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『おわりとはじまり』は日本の“新しい波”の始まりなのか⁉[聴く]気になる…memo

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
タイトル画像(筆者作成)

『おわりとはじまり』は、ヴォーカリスト、作曲家、パーカッショニストという肩書きでボーダレスな活動を続けるNobie(ノビー)と、ラテンにとどまらずジャズからポップスのフィールドにわたって活動するギタリスト馬場孝喜の2人を軸に、ゲストや多重録音、日本詞によるイメージを織り込みながら、お互いの音楽観を広げていくなかでまだ塗り残されている場所を見つけ、色をつけていったような印象を受けた作品だった。

全11曲中、カヴァーは4曲。2曲を取り上げたゴンザギーニャは1945年生まれのブラジルの歌手、作曲家で、ブラジリアン・ポピュラー・ミュージックに多大な功績を残した人。

もう1曲のマリオ・アヂネーは1957年生まれのブラジル・リオデジャネイロ出身。ボサノヴァのオリジネイターであるアントニオ・カルロス・ジョビンのギタリスト&アレンジャーを務めたボサノヴァを継承する第一人者だ。

残りの1曲は、ビバップのオリジネイターであるセロニアス・モンクの曲。

オリジナル7曲のうち3曲ずつをそれぞれが書き、1曲は2人の共作、という構成になっている。

ちなみに馬場孝喜の3曲とセロニアス・モンクの〈エヴィデンス〉、マリオ・アヂネーの〈ペドラ・ボニータ〉でNobieはヴォイス(スキャット)によるパフォーマンス、それ以外の6曲は日本語による歌唱(ゴンザギーニャの〈E〉と〈Feliz〉はブラジル文学者の福嶋伸洋による訳詞)となっている。

♬ Nobieと馬場孝喜とは

Nobieは福岡出身で、2歳からヴァイオリン、7歳からピアノを習うほか、幼少からブラック・ミュージックに親しんで育つ。

東京大学薬学部薬学科に進み、在学中からブラジル音楽に目覚めて、ルイザオン・マイア(1960年代からプロ活動を始め、1970年代から80年代にかけてセッション・ミュージシャンとしてMPBに欠かせない存在と言われたベース奏者)のバンドに誘われてフロント・シンガーを務める。

卒業後は薬剤師&シンガーとして活動を開始。

2008年にはブラジルのポスト・ボサノヴァ・シーンを代表するギタリスト&シンガーのトニーニョ・オルタのアルバムに参加し、2010年のトニーニョ・オルタの日本ツアーに同行している。

2011年に1stアルバム『Primary』、2018年にリオネル・ルエケ、トニーニョ・オルタ、馬場孝喜のギタリストたちを迎えたアルバム『ベナン-リオ-トーキョー』をリリースしている。

馬場孝喜は京都府出身で、ギターを始めたのは中学時代。

2004年にニューヨークからブラジルを巡り、ギタリストのビリーニョ・テイシェイラ(リオ・ジャズ・オーケストラ、ショーロ・ナ・フェイラに参加)に師事してブラジル音楽に傾倒。

2005年にギブソン・ジャズギター・コンテストで最優秀ギタリスト賞を受賞。

2013年に1stアルバム『GRAY-ZONE』をリリース。

石川早苗、小林鈴勘とのtrigraph、寳子久美子、堀秀彰、清水翠、加藤真一といった面々との作品を輩出するほか、由紀さおり、May J、渡辺真知子のコンサート・メンバーも務めるなどジャンルを超えた活動を展開している。

♬『おわりとはじまり』私論

Nobieと馬場孝喜のコラボレート作品「おわりとはじまり」は、 Nobieの『ベナン-リオ-トーキョー』の延長線上にあるように見える。

『ベナン-リオ-トーキョー』は、西アフリカのベナン共和国出身のリオネル・ルエケ、ブラジル出身のトニーニョ・オルタ、馬場孝喜という新旧3人のボーダレスな活動を展開するギタリストとともに取り組んだ、“声と6弦のタペストリー”とでも表現したくなる玄妙な作品に仕上がっていた。

