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「実寸大の間取り図」がモデルルーム?マンションの売り方が戸惑うほどに変わりはじめた

櫻井幸雄住宅評論家
3LDKタイプの住戸間取り図を実寸大で表現した“モデルルーム”。筆者撮影

 販売センターの2階に上がると、広いスペースに間取り図が描かれている。リビングダイニングが約10.7畳で、キッチンは約3.2畳。洋室(1)は約6.0畳。線で描かれた洋室(1)部分に入り、うん、この広さならシングルベッドが2つ置けるねと見学者夫婦は顔を見合わせてにっこり……「するか!」とツッコミが入るところまで想像し、顔がニヤけてしまったのは「オーベル青砥レジデンス」の販売センター。戸惑うほど、いやいや笑ってしまうほど変わった販売方法だ。

あえて家具付きモデルルームをつくらない

 都内葛飾区の青戸5丁目に建設された同マンションは、昨年10月から販売を開始。建設地近くに販売センターを開設し、見学者を集めた。

 ここまでは、よくある新築分譲マンションの売り方。ところが、この販売センターには今までにない試みがあった。それは、新築マンション販売で一般的な「家具付きモデルルーム」をつくっていないことだ。

 正確にいうと、モデルルームはある。が、そのモデルルームは普通ではない。

 まず、入り口に「VR MODEL ROOM」の表示がある。バーチャルリアリティを利用したモデルルームの意味だ。

VRで使用するヘッドセットをデザイン化した「VRモデルルーム」の表示。筆者撮影
VRで使用するヘッドセットをデザイン化した「VRモデルルーム」の表示。筆者撮影

 中に入ってみると、前述したとおり、床に実寸大の間取り図が描かれているだけ。しかし、VRの技術を駆使しているため、VRヘッドセット(VRゴーグルともいう)を付けて、間取り図の上に立てば、家具を置いた仮想の室内が見える仕組みになっている。

VRヘッドセットを装着すると、このような仮想空間が見える、と説明してもらった。壁のモニターに映し出されているのが、VRヘッドセットで見える画像の例だ。筆者撮影
VRヘッドセットを装着すると、このような仮想空間が見える、と説明してもらった。壁のモニターに映し出されているのが、VRヘッドセットで見える画像の例だ。筆者撮影

 実寸大間取り図に描かれた足のマーク上でVRヘッドセットを装着すれば、実際の生活が始まったときの室内を見まわすことができる。だから、一般的な家具付きモデルルームをつくっていないのだ。

 VR技術を活用して住戸内を見せるマンション販売センターはこれまでにもあった。しかし、家具付きモデルルームを一切つくらなかった例は、私が知る限りない。また、3LDKの間取り図を実寸大で描いた販売センターも今までなかった。

 2つの点で、画期的なマンション販売センターとなるわけだ。

 VRヘッドセットで見る映像はアニメっぽさがなく、リアルな感じが高まっている。それでも、住戸全体の広さはわかりにくいだろう、と間取り図を実寸サイズにして、販売センターの床に展開した。間取り図の上を歩きまわることで、実際の広さを感じる仕掛けが新鮮だし、楽しい。

 一方、販売センター内には本物のシステムキッチンも置かれており、ガスコンロや食器洗い乾燥機、スライド収納の操作感や手触りを試すことができるようになっている。

 この実物「システムキッチン」の部分で、多くの時間を過ごす女性が多いという。やはり、キッチンではいろいろなところを触り、動かしてみたいのだろう。

販売センターの一画に置かれたシステムキッチン。やはり、キッチン設備は、触って、動かしてみたい。筆者撮影
販売センターの一画に置かれたシステムキッチン。やはり、キッチン設備は、触って、動かしてみたい。筆者撮影

 すべてをVR化するのではなく、感触や広さなどを実感したいところは本物や本物の大きさが用意されているわけだ。

 「オーベル青砥レジデンス」を開発した大成有楽不動産によると、モデルルームをVR化することのメリットは多いという。

多くの住戸内を見てまわることができる

 モデルルームをVR化することのメリットで、最も大きいのは複数の住戸内を見ることができることだ。

 通常、マンションの販売センターに設置される家具付きモデルルームは1タイプのみ。総戸数が500戸を超えるような大規模マンションであれば、モデルルームを2つ3つ設置することがあるが、それは希だ。加えて、2つ以上のモデルルームをつくる場合、1つは高額住戸となり、多くの人にとって購入対象外となってしまう。

