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今年の干支を「謙虚さ」のアピールに使った岸田総理の年頭会見を読み解く

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(626)

睦月某日

 総理の年頭会見にはその年の干支にちなんで心に秘めた意欲を表現することがある。例えば今年と同じ寅年だった1986年の新年に、中曽根元総理は「虎穴に入らずんば虎児を得ずと言われるが、私も虎穴に入る必要があるかもしれない」と発言した。

 中曽根元総理はその年、長期政権を実現する目的で「衆参ダブル選挙」を実施し、自民党圧勝を狙っていたが、自民党の大多数が反対に回り、実現は難しいと思われていた。しかし中曽根元総理は、脅せる者は脅し、買収できる者は買収するやり方で反対派を次々に切り崩し、「死んだふり解散」と呼ばれる前例のないやり方で「衆参ダブル選挙」を実現した。

 近年では2019年亥年の年頭会見で、安倍元総理が60年前の亥年に行われた岸元総理の日米安保交渉が実を結んだことを強調し、「自分も戦後外交の総決算を行う」と発言して日ロ平和条約締結に意欲を見せた。

 さらに「猪は猪突猛進というが、時には身をかわしてターンすることもある。自分もスピード感としなやかさを持って政権運営に当たりたい」と意味深長なことを言った。その時フーテンは「安倍元総理は中曽根元総理にあやかって長期政権実現のため衆参ダブル選挙を考えている」と受け止めた。

 しかし中曽根元総理や岸元総理とは異なり、安倍元総理は「衆参ダブル選挙」も、「戦後外交の総決算」もできず、東京五輪開催時の総理として脚光を浴びるはずが、コロナの到来で計画が狂い、病気を口実に任期途中で政権を投げ出さざるを得なくなった。

 その安倍元総理に推されて誕生した岸田総理が年頭会見を行った。今年の干支の壬寅(みずのえとら)には「新しく生まれたものが成長する」という意味があるが、岸田総理は「寅にはつつましくという意味がある」とあえて「謙虚さ」をアピールする意味に使った。

 安倍政権と菅政権の失敗から教訓を得て、両政権と対照的な姿勢を見せることが国民に好まれると考えているのだろう。そして中曽根元総理のように危険を犯して挑戦することもしない。しかしそれでは国民に訴えかけてくるものがない。

 フーテンにとって岸田政権は捉えどころのない政権だが、なぜそのような姿勢をとるのか、そして会見で語られた言葉の端々から勝手に岸田総理が考えていることを推測してみようと思う。

 年頭会見で岸田総理が力を込めたのは、新型コロナウイルスのオミクロン株対策と、「新しい資本主義」実現への決意だった。オミクロン対策に力を入れるのは当たり前だ。来月には急拡大が予測されており、国民の最大関心事になることがはっきりしているからだ。

 岸田政権が7月に予定される参議院選挙を前に支持率を落とせば、与党から「選挙の顔」にふさわしくないと判断され、総理の座を失うことになりかねない。そのため岸田総理は病床がひっ迫しないよう、全感染者を入院させる現行の制度を見直す他、飲み薬の実用化やワクチン接種の前倒しなど、考えられる限りの措置を並べて見せた。

 並べて見せたのはいいが、問題は並べて見せた措置が本当に支障なく実行できるかどうかだ。18歳以下への10万円給付で最初の方針と実際とが違ったように、また徹底した水際政策を打ち出して日本人の帰国者までも入国させないようにし、その後にそれを撤回したように、迷走と混乱が起きなければの話だ。

 つまり岸田政権にとってコロナとの戦いで国民に不満を抱かせないことが、存続するための最低条件である。それをクリアして参議院選挙に臨み、野党に勝利することができれば、岸田総理は「黄金の3年間」を手に入れることができる。

 岸田総理が7月の参議院選挙に勝利すれば、衆議院を解散しない限り、2025年の参議院選挙まで国政選挙はない。岸田総理は自分のやりたいことを腰を据えて実行することができる。それが「黄金の3年間」である。

 そこで思い出さなければならないのは、岸田総理が就任からわずか10日後に衆議院を解散したことだ。これまでこんな解散の仕方をした総理はいない。前代未聞の解散だった。解散とは国民に判断を仰ぐためにやるものだ。しかし就任から10日後の解散では、国民は何をどう判断して良いか分からない。

 何も仕事をしていない総理を支持するのか、支持しないのかと問われても、分からないと答えるしかないのが普通だ。しかし岸田総理は、国民には何も分からせないままにして選挙をするタイプの政治家であることがこの時分かった。

 そこのところは安倍元総理の手法を継承している。安倍元総理は2012年12月の総選挙で民主党から権力を奪取した後、2013年7月の参議院選挙に勝って「ねじれ」を解消するまで、自分の考えを国民に見せなかった。

 「ねじれ」を解消すれば本格的に権力を握ることになり何でもできる。すると参議院選挙直後に盟友の麻生元副総理が「ナチスを真似たらどうか」と発言して本音をもらした。つまり選挙という民主主義の手法を使って独裁権力を持つことは可能だと言った。安倍政権の本音がこの時分かった。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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