Yahoo!ニュース

【体操】名門で磨いた技と情熱が武器 岩崎夏芽(バディ塚原体操クラブ)が目指すパリ五輪 #体操競技

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
バディ塚原体操クラブからパリ五輪を目指す岩崎夏芽(撮影:矢内由美子)

1974年の発足以来、24人のオリンピック選手を輩出し、今年3月に半世紀近い歴史の幕を閉じた朝日生命体操クラブ。世界を夢見て名門クラブで技を磨き続けた情熱を、新たな所属クラブでも燃やし続けている選手がいる。

朝日生命体操クラブの閉鎖後、コーチングスタッフらとともに移籍した「バディ塚原体操クラブ」で研鑽を積んでいる20歳の岩崎夏芽(いわさき・なつめ)だ。

跳馬の「ユルチェンコ2回ひねり」を武器とし、今年6月の全日本種目別選手権で5位になった実力の持ち主。パリ五輪出場を目指して体操に打ち込む岩崎を取材した。

2022年全日本種目別選手権で跳馬の演技をする岩崎夏芽。2022年は7位だったが2023年は5位に順位を上げた
2022年全日本種目別選手権で跳馬の演技をする岩崎夏芽。2022年は7位だったが2023年は5位に順位を上げた写真:西村尚己/アフロスポーツ

■全日本種目別選手権の女子跳馬で5位

スッと伸びた背筋に、小さな顔。遠目にも目を引く華やかさと、抜群のバネが岩崎の持ち味だ。

6月に行われた全日本種目別選手権。各種目のスペシャリストたちによる国内最高峰のこの大会に、岩崎はバディ塚原体操クラブの所属選手としてただ1人、出場を果たした。

種目は跳馬。1本目にDスコア4.4の「伸身カサマツ」、2本目にDスコア5.0の「ユルチェンコ伸身2回ひねり」を成功。3位と0.166差の5位と健闘した。

体操を始めたのは5歳の頃。きっかけを尋ねると、「ちょっと恥ずかしいんですけど」と茶目っ気のある笑み。「小さい頃の私は、転ぶ時に手が出なくて顔から行っていたんです。運動神経が悪いのを母親が心配して…」

体操教室に入ると毎日が楽しく、すぐに体操にのめり込んでいった。より高いレベルで体操をしたいという希望を持ち、朝日生命体操クラブに移ったのは小4の時。しかし、最初の1年あまりは強化選手たちのチームに入れず、一般の体操教室で練習を続けていた。

すらりと伸びた背筋と手足が美しい。取材は東京都世田谷区のバディ塚原体操クラブで行った(撮影:矢内由美子)
すらりと伸びた背筋と手足が美しい。取材は東京都世田谷区のバディ塚原体操クラブで行った(撮影:矢内由美子)

■塚原直也氏が見抜いた才能

当時、朝日生命体操クラブの指導スタッフには、アテネ五輪団体金メダリストである塚原直也氏や、女子選手指導の第一人者で日本体操協会の女子強化本部長を務めていた塚原千恵子氏がいた。

岩崎は一般教室から強化選手チームに移るためのオーディションに参加。1度目は不合格だったが、2度目に受けた時に、直也氏が「足の強さと体操選手らしい容姿がある」と素質を見抜き、合格した。

それからは基礎の見直しと新たな技の習得に邁進する毎日が始まった。

「中学に上がってから本格的に技をやりました。補強はきつかったけど練習は楽しかったです」

岩崎は、ミスをしないコツを教えるのが得意な千恵子氏と、新たな技への挑戦を積極的に後押ししてくれる直也氏の指導で少しずつ伸びていった。得意種目は跳馬とゆか。高校1年生の頃には全日本団体選手権に出場する団体メンバーに入るようになった。そして、21歳で迎えるパリ五輪出場を目標とすることを決めた。

明るい性格の岩崎夏芽(撮影:矢内由美子)
明るい性格の岩崎夏芽(撮影:矢内由美子)

