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ハリウッド、えげつない? 水原一平事件ドラマ化の迅速さ。過去の同じような例は。やはり日本とは違う!?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
2024年、ソウルでの開幕戦での2人(写真:ロイター/アフロ)

大谷翔平選手の元通訳・水原一平による事件がドラマ化されることが発表され、物議を醸している。このタイミングでの対応はあまりにスピーディだが、いかにもアメリカのエンタメ界らしい。

ただ現段階では企画開発が決まっただけ。脚本にも着手されていないようなので、実質的な製作時期、および完成はまだまだ先。脚本やキャスティングなどを考えれば、どんなに早くても1〜2年くらい後になるだろう。そもそも本当に企画が順調に進むかどうかも定かではない。映像化のためにクリアされるべき問題も多いと考えられるからだ。

実際に起こった事件の映画化、ドラマ化はアメリカに限らず、どの国でも日常的に行われているが、やはりハリウッドはイチ早く着手する傾向がある。ある程度、過去に遡って実話ネタを掘り起こすケースも多いが、ほとぼりが覚めるのを待ち、様子見しているうちに、どこかに作られてしまうのを避けたい思惑も強く感じる。

そしてハリウッドは、悲劇やスキャンダルの類の実話映像化に積極的な印象がある。しかも日本と違って、モデルとなった個人や企業が実名で登場するのが常識になっている。今回のニュースの反響の中には「フィクションの人物に変更して描くのでは?」や、「大谷の承諾は得られるのか?」というコメントも見られるが、通常のパターンで作られるなら、事実に則し、実名の役が登場、そのうえでフィクショナルなドラマになることが予想される。

たとえば最近の例では、信じがたい数の性暴力で逮捕された、ハリウッドの有名プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの事件。#MeTooのうねりを生んだことで知られる。2017年にニューヨークタイムズが暴いた経緯が、『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』として映画化された。全米での公開が2022年なので、およそ5年後。映画は、記者たちが性暴力被害に遭った女性たちへの取材を重ね、記事を差し止めようとするワインスタイン側からの抗議も盛り込むという、相当に突っ込んだ内容になっている。当然、ワインスタインは実名で登場。はっきりと顔が見えるシーンは少ないものの、本人と風貌が似ている俳優が起用された。事件の映画化なので、ワインスタインの「承諾」が必要だったとは考えられない。

また、2019年全米公開の映画『スキャンダル』では、FOXニュースのCEO、ロジャー・エイルズの長年のセクハラ事件を再現。一連の事件が露見されたのが2016年で、その当時をドラマの起点にしていることを考えると、かなり素早い映画化といえる。セクハラを告発したキャスターや、CEOのエイルズら登場人物は、もちろん実名。ただエイルズは2017年に亡くなっている。

この『スキャンダル』はライオンズゲートの製作。今回の水原事件のドラマ化と同じ会社である。

また実際の詐欺事件の映画化といえば、2008年、ウォール街の実業家が顧客たちを標的に虚偽取引を行い、650億ドルも破綻させた事件を、ロバート・デ・ニーロ主演で描いた2017年の『嘘の天才 史上最大の金融詐欺 ウィザード・オブ・ライズ』や、若きコンサルタントが金持ち子弟を相手に投資詐欺をして殺人事件にも発展した1980年代の実話を2018年に映画化した『ビリオネア・ボーイズ・クラブ(原題)』などいくつもあり、実際の詐欺スキャンダルは、ハリウッドにとって大好物なのもよくわかる。

一方、日本ではスキャンダラスな事件を映画化、ドラマ化する場合、登場人物や企業の名前をあえて変更するケースが多い。日本航空をモデルにした『沈まぬ太陽』は国民航空と名前が変えられ(原作の時点でそうだった)、福島第一原発事故を再現した『Fukushima 50』ですら、 社名は東都電力だった。同作のプロデューサーは「亡くなった人はともかく、存命中の人を本名で出すことに躊躇した」と語っている。

最近の例では、安倍元首相殺害の山上徹也容疑者をモデルにした『REVOLUTION+1』でも主人公の名前は川上哲也だった。作品としてはチャレンジングでも、実際の衝撃的事件を扱うと、日本の場合「微妙に変える」のが常識となっているのだ。さまざまな立場の人への気遣いの表れのようで、日本らしい文化ではあるが、その感覚で今回の水原事件のドラマ化のニュースを聞くと、違和感をもつ人が多いのは当然だろう。

大谷選手に「余計なストレスを与えてほしくない」という思いが、コメントに多く見られる。

このドラマがどのような脚本になり、どんな人物として表現されるのか。エンゼルスやドジャースという球団名は、そのまま使われるのか。ハリウッドの映画やドラマの常識をふまえれば想像はつくのだが、モヤモヤを抱えながら企画の進展を見守る人もたくさんいることだろう。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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