 その点、「オーベル青砥レジデンス」は総戸数49戸の規模なのに、VRの活用で4タイプもの住戸内を見ることができる。家具付きモデルルームをつくる費用で、4タイプのVRを制作できるわけだ。

 これは、いろいろなタイプの住戸を見て検討したい、と考える人にとってうれしい仕組みとなる。

 同マンションの販売センターでは、建物の完成予想模型もつくらず、モニター画面に映し出す手法をとっている。

 精巧で大きな模型をつくっても、販売終了後に廃棄せざるを得ない。そのムダを指摘する声は不動産業界に以前からあった。

 だから、模型をなくし、VR技術を活用して建物完成予想の映像をつくるケースはここ数年不動産業界に広まっていた。

 建物のVRはデータ化した設計図面からつくりやすいので、制作費用を節約できる。加えて、できあがったVRのデータはのちのち大規模修善やリフォームに活用する途があるため、購入者の役にも立つ。

 利点が多いため、マンションの販売センターは積極的にVRを利用する方向に進んでいるわけだ。

 その最先端事例となる「オーベル青砥レジデンス」は、昨年10月から販売が開始され、全49戸のうち45戸がすでに契約済み。9割以上の住戸が売れてしまった。

 販売好調なのは、VR活用の成果なのだろうか。

もともと、人気マンションが出やすい場所

 「オーベル青砥レジデンス」の販売センターでVRモデルルームを見た人は、これまで320組ほどに及んでいる。

 そのうち、VRになじめないという声を漏らしたのは7、8組のみ。VRだけでなく実物のモデルルームも見たかったと残念がったという。なかには、VRだけでは検討できないと帰ってしまった見学者がいたのも事実だ。

 それでも、多くの見学者がVRモデルルームを受け入れた。ただし、「VRが気に入って、このマンションを買うことにした」とはならなかった。同マンションの契約者が高く評価したのは、別の点だった。

 それは、立地と間取り、価格だ。

 建設地の青戸エリアは、葛飾区内で人気の高い住宅地。落ち着いた住宅ゾーンが形成されており、地元での評価が高い場所だ。そのなか、「オーベル青砥レジデンス」は京成本線・押上線青砥駅から徒歩7分で、3LDKと4LDKの構成。専用庭付き3LDKが5778万円からの価格で販売されている。

 23区内で、駅徒歩7分、3LDKが6000万円未満……この3要素で好調に売れたというのが、本当のところ。マイホーム購入で大事なのは、立地のよさと間取りの使いやすさ、そして価格の手頃さであるため、3つが購入の決め手になるのは、当然だろう。

 モデルルームは購入の決め手にはならない。が、見ずに購入を決断することも、またできない。多くの購入者にとって、モデルルームを見るのは、マイホーム購入の楽しみでもある。

 VRを活用すれば、そのモデルルームを複数見ることができ、比較検討ができる。そのメリットが喜ばれる時代になってきた、ということだろう。

 「オーベル青砥レジデンス」は5月に建物が完成しており、7月からは実際の住戸を見せ(平日のみ予約見学が可能)、残っている4戸の販売が行われることになっている。この4戸は、住戸内に家具や電気製品などを入れる計画はないという。素の状態を見せて販売が継続し、家具付きモデルルームは最後までつくらない予定である。

 新築分譲マンションは、家具付きモデルルームを見て購入を決める、というのが、これまでの常識。一方で、家具付きモデルルームには、本当は付いていないオプション設備が多く、紛らわしいという声は昭和の時代からあった。

 VR活用で、その紛らわしさがなくなれば、マンションの売り方がよい方向に進んでいることになる。

 新築分譲マンションの売り方は、最新技術で大きく変わりはじめている。

住宅評論家

年間200物件以上の物件取材を行い、全国の住宅事情に精通。正確な市況分析、わかりやすい解説で定評のある、住宅評論の第一人者。毎日新聞に連載コラムを持ち、テレビ出演も多い。著書多数。

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