティーに(還流分を)上乗せして、収支報告書で合法的な形で出すという案」(『毎日新聞』2024年2月1日)も出されたことを明らかにした。

2つの疑問

 この会見により2つの疑問が生じることになった。一つはいったん廃止とする方針が決まったのになぜ継続されたのか、継続するという決定がなされたのではないかということ。もう一つは下村氏が「合法的」と発言したために、それ以前に長らく還流されてきた資金を不記載にすることを違法として認識していたのではないかということである。

 3月1日の政治倫理審査会では2022年4月や8月の会合で話し合われた内容が大きな焦点となり、会合に参加していた西村氏や塩谷氏に関連する多くの質問が投げかけられた。西村氏は安倍派の事務総長は会計には関与していないことを強調する一方、塩谷氏も政治資金パーティーをめぐる問題については関係していないと説明した。

西村氏による4月会合の説明:還付中止の決定

 西村氏によれば、22年4月に安倍会長と下村、塩谷、西村、世耕各氏と事務局長の松本淳一郎氏が参加する会合が開かれた。この会合で安倍会長が現金による還付は不透明であるいう理由によって還付そのものを辞めるという方針を示し、この方針を出席者で確認したという。日本共産党の塩川鉄也議員から違法性の認識はなかったのかと問われ、西村氏は政治資金収支報告書の話はしていないし、還付が適法か違法かといった議論は行っていないと答えている。

8月の会合の説明:還付継続は決められたのか?

 西村氏はその後、一部の議員がノルマを超えて販売した資金の還付を求めたため8月の会合では「還付をしない方針を維持するという中で」対応について議論したが、結論は出なかったと説明する。

上乗せ方式を提案したのは誰か?

 立憲民主党の枝野幸男議員は下村元文部科学大臣の記者会見の内容を紹介しながら、個人のパーティー券収入に上乗せして、収支報告書で合法的な形で出すという案は「これ西村さんですね」と問いただす。興味深いことに、西村氏はこの問いについて肯定も否定もしていない。その代わりにこの会合では還付を求める議員が開くパーティーのパーティー券を清和会が購入するということはどうかという「アイディアが示されました」と紹介し、「私自身も」このアイディアを「検討できるんではないかということで発言をしたところであります」と答えている。

 枝野氏が議員自身のパーティー券収入上乗せ案を西村氏の案ではないかと尋ねたのは西村氏の政治資金管理団体が安倍派から還付を受けた資金を自身のパーティー券収入に組み込んで政治資金収支報告書に記載しているからである。

塩谷氏による説明:還付継続は決定されていた?

 次に塩谷氏の説明に移ろう。塩谷氏も安倍会長の指示で4月の会合で還付を中止する方針が決まったと説明する。8月の会合についての説明は異なる。日本維新の会の岩谷良平議員が還付の継続が決まった経緯を尋ねる質問に答える中で、塩谷氏は8月の会合で還付について話し合われたことを認め、一部の議員を求めたことを踏まえ「困っている人がたくさんいるからそれでは継続でしょうがないかなというそのぐらいの話し合いの中で継続になったと私は理解」していると説明する。

「継続するのはしょうがないかな」

 また公明党の中川康洋議員にキックバックを止めるという方針が撤回されたのかという質問に、塩谷氏は「撤回とかそういうことではない」と留保しつつも、「困っている幹部(筆者注:幹部ではなく安倍派議員の趣旨?)には今年に限ってはそれじゃ継続するのはしょうがないかなというような話し合いがなされた」と回答している。撤回ではないというものの、結局、塩谷氏の説明からは8月の会合で還付中止の撤回が決まったということになる。

 ただ、塩谷氏も4月に還付が中止になった理由は現金による還付が不透明であることを何度も主張し、政治資金収支報告書に還付分が不記載であることや違法性について話し合われたことはないと語る。

使途不明

 最後に高木氏の説明について少し触れたい。高木氏は事務総長は経理や会計に関係しないと説明する。また、事務総長として還付を継続する決定には関わっていないという主張を繰り返した。高木氏の説明でむしろ気になるのは本人も認めている通り還付分について領収書を廃棄してしまったために使途を不明として政治資金収支報告書を訂正していることである。これでは還付された資金が本当に政治活動に使われたどうかわからず、私的に使われていたのではないかという疑念が生まれることになる。

残る疑問

 結局、政治倫理審査会は開かれたものの、首相自身が投げかけた3つの「なぜ」に対する答えは出なかった。

審査会開催の意義

 審査会が開かれた意義は二つある。一つは首相がやはり当事者意識を十分に持っていないということが明らかにしたということ。二つは安倍派幹部の説明は説得的でないということを国民に示したということ。

結束できない野党

 野党はこうした説明が不十分であることを理由に岸田政権と徹底的に対決する道もあった。しかしながら、立憲民主党は日本維新の会や国民民主党が対決路線に同調しなかったため、3月1日に3月2日の土曜日に令和6年度予算案の審議、採決を行うことを認めざるを得なくなった(『読売新聞』2023年3月2日)。この結果、予算案は2日に衆議院を通過し、年度内成立が確実になった。

自民党に塩を送る日本維新の会と国民民主党

 野党の行動をよく見ると日本維新の会や国民民主党は政治資金問題を理由として岸田政権と徹底して対決する意思はないことがわかる。日本維新の会は立憲民主党が提案した小野寺五典予算委員会委員長の解任決議に反対し、日本維新の会に加え、国民民主党も立憲民主党が提出した鈴木俊一財務大臣不信任決議案に反対した。

 政治資金問題で多くの国民が岸田政権に対し不満を持ち、時事通信社や毎日新聞社の調査で支持率が10%台まで落ち込んでいるにもかかわらず、自民党に塩を送る日本維新の会と国民民主党の行動は不可解である。彼らは我々国民の多くを結局、軽視しているのではないか。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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