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岸田首相と補選後の政治過程:考えるべきは参議院議員選挙への影響だ!

竹中治堅政策研究大学院大学教授
自民党党大会における岸田文雄首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

補欠選挙の結果

 4月28日に衆議院補欠選挙が実施された。長崎3区では立憲民主党の山田勝彦氏が、東京15区では立憲民主党の酒井菜摘氏が当選した。この二つの選挙区で自民党は候補者を立てず、不戦敗を選んだ。

 そして、唯一の与野党対決となった島根1区では立憲民主党の亀井亜紀子氏が自民党の錦織攻政氏を破り、勝利した。島根1区は94年の政治改革後、9回行われた総選挙で全て自民党が勝ってきた選挙区であったが、今回初めて、自民党は議席を失った。選挙期間中、岸田首相は2回、島根1区を訪れ、錦織氏を応援したが、この結果となった。

 立憲民主党3勝、自民党1敗、2不戦敗の結果の背景に、政治資金をめぐる不祥事があることは間違いない。自民党は政治資金パーティー券売り上げ収入を裏金として経緯の真相を解明しなかった。特に安倍派の幹部の資金還流が続いた経緯についての説明は不十分な上、自身が資金還流を受けていたことについての責任は秘書に転嫁するばかりで、我々国民の多くが納得する内容ではなかった。多くの有権者が自民党の対応に不満を持っていることは亀井氏が錦織氏に大差をつけて当選したことに表れている。

参議院議員選挙という問題

 岸田首相はこの選挙結果によって打撃を受けることになった。この選挙が今後の政治過程に及ぼす影響について考えてみよう。メディア各社は総裁選や解散・総選挙に焦点を当てて、報道する傾向にある。しかし、今後の政治過程の展開については来年に予定される参議院議員選挙についても念頭において考えるべきである。

低迷する支持率

 メディア各社による世論調査で内閣支持率は低迷している。4月の訪米で岸田首相は日米間の安全保障協力を進展させるなどの成果をあげたものの、支持率を大幅に回復させることには成功していない。一部の政権関係者は6月に予定される減税が支持率を上向かせることを期待しているかもしれない。が、そうなる見込みは薄い。

首相と総裁選

 衆議院議員の任期は2025年10月末までであり、来年秋までには総選挙が行われる。自民党の中では岸田首相の下では次期総選挙を戦えないという考えが広まるであろう。今年9月には総裁選が予定されている。2021年9月に実施された総裁選の際に、当時の菅義偉首相は、内閣支持率が低迷したため、出馬を断念することを余儀なくされた。

 このまま内閣支持率が低迷する場合、首相が総裁選を機に退陣を選べば、次期総裁が首相就任後直ちに解散総選挙に打って出れば、自民党は政権を維持できる可能性が高い。

「首相1強」

 ただ、今後、内閣支持率が低迷する場合でも、総裁選が首相交代の契機となるかは不明である。最大の理由は世論からの不人気とは裏腹に、自民党内では「首相1強」の状況となっていることである。政治資金不祥事をきっかけに6つあった派閥のうち5つの派閥は解消を決定し、存続する考えなのは麻生派だけである。最大勢力であった安倍派は纏まれば首相を牽制する力を保持していた。しかしながら、派閥解散に加え、有力議員が軒並み処分の対象となり、大きな打撃を受けてしまった。

 河野太郎デジタル大臣、上川陽子外務大臣、高市早苗経済安保大臣など総裁選に出馬することが考えられる政治家はいる。だが、こうした政治家を首相に対抗する候補者として推し、広範な支持を集めるためにエネルギーを注ぐことのできる政治家や政治家グループが今の自民党の中から現れるのか疑問である。

首相総裁選再選の可能性

 また、岸田首相が、政治資金問題を自身の責任と本当に考えているのかは疑問であり、続投を当たり前のように考えている気配は十分にある。首相が、総裁選に出馬し、さらに再選を果たす可能性はかなりある。首相が総裁選再選を果たす場合、その後の展開はどうなるか。主に三つのシナリオが考えられる。 

首相続投、支持率回復後の総選挙?

 第一のシナリオは支持率が上向き、再選後、時間をあまりおかずに解散総選挙に踏み切ることである。支持率が回復しているので、この場合、自民党と公明党は議席を減らしながらも、政権を維持できるのではないか。もっとも支持率が上向くことは期待しにくく、このシナリオはあまり現実的ではない。

首相続投、参議院議員選挙先行

 第二のシナリオは支持率が低迷を続け、岸田首相は支持率回復を期待しながら、総選挙を先延ばしにし、この結果、2025年7月に参議院議員選挙が総選挙に先行して実施される場合である。この場合、自民党と公明党は惨敗し、参議院で両党は過半数割れに追い込まれるであろう。岸田首相は責任をとって退陣し、新首相の下で総選挙を実施するシナリオが考えられる。この場合、新首相の下で内閣支持率は回復し、自民党と公明党は減らしながらも政権を維持できるのではないか。ただ、首相は総選挙後、深刻な「ねじれ」に悩まされることになるだろう。

参議院選挙後も首相続投、政権交代、しかし、「ねじれ」

 第三のシナリオはやはり、支持率が低迷を続け、岸田首相が総選挙を先延ばしにし、参議院議員選挙が総選挙に先行して実施される場合である。自民党と公明党が参議院で過半数割れに追い込まれても、自民党に岸田首相を降ろす力はなく、岸田首相が続投するシナリオも考えられる。この場合、参院選挙後まもなく、岸田首相の下で、総選挙が行われることになる。1994年の政治改革以降、政治資金不祥事が自民党を直撃する中で初めて行われる総選挙となる。自民・公明両党の大幅議席減は必至である。政権交代につながるか可能性もある。自民・公明両党が過半数議席を維持し、首相が続投する場合でも、首相は「ねじれ」に苦しめられることになる。共産党を除く、非自民勢力が過半数を確保すれば、政権交代も考えられる。ただ、この場合も悩ましいのは、非自民政権も参院では過半数の支持勢力を確保できず「ねじれ」という問題に直面する可能性が高いことである。

参議院議員選挙の重要性

 本稿が強調したいのは、岸田首相が続投する場合、現在注目されている総選挙よりも実は参議院議員選挙が先行して実施される可能性がかなりあるということである。その場合、どの政党が次期総選挙後に政権を担う場合でも、「ねじれ」国会が政権運営をかなり困難にするリスクがあるということである。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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