■朝日生命体操クラブ消滅で「バディ塚原体操クラブ」へ

ところがまさかの激震が走った。2022年4月の全日本個人総合選手権の大会当日。朝日生命が2023年3月に体操クラブを廃部とすることがニュースとなって流れた。

「話を聞いた時はもちろんビックリしました。当たり前にあったものがなくなってしまうのか、と」

しかし、岩崎には確信めいた思いがあった。

「千恵子先生たちなら絶対にその後のことを考えてくれていると思いましたし、実際にそうでした」

朝日生命からクラブの運営を任されていた塚原氏は、2022年1月に水面下で会社から廃部を通達されると即座に次の道を模索し、手を打った。そして、新たな移籍先としてバディ体操クラブと組み、「バディ塚原体操クラブ」として再スタートすることを決定。東京・八王子にある室内サッカー施設を改修して仮の体育館とする手はずも整えた。長年培ってきた人脈を活かし、ピットのある本格的な練習場も確保した。

4月に廃部のニュースが流れるとすぐに選手や保護者たちへの説明会が開かれ、岩崎は迷うことなく「バディ塚原体操クラブ」への移籍を決めたという。

現在、岩崎は東京女子体育大学の体育館に週4日、日本大学の体育館に週3日通い、練習をしている。

「私は選手として体操をやると決めた時から千恵子先生にお世話になっています。だから廃部のニュースが流れた時も、最後まで千恵子先生にお願いしようと思いました。両親も同じ考えでした。それに、練習で補助をしてくださるコーチはやはり信頼している先生じゃないと怖い。スタッフも変わらずバディの方にそのまま行きますよという説明を受けたので不安はありませんでした」

「小さい頃は運動神経が悪かった」と言う岩崎夏芽だが、幼稚園でひたすら逆上がりの練習をして見事に習得したという(撮影:矢内由美子)
「小さい頃は運動神経が悪かった」と言う岩崎夏芽だが、幼稚園でひたすら逆上がりの練習をして見事に習得したという(撮影:矢内由美子)

■直也氏とともにつくりあげた「ユルチェンコ伸身2回ひねり」

岩崎には、「何もできなかった私に技を一から教えてくださり、ここまで育ててくださったのが千恵子先生や直也先生です」という感謝の思いがある。

特に、跳馬の高難度技である「ユルチェンコ伸身2回ひねり」を一緒に作り上げてくれた直也氏との日々は心に焼き付いている。

「ロンダートからロイター板を踏んでジャンプするところだけを何度も何度も練習するところから始まり、一段階ずつ作り上げていきました。自分ではどうやって技をやるのか分からなくても、直也先生が言葉に置き換えて丁寧に教えてくれたことで、出来るようになりました。私が疑問に思うことがあっても、まずは耳を傾けてから注意点を授けてくれるのが直也先生。上から押さえつけられることがなかったことで、どんどんやりたくなっていったのだと思います」

ユルチェンコ伸身2回ひねりは中3から練習を始め、高校1年生の12月の全日本団体で初めて実施。今では最大の武器となっている。

岩崎夏芽は日本女子体育大学子ども運動学科の2年生(撮影:矢内由美子)
岩崎夏芽は日本女子体育大学子ども運動学科の2年生(撮影:矢内由美子)

■全日本シニア選手権で新たな構成にチャレンジ

岩崎は「目標はパリ五輪に出場することです」と目を輝かせて言う。

「そのためには来年4月の全日本選手権でまずは決勝に残らなければいけないので、初日の予選で24位以内に入ることが必要です」(岩崎)

その関門を突破した先に全日本個人総合選手権決勝があり、NHK杯がある。道のりは険しいが、夢を最初から諦めようというつもりはまったくない。

次の試合は9月9日の全日本シニア選手権。まずはここでゆかの冒頭にムーンサルトを入れて難度の高い構成をものにし、来年につなげようとしている。

「バディ塚原体操クラブでは大学生は私1人。一番年上の私が試合で結果を出せれば多くの方に応援してもらえると思うので、その応援が下の選手たちにいい影響を与えていければうれしいです。あまり背負いすぎず、でも私が頑張ることで下の子たちももっと頑張っていけるようになったらいいかなと思っています」

体操への真っ直ぐな情熱で、夢に向かって突き進もうとしている。

=================

◇岩崎 夏芽(いわさき・なつめ) 2003年7月6日、東京生まれ。バディ塚原体操クラブ所属。3歳でバレエ、5歳で体操を始め、小学生4年生の時に朝日生命体操クラブへ。5年生の1月から選手コースに入った。藤村中学、大智学園高校を経て、現在は日本女子体育大学子ども運動学科の2年生。小学3、4年生の時にEテレの「Eダンスアカデミー」に出演していた。身長156センチ。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

矢内由美子の最近の記事