もちろんそこに馬場孝喜の名前があるから本作との関連を考えるわけなのだけれども、だとすれば本作が「前作からリオネル・ルエケとトニーニョ・オルタを引いてゲストを足す」ではなく、Nobieと馬場孝喜のプロジェクト第2弾と考えてもいいのではないか、ということだ。

それは恐らく、Nobieをシンガーとして促えている場合のモヤモヤとした気持ちを払拭するために必要な手順だったりするのではないかと思うのだ。

ボクがNobieを意識するようになったのは、加藤真一率いるB-HOT CREATIONSが2012年にリリースした『B-HOT CREATIONS!』だった。

このアヴァンギャルドなユニットは残念ながらレコ発直後に解散してしまったのだけれど、ライヴを観たときにも感じたあのアヴァンギャルドさはなんだったのだろうと思い返してみたときに、“一丸”とは逆のベクトル、すなわち“いかにお互いが譲歩しないままで合奏できるのか”というフリー・ジャズや数学的アプローチの現代音楽とは異なる、ポピュラリティをゴールに掲げた音楽をまとめようとしていたのではないかという推測に至ったのである。

ポピュラリティは“聴きやすさ”と言い換えてもいいが、そうした“聴きやすさ”の裏には抽象的な表現手法でしか発露できないマテリアルがあり、二層構造によってようやく音楽と認識されうるアプローチへと昇華されることを模索していたのではないかと思う。

こうして“声”によるインプロヴィゼーションの可能性を広げていったNobieが、広がりすぎて輪郭線が曖昧になりすぎるのを(つまりわかりにくくなることを)防ぐために選んだのが、馬場孝喜のギターだったのではないか。

スペースを埋めすぎず、空いたところにすかさず絶妙な一手を打って全体のバランスを締める、というような馬場孝喜のセンスが、リオネル・ルエケやトニーニョ・オルタの個性をより際立たせ、それによってNobieが泳ぎ回ることを可能にしたからこそ生まれたのが前作であり、そのプロセスを種明かしするように発展させたのが本作ではないか、というのが第2弾という仮説の建てつけになる。

そこで気になるのはゲスト参加している面々ということなのだけれど、田中信正は前述のB-HOT CREATIONSの共演から、片倉真由子は太田朱美とのトリオles KOMATISの共演からこのプロセスへの転用が可能かを試した結果だったのではないかと推測する。

もちろんその選択が上々であるからこそのO.K.テイクではあるのだけれど、もう少しうがった見方をするとすれば、アルバムというアソートなパッケージのなかに置いた場合の作品としての完成度を俯瞰して見てみたかったのではないか──などと、興味は尽きない。

なにがおわりで、なんの"はじまり"なのか......。

Nobieと馬場孝喜の2人の動向を注視しなければならなくなってしまったなぁ。

♬ 『おわりとはじまり』information

アルバム『おわりとはじまり』ジャケット写真(提供:F.S.L.)
アルバム『おわりとはじまり』ジャケット写真(提供:F.S.L.)

演奏者:Nobie(vocal), 馬場孝喜(guitar)

additional musicians:田中信正(piano #5), 片倉真由子(piano #4,10), コモブチキイチロウ(bass #4,10), 岡部洋一(percussion #2,4,10)

Produced by Nobie & 馬場孝喜

Recorded at 神奈川工科大学 Sound Creative Studio (2022年6月)

Recording Engineer, 加藤 明

Recorded(Introduction & Resto de Besta), Mixed & Mastered at amp'box Recording studio

Recording, Mixing & Mastering Engineer, 山田ノブマサ (amp'box Recording studio)

Art direction & Designed by 吉田 三枝

Commented by 徳永 伸一

manufactured by F.S.L.

2023年6月14日(水)リリース FSCJ-0024 2,750円(税込)

https://bowz.main.jp/fsl/0024/index.html

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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