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首相は「違憲状態解散」に踏み切るのか

竹中治堅政策研究大学院大学教授

年内解散の可能性

先週末から野田佳彦首相が年内解散に踏み切る可能性が盛んに報じられている。

報道内容をまとめると解散までのシナリオはこうだ。  

すでに、首相は10月19日の民主・自民・公明三党党首会談で解散の前提となる三つの条件を提示した。三つの条件とは(1)特例公債法案の成立、(2)衆議院選挙制度改革法案の成立、(3)社会保障制度改革を議論する国民会議の早期設置である。首相は自民・公明両党の協力を得て三つの政策課題を実現後、TPP交渉に参加を表明、TPP交渉参加の是非を争点に総選挙を行うことを検討しているという。

この場合、首相は衆議院選挙区の定数配分が違憲状態で解散を行うことになる。このような解散には我が国の民主主義のあり方を考えた場合、大きな問題がある。首相は選挙制度改革法案の成立後、衆議院の選挙区の区割りが引き直した上で、解散を行うべきである。

選挙制度改革法案の成立だけでは違憲状態は解消しない

読者の中には選挙制度改革関連法案が成立すれば違憲状態が解消すると思われている方も多いのではないか。関連法案にはいわゆる0増5減(山梨、福井、徳島、佐賀、高知の定数をそれぞれ3から2に削減)案が含まれているからである。

残念ながら話はそれほど単純ではない。選挙制度改革法案が成立し、公職選挙法と衆議院議員選挙区画定審議会設置法が改正されただけでは衆議院の定数是正は実現しない。公職選挙法の改正などを踏まえて、現行の選挙区の線引きを見直す必要がある。このためには選挙区画定審議会における審議が求められる。そして、審議会が出した勧告案を踏まえて、新しい区割りを確定させるために公職選挙法を改めて改正しなくてならない。

報道の通り首相が解散するのであれば、以上の作業をしないまま選挙が行われることになる。この場合、選挙区の区割りや定数配分が現在のまま選挙が行われることになる。

すでに、最高裁は2011年3月、2009年総選挙の定数配分は「違憲状態」にあったと判断し、定数を是正するよう求めている。従って、首相が解散に踏み切る場合、この総選挙はこの定数配分のまま「違憲状態」で行われることになる。

なお、首相自身は10月27日に現在の区割りのままでも解散はできるという考えを示している。

解散をさけるべき理由(1) 消費増税に対する判断が解散の理由だったはず

しかしながら、「違憲状態」で解散を行うことはさけるべきである。二つの理由がある。第一は、解散が問題になった経緯である。

そもそも解散が議論されるようになったのは民主・自民・公明三党が消費増税の是非の判断を国民にあおぐ必要があると合意したからである。TPPよりもむしろ消費増税に対する判断が解散の理由だったはずである。

8月10日に消費増税関連法案が成立した。この過程で、自民党は成立に協力する条件として早期解散の確約を野田佳彦首相に求めた。この結果、8月8日に開かれた民主・自民・公明三党党首会談で、三党党首は法案成立の暁には「近いうちに国民に信を問う」ことで合意した。

増税という負担を我々国民に課す以上、その是非につき我々の信を問うべきであることは言うまでもない。

ただ、その際、我々国民一人一人の声が平等に扱われる必要がある。つまり一票の価値が等しく扱われなくてはならない。これは民主主義の大原則である。

ところが、現在、選挙区によって一票の価値には大きな格差があり、原則が破られている。2009年の総選挙の際、最大で2.3倍の格差(千葉4区と高知3区の間)が存在した。別のいい方をすれば、千葉4区の有権者は日本の平均的有権者に比べ7割の価値の選挙権しか持っていないのである。千葉4区に限らず、有権者の選挙権の価値が平均より少ない選挙区は数多く存在する。

解散をさけるべき理由(2) 少数決の可能性

第二は、「違憲状態」で解散が行われれば総選挙後の首相の民主的正統性が疑問視される事態が生じかねないからである。

これは我が国が議院内閣制をとっていることと二大政党制が近年浸透していることと関係している。議院内閣制のもとでは我々国民は選挙で衆議院議員を選び、衆議院議員の多数の支持を確保した者が首相に選ばれる。そこで衆議院議員は自分の選挙区を有権者を代表して首相を選んでいると解することができる。

