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日本にトランプ現象は起こるか(後編)

加藤秀樹構想日本 代表

前編では、2016年に起こった「トランプ現象」と「Brexit」を、1980年代から続く「反グローバリゼーション」という大きな潮流の中に位置づけ、問題の本質はグローバリゼーションの弊害に対する政治の機能不全ではないかと述べました。

1月20日にはいよいよトランプ大統領就任です。そこで後編では、日本にトランプ現象は起こるのか、ポピュリズムを抑え、政治をよりよく機能させる方策はあるのか、などについて考えてみたいと思います。

大平元総理の40年前のスピーチ

最近たまたま、大平正芳元総理が総理になる直前(1977年)に行った講演録を聞く機会がありました。もちろんグローバリゼーションやトランプ現象は出てきませんが、現代の経済成長を基にした世の中のあり方について考え直さなければならない時に来ているという内容です。少し引用しましょう。

「我々は今、春を過ぎ、夏を越え、それから、ようやく、静かな秋を迎えようとしておるんじゃないかと。秋というのは、みんなが物を静かに考える。(中略)そして、次に来るべき春に備えて、我々の体質をもういっぺん見直していく。我々の家庭はこれでいいのか、我々の企業はこれでいいのか、我々の市町村の状態はこれでいいのか、国の在り方はこれでいいのか。(中略)我々はもう一度、静かに反省いたしまして、この味淡くあるけれども、本然の人生を生きることができる呼吸を、覚えなければならないと思うわけであります。(中略)そして、新たな味わいを持った、成熟した人生の生きがいということを求め合っていける春を、お互いに迎えたいものと思うのであります。」

トランプ現象や格差問題をつきつけられている私たちは、保守本流の真ん中にいた政治家が40年前に既にこのように考えていたことを重く受け止めないといけないと思います。

日本はグローバリゼーション/自由化の「劣等生」?

アメリカ、イギリスは自由化、グローバリゼーションのトップランナーとして、経済理論を掲げて自由化を進めてきました。それに比べ日本は、構造改革はなかなか進まない、「第三の矢」と言っても何も変わらない。グローバリゼーション、自由化の「劣等生」?と言えるのかもしれません。逆に、だからこそ移民もあまり入ってこないし、トランプ現象やBrexitの原因になる状況が起きていないとも言えます。

財政出動という「日本型万年ポピュリズム」

さらに、日本は何か制度改革を行うと、必ず大きな財政出動をして下支えしてきました。自由化をどんどん進めその結果トランプ現象、Brexitをもたらしたのに対し、日本は政府自らが財政支出というポピュリズムの垂れ流しのようなことを続けてきたとは言えないのでしょうか。「日本型万年ポピュリズム」がトランプ現象を防いでいるのかもしれません。ポピュリズムの現れ方の違いという見方もできると思います。しかし、日本が長年続けてきたそのツケは1000兆円の財政赤字として出てきており、これは文字通りタダではすまず、しかも、その時期が刻々と迫っています。

「アメリカファースト」はトランプの合言葉ですが、日本の場合は過去何十年も小出しにした「ジャパンファースト」を全国で続けてきたのです。為政者がポピュリズム的政策を続けているので、それで恩恵を受けている国民(その時々で農業、医療、中小企業など対象は様々です)にとっては政府はそこそこよくやってくれている訳です。これが続いている限り内閣の支持率は維持され、日本ではトランプ現象のように「反ワシントン」「大衆対エリート」という対立構図になっていないと見ることもできます。

政治、行政を「自分事」に=民主主義の基本

最後に、トランプ現象でも垂れ流しでもない健全な民主主義を育てる手だてはないのでしょうか。そのカギは、国民が政治、行政を「自分事」と考えて(当事者意識を持って)、社会の現実を政治、行政に反映させることにあります。具体的な方法として、私が代表を務める政策シンクタンク・構想日本がやってきた一つの実験をご紹介します。それは改良型「事業仕分け」です。構想日本は事業仕分けを2002年から行ってきました。地方自治体から始め、国について最初に行ったのは自民党です。そして、民主党政権の時に政府で行い、現政権でも「行政事業レビュー」として継続されています。

無作為に選ばれた市民の参加

事業仕分けは、行政が何をしているのか情報をさらけ出し、それを公開の場で議論します。自治体では約220回実施し、最近は新しい要素が加わっています。無作為抽出で選ばれた住民の参加です。例えばある町でランダムに選んだ住民1,000人にハガキを送り仕分けへの参加を打診すると、50人ぐらいが「参加可能」と返事をしてくれます。彼らが議論を聞いて、「この事業はいらないんじゃないか」「予算半分でもいいんじゃないか」などと、結論を出してもらう「市民判定人」という仕組みです。非常に冷静な議論、的確な判定をしてくれます。

「過激な主張に対する抵抗力」が養える

この人たちは日頃、行政とはほとんど関係がありません。ところが、普段市役所にも滅多に行かない「普通の住民」が一度仕分けの議論に参加すると、政治や行政にとても関心を持ち、「自分事」として考え始めてくれるのです。そして、ポピュリズムの垂れ流し的なことを拒絶するようになるのです。まだ小さな実験ですが、私はこれこそが民主主義の基本だと思います。すでに「判定人」経験者は6,300人になりました。こうした人がどんどん増えていけば、トランプ現象的な過激な動きに対する抵抗力ができ、日本の民主主義ももっと良くなると期待しています。

政治の根幹は「人の幸せとは何か」

政治の根幹は人の幸せとは何かです。経済成長は人を幸せにするはずのものであって、自由化はそのための手段のはずでした。ところが、手段が目的になってしまいました。冒頭に引用した、大平元総理の言葉は、それをもう一度考えるべき時期に来ているというものです。トランプ現象、Brexitはそれが私たちにつきつけられているということだと思います。

構想日本 代表

大蔵省で、証券局、主税局、国際金融局、財政金融研究所などに勤務した後、1997年4月、日本に真に必要な政策を「民」の立場から立案・提言、そして実現するため、非営利独立のシンクタンク構想日本を設立。事業仕分けによる行革、政党ガバナンスの確立、教育行政や、医療制度改革などを提言。その実現に向けて各分野の変革者やNPOと連携し、縦横無尽の射程から日本の変革をめざす。

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