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アカデミー賞、ユン・ヨジョンにブラピの匂いを聞く失礼、黒人俳優の混同…無意識な人種差別こそ反省すべき

斉藤博昭映画ジャーナリスト
受賞の喜びに浸っている時に、ブラピの匂いをかいでいると思われてたなんて…(写真:REX/アフロ)

オスカー受賞の俳優(女性)に対し、像を渡した俳優(男性)がどんな匂いを放っていたか質問するーー。

あまりに下品ではないか。しかし実際に第93回アカデミー賞のバックステージでは、そのようなやりとりが行われたことをVarietyなどが報じ、一部で批判の声も上がっている。

今年のアカデミー賞では、アジア系女性監督の初受賞など何かと「多様性への強い意識」が伝えられている。俳優の候補者が白人のみで大きな批判にさらされた第87回(2015年)、第88回(2016年)の反省から、アカデミー協会は会員の人種の多様化、そして性別の適切なバランスを進め、今年は候補者20人のうち、9人がアフリカ系、アジア系の「非白人」が占めるに至った。『ノマドランド』のクロエ・ジャオ監督の受賞は、その象徴でもあった。

白人の俳優だったら、同じ質問をしていたのか?

しかし冒頭のような質問が出たと聞くと、現場での無意識な人種差別の感覚を再認識せざるをえない。

助演女優賞を受賞したユン・ヨジョンに対して、「(プレゼンターの)ブラッド・ピットは、どんな匂いがしましたか?」という質問は、直接的ではないにしろ、どこかアジア系を差別しているような、またはセクハラ的な印象を受ける。

これが、たとえば相手がメリル・ストリープだったら、このような質問を投げかけられるのか? または若い女性の俳優だったら、どうだろう? いろいろと考えさせられる。あるいは、それは考えすぎかもしれない。ただ、オスカーを受賞したばかりの相手への敬意が、あまり感じられないのは事実だ。まるでユン・ヨジョンが、オスカーを受賞し、ブラッド・ピットに寄り添えたことが幸せだと、勝手に思い込んでいるようでもある。何となくだが、アジア系俳優を「下に見ている」印象が伝わる。この質問をしたのが、アフリカ系の女性ジャーナリストというのも、また複雑。無意識な人種差別の感覚を考えさせられる。

そもそもこの質問に何と答えるべきなのか?「やっぱりブラピは、いい匂いがしました」とか、「イケメンでも匂いはオジサンでした」などという答えを期待したのだろうか?

質問に対するユン・ヨジョンの答えは、「匂いは嗅いでません。私は犬じゃないから」。この切り返しがまた素晴らしく、そこを絶賛する人も多く、むしろユン・ヨジョンの株は上がった。しかし誰もがこうした答えをすぐに出せるものではないだろう。

一瞬の間違いに、根深い差別意識が反映した?

同じようにバックステージが凍りついた瞬間として報道されているのが、助演男優賞受賞のダニエル・カルーヤに対する、「レジーナの演出はどうでしたか?」という質問。レジーナとは、レジーナ・キングのことで、やはり助演男優賞候補だったレスリー・オドムJr.が出演した『あの夜、マイアミで』の監督だ。つまり質問者は、カルーヤとオドムJr.を勘違いしたのかも……というわけ。問題になったのは、この質問をしたのが、ハリウッド外国人映画批評家協会(HFPA)のジャーナリストだったこと。HFPAはアカデミー賞の前に、メンバーにアフリカ系(黒人)がゼロという事実を猛烈に批判され、さらにアフリカ系のスターが出演している映画の取材を、意識的に避ける傾向にあるという疑惑なども浮上しただけに、今回の一見、些細な問題も、無意識な人種差別の根の深さをあぶり出した、とも捉えられたのだ。

(この動画の4:45あたりに問題の質問が出てくる)

質問を受けたダニエル・カルーヤが一瞬、キツネにつままれたような表情になったことで、記者も気づいたのか、質問し直していたし、授賞式の翌日に記者はツイッターで、「レジーナ・キングが監督賞にノミネートされなかったことをどう思うか聞きたかった」と弁明している。おそらく質問の際に、一瞬、2人の黒人俳優を混同してしまったのではないかと思われ、「黒人俳優の顔は識別できないのか」という批判にさらされた。

これも無意識の人種差別の一例かもしれない。

俳優部門4人がすべて「非白人」となる可能性もあったが…

「白すぎるオスカー」への反省が生かされ、今年のアカデミー賞は演技賞の4人が、すべて「非白人」になる可能性もささやかれた。重要な前哨戦の全米映画俳優組合賞(SAG)がアフリカ系3人+アジア系1人という異例の組み合わせだったからだ。しかし結果的に、主演女優賞はフランシス・マクドーマンド、主演男優賞はアンソニー・ホプキンスとなり、アフリカ系1人+アジア系1人+白人2人という、むしろ人種のバランスのとれた顔ぶれとなった。

授賞式のクライマックスとなった主演男優賞が、大方の予想であったチャドウィック・ボーズマンではなく、アンソニー・ホプキンスに渡ったことで、直後に「結局、最後は白人のベテラン俳優が取って幕を閉じるのか」という批判の声もあったが、それはそれで人種差別発言であるだろう。アフリカ系というだけで受賞が優先されるのなら、人種問題以前に「賞」への冒涜にもなってしまう。

今年のアカデミー賞に至る賞レースを『マ・レイニーのブラックボトム』『あの夜、マイアミで』、その他もドキュメンタリーを含め、アフリカ系の抱える人種問題を痛切に描いた作品が席巻したが、これは個人的な意見として、正直、映画として過大評価されていた気もする。もちろんテーマは今の時代に強く訴求し、そうした作品が時代を反映するアカデミー賞にはふさわしいのではあるが……。その意味で、演技賞4人のバランスは偶然の産物とはいえ、過剰さへの揺り戻しがあった気もする。

もちろん、先のダニエル・カルーヤに質問した記者から連想されるように、非白人ということで正統な評価を受けてこなかった作品、俳優、クリエイターは過去に多数存在したのは事実。社会を映す鏡として、その点をアカデミー賞が反省することは大切であり、それはジェンダーでも同じことが言える。そしてその反省は、ここ数年、良き方向に生かされているとも感じる。この流れが自然となることで、人々の無意識下の差別感覚も消えていくと信じたい。

今後も正当な評価を続けながら、アカデミー賞は未来を切り開いていくだろう。

喜びを分かち合う今年の俳優部門の3人。左から助演女優賞のユン・ヨジョン、助演男優賞のダニエル・カルーヤ、主演女優賞のフランシス・マクドーマンド。主演男優賞のアンソニー・ホプキンスは欠席。
喜びを分かち合う今年の俳優部門の3人。左から助演女優賞のユン・ヨジョン、助演男優賞のダニエル・カルーヤ、主演女優賞のフランシス・マクドーマンド。主演男優賞のアンソニー・ホプキンスは欠席。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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