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なぜ児童自立支援施設は必要なのか? 堺市で住民監査請求が行われた理由

幸田泉ジャーナリスト、作家
住民監査請求の記者会見をする請求人ら(左端が門屋智津子さん)=筆者撮影

 堺市で児童自立支援施設の建設計画が撤回されたのを巡り、10月12日、「堺の子どもたちを守る会」が住民監査請求を行った。堺市立の施設整備を止めた堺市が、大阪府立の児童自立支援施設「修徳学院」(大阪府柏原市)の寮舎建設費用を負担することについて、「府立施設の整備費を堺市が負担するのは地方財政法違反。堺市立の施設を整備するべき」と主張している。監査委員が勧告を出さなければ住民訴訟を提起するという。堺市に児童自立支援施設の整備を求めてきた「堺の子どもたちを守る会」の門屋智津子さん(堺市里親会会長)と戸田あさ子さん(仮名)に、施設の必要性について聞いた。

――地元に児童自立支援施設の設置を求めて住民監査請求に至ったいきさつは?

門屋さん 児童自立支援施設は都道府県と政令指定都市に設置義務があり、堺市は2006年に政令指定都市になってから、施設を作る計画を進めてきました。学校と生活場所の寮を備えた施設なので、とても広い土地が必要なのですが、2018年にようやく取得でき、2025年に開所予定でした。ところが、2019年に就任した永藤英機市長が計画を中止してしまったんです。府立の施設に「事務委託」して、府に委託料を支払う方が安上がりだというのですが、堺市立で施設を作るなら建設費用に国費が投入されますし、運営費は地方交付税で措置されます。長い目で見れば、府に毎年2億円近い委託料を支払い続けることに財政上のメリットがあるとは言えません。そのうえ、昨年1月、委託先の府立修徳学院の寮舎建設費用を堺市が負担することが決まったのです。寮舎2棟で3億円も支払うという。そんな費用を負担してまで、堺市立の施設整備計画を止めることに意味はありません。

 児童自立支援施設を作ってくれるよう署名活動もしたし、市議会に陳情もしてきましたが、聞き入れられない。もうこれしかないと訴訟覚悟で住民監査請求に踏み切りました。

戸田さん 妹の子どもが府立修徳学院に入所していたことがあり、その経験から堺市に児童自立支援施設の整備を求めてきました。妹の夫は若くして事故で亡くなり、まだ小学生だった子どもはショックで情緒不安定になりました。中学生になると体も大きくなるので、母親では対応できません。警察を呼んだこともあり、妹は精神的にまいってしまいました。

 児童自立支援施設に入所する方針になったのですが、行先が決まるまで児童相談所に一時保護されました。妹は、入所先があるのか、どこに決まるのかと不安でいっぱいだったそうです。結果的に、妹の子どもは府立修徳学院に入って立ち直り、家族も救われました。将来の親子関係を考えると、子どもと離れていいのだろうかと妹はとても葛藤があったそうですが、別々に生活することで親子ともども生きる道につながりました。

 施設では学校教職員のほか、臨床心理士や児童福祉司といった専門家のケアがあり、生活面では寮父母が家庭的な養育をしてくれます。そのお陰で、妹の子どもは中学卒業と同時に家に戻ってきて、高校は家から通うことができました。児童自立支援施設に助けられ、堺の地元にこの施設があってほしいと心から願っています。

大阪府立の児童自立支援施設「修徳学院」=大阪府柏原市、筆者撮影
大阪府立の児童自立支援施設「修徳学院」=大阪府柏原市、筆者撮影

――府立の児童自立支援施設を利用するより、堺市立の施設のある方がいいのですか?

門屋さん 子どもが施設に入所中も親は面会に行くのですが、経済的に厳しいと交通費も負担になります。親だけでなく学校の先生も面会に行きます。児童自立支援施設の子どもはいずれまた家庭に戻り、地元の学校に通うようになりますから、それまで学校はつながりを保ち続けます。先生にとっても施設が近くにあるに越したことはありません。体制としては、児童自立支援施設、児童相談所、学校の三つがすべて市立だと、行政の壁がなく親子支援の連携がしやすくなります。

 現在の児童自立支援施設はキャパが十分とは言えない状況です。子どもが暴れて手がつけられない状況でも「定員いっぱいなので空くまで待って」と言われ、家庭でどんどん事態が悪くなったり、児童相談所の一時保護の待機期間が延びることもあります。また、戸田さんの話でも出ましたが、大阪の子どもが府立修徳学院に入所できるとは限りません。遠方の施設に入所している子どももいます。見知らぬ土地で心細いでしょうし、面会する大人も大変です。面会の回数が少ないと、子どもは見捨てられたと思い、もう一度、生まれ育った地域に戻ろうという気力がなくなってしまいます。

 これらは、子どもの人権侵害です。地元の中学校長が「残念ながら堺市には、困難を抱える子たちの居場所がない」と嘆いておられました。児童自立支援施設は子どもの隔離場所ではありません。寮舎は1棟が定員10人で、子どもたちの面倒をみる親代わりの職員が一緒に生活する大家族のような形態で運営されています。だから、子どもの「居場所」になり得るのです。

――児童自立支援施設の整備を求める堺市民は「堺の子どもは堺で育てる」と訴えていますが、永藤市長には届かないのですね。

戸田さん 2019年の永藤市長の選挙戦で、応援に来た「日本維新の会」の幹部が、現市政を「ひねくれた子どもの更生施設を建てようとしている」と批判したのはショックでした。児童自立支援施設をまるで迷惑施設のように言い、そんな施設に税金を使うのは無駄遣いだと市民に誤解させています。児童自立支援施設はただのハコモノじゃありません。子育てのセーフティーネットです。堺市に建設されるのを心待ちにしていたので残念でなりません。

門屋さん 堺市が児童自立支援施設を作る方針を決めた時、保護司、里親、学校の先生など困難を抱えた子どもにかかわる人たちは本当に喜びました。10年以上かかって土地が確保できたというのに、永藤市長の一存で計画が吹っ飛んでしまった。子どもを守ることをしないで、いったい何のために市長になったんでしょうか。暴力を振るったり不良行為をする子どもは、水の中で溺れそうになってもがいている状態です。溺れかかっている子どもがいれば、何とかして助けようとするのは当たり前のはずです。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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