一票の格差の問題を言い換えれば、選挙区によって有権者の数に大きな差があるということである。千葉4区のように1人の衆議院議員が約48.9万人の有権者を代表する場合もあれば、高知3区のように1人の衆議院議員が約21.2万人の有権者を代表する場合もある。

選挙区間で有権者の数に著しい差があることを放置したままで総選挙を続けると、理論的には多数決とは逆の少数決により首相を選ぶことが可能となる。つまり、有権者全体の中でみれば少数派から選出された衆議院議員が数の上では衆議院の多数派となり政権を獲得することもあり得るのである。総選挙では獲得票数では少ない政党がより獲得票数の多い政党を押さえて第一党となる可能性があるということである。

これは単に想像上の話ではすまない。現実に少数決に近いことは起きている。

好例は2010年の参議院選挙である。民主党が選挙区全体で獲得した票を合計すると約2275万票であった。一方の自民党の票は約1949万票であった。しかし、自民党の獲得議席数は39と民主党の28を大幅に上回った。参議院の選挙区間には定数不均衡があり、有権者の少ない県で自民党が善戦したためである。

少数決の可能性は我が国で二大政党制が近年浸透しているからこそ重大な問題を投げかけている。実際に総獲得票数ではより少ない政党がより獲得票数の多い政党を押さえて、衆議院の第一党となり、首相を輩出するようになれば、首相の正統性に疑問がなげかけられる恐れがある。現在、日本維新の会、石原新党、みんなの党など第三極の可能性が注目を集めており、心配のし過ぎと言われる方も多いかもしれない。しかし、小選挙区制度は二大政党制を生みやすく、我々はこの少数決の可能性を排除するための不断の努力をすべきである。

総選挙は定数是正の完全実現後にすべき

以上、二つの理由から総選挙は定数是正を完全に実現した後、行われるべきである。 

現在の0増5減案にもさまざまな問題がある。なによりもこれが実現しても1.79倍もの格差が残る。選挙区ごとの一票の価値を限りなく等しくする抜本的改革をしてから総選挙することが望ましい。

いわんや0増5減案を成立させただけで選挙区の区割りを修正せず、最高裁判決に対し「頬被り」したまま解散することはあまりにも不誠実である。のみならず、我々国民の政治に対する信頼を損なうことになろう。

なお、念のため付言する。筆者は定数格差が存在する場合、あらゆる状況で首相の解散権が制約されると言うつもりはない。例えば、内閣の命運をかける法案が衆議院で否決された場合、定数格差が存在しようとも国民に法案の是非を問うために解散することは認められるべきである。

しかし、今回のように重要な法案の成立後に国民の判断をあおぐために総選挙を行うのであれば、十分な環境整備、すなわち、定数是正を行ってからすべきである。さらに、総選挙後の首相の地位について正統性が問われることがないよう万全の配慮を野田首相はするべきである。

「近いうちに」が果たせてなくても

野田首相は誠実で「近いうちに」と約束したにもかかわらずなかなか解散できないことを心配しているとも報道されている。だが、心配は無用である。約束を果たそうとしたが憲法を遵守しようとしたため思った以上に時間がかかってしまったと説明すればいいだけのことである。

ただ、今の民主党の選挙制度改革案は特に比例区に関する案があまりに複雑である。野田首相は「近いうちに」という発言について悩むくらいであれば、自民・公明両党と妥協できるよう民主党案を変更することに指導力を発揮するべきである。

ごあいさつ

定数是正には想いが強く、随分長くなりました。時間をかけて、ご高覧くださりありがとうございました。最後に、ご縁があってyahoo!ニュース個人に寄稿させていただくことになりました。今の日本の政治の動きを、日本の政治の仕組みを念頭におきながら、微力ながらわかりやすく解説していきます。大きな政治の動きがあった場合には、なるべく早く解説していきたいと考えております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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