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ガザでの戦闘:戦場はもっと深くて広い~レバノン戦線の激化

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
ヒズブッラーの広報施設に展示されている対空ミサイル(筆者撮影)

 2024年2月26日、イスラエル軍はレバノン北東部のバアルベック付近を空爆した。これにより、ヒズボラ(ヒズブッラー)の者2人が死亡した模様だが、同地が攻撃を受けるのは2023年10月8日にイスラエルとヒズブッラーが南レバノンで交戦するようになってから初めてのことだ。これまでヒズブッラーや同党と提携する「抵抗の枢軸」の諸当事者は、レバノン方面での戦闘を「抵抗の枢軸」とイスラエル(そしてアメリカ)との間で長期間かけて形成されてきた「ルール」の範囲内に抑制しようと努めてきた。「抵抗の枢軸」の側は、自分たちが最初に「ルール」違反を犯した者と非難されるのは嫌だし、何よりも地球上のどこであれイスラエル(とアメリカ)と全面的な戦闘になって勝つ能力がないことをよく知っているからだ。これに対し、イスラエルは今般の戦闘の初期段階からダマスカスとアレッポというシリアの主要民間空港を爆撃して使用不能にしたり、レバノンの首都ベイルートで活動するハマースの幹部を暗殺したりするなど、戦闘を激化・拡大させたいかのような挑発を繰り返してきた。ヒズブッラーは「ルール」違反に等しい挑発を看過することも、戦闘を自派の能力以上に拡大・激化させることもできないので、イスラエル北部の対象への攻撃に使用するミサイル・ロケット弾の性能を少しずつ上げるという苦しい対応を続けてきた。

 このような状況に新たな展開をもたらしたのが、バアルベック周辺での交戦だ。2024年2月26日付『シャルク・アウサト』(サウジ資本の汎アラブ紙)は、この事態を専門家らの解説とともに報じている。同地域は南レバノンからは遠く離れたレバノン北東部に位置し、上記の通り2023年10月以来の交戦でこれまでに攻撃を受けることはなかった。ここで、2024年2月26日午前に、ヒズブッラーがレバノン南部のトゥッファーフ地区でイスラエル軍の「ヘルメス450」型の無人機を地対空ミサイルで撃墜したと発表したのだ。冒頭のイスラエル軍によるバアルベックへの空爆は、これへの「報復」という位置づけだが、ヒズブッラーもその直後にイスラエルによる戦闘範囲の拡大にゴラン高原被占領地(これはシリア領)のイスラエル軍部隊の司令部へのロケット弾攻撃で応じた。問題は、ヒズブッラーがイスラエル軍のそれなりに大型の無人機(1機当たりの価格が500万ドルにもなるらしい)を地対空ミサイルで撃墜したことで、戦闘の範囲や強度が変わることだけでなく、ヒズブッラーが高度な防空システムを配備している可能性が濃厚になったことだ。イスラエルは、ヒズブッラーがハマースよりもはるかに強力な対空兵器を装備していると信じており、過去数年間その実態を把握するためにレバノン領空を侵犯して挑発を繰り返してきた。

 従来、ヒズブッラーは旧ソ連やロシア起源の技術に基づく携帯式の対空ミサイルを装備していると考えられてきた。この種の兵器は、隠蔽が容易だからだ。一方、ミサイルを撃墜可能な程度の高度な対空ミサイルシステムは隠蔽が困難なためヒズブッラーは保有していないとも考えられてきたようだ。この点について、専門家は近年ヒズブッラー(とイラン)がレバノンに防空網を構築することを試み、シリア政府が保有していた旧式のシステム、ソ連起源の技術をイランが改良したシステム、そしてロシア産の「パーンツィリ」をレバノンに移転したと指摘した。この専門家は、これまでのところイスラエル軍がシリアへの攻撃を繰り返しているにもかかわらずイスラエル軍機が撃墜されることもシリアへの攻撃を止めることもできていないため、(レバノン、シリア、そしてイランの)防空能力はイスラエルの技術を前に限られた能力しかないと結論付けることができると述べた。

 なお、2023年末には西側の報道機関が、シリアのアサド大統領がロシアのワグネルを通じてロシア製の「SA-22」システムをヒズブッラーに引き渡すことに同意したと報じていた。実際にそのようなことがあったのか、またあったとしてもどの程度引き渡されたかは不明だ。ロシア政府は、ワグネルは報道が流布した時点では存在していないとして、この情報を否定している。ヒズブッラーがどのような装備や能力を持っているかは、多くの当事者にとって重要な関心事項だ。また、同党がイスラエルとの交戦を通じてどの程度戦果を挙げ、どのような情報や教訓を得るかも重要事項だ。なぜなら、2006年夏にイスラエルがレバノンを大規模に攻撃した際も、ヒズブッラーが優れた装備や戦術によりイスラエルに予想外の損害を与え、そこから得られた情報は「抵抗の枢軸」陣営にとどまらず彼らの兵器の技術的な起源でもあるロシアとも共有されていることも考えられるからだ。この度撃墜された「ヘルメス450」についても、操作システムや装備する偵察機器に高度な技術が用いられているとされるため、撃墜した機体をヒズブッラーが捕獲しているようならば影響は大きいとの見方もあるようだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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