【スピードスケート】挑戦を続ける髙木美帆に注目! 期待の若手も紹介
スピードスケート・ワールドカップ(W杯)の今季開幕戦が長野・エムウェーブで11月22日に開幕する。今季は2026年2月に開催されるミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪のプレシーズン。10月25日から27日までW杯開幕戦と同じ長野・エムウェーブを舞台に行われた全日本距離別選手権の結果を踏まえ、有力選手や期待の新鋭を、1976年インスブルック五輪、1980年レークプラシッド五輪に出場した川原正行氏の解説を交えて紹介する。
■新たな挑戦をしつつ前進している大エースの髙木美帆
五輪3大会で2個の金メダルを含む合計7個のメダルを獲得しているエースの髙木美帆(TOKIOインカラミ)。全日本距離別選手権では女子1000メートルで8連覇、同1500メートルで9連覇、同3000メートルは2年ぶり7度目の優勝を飾り、国内で変わらず敵なしの強さを発揮した。
2022年北京五輪の後、長年所属した日本体育大学を離れ、練習母体だったナショナルチームを離脱。2023年6月にTeam GOLDを結成し、独自路線で強化を続けてきた。
全日本距離別選手権での滑りは川原氏の目にどのように映ったのか。
「髙木選手ほどの実績がある選手にとっては、シーズン最初の国内試合では集中することがまず難しい。けれども彼女は1レース、1レース、よく集中して本来の滑りを見せていた。スケーティングは問題ないので、あとはレースに向けて精神面で良い準備をしていけば今季も大丈夫でしょう」
髙木はひとつの道具を長く使う選手として知られている。とりわけブレード(刃)に関しては新製品が次々と登場してきた中で、中学生の頃から北京五輪まで10数年間、同じブランドの同じ商品を使っていた。2019年に女子1500メートルの世界記録(1分49秒83)を樹立した時に使っていたのもそのブレードだ。記録は今も破られていない。
そういった背景がある中で、髙木は昨シーズンからブレードを「アイコン」という名称の製品に変えた。大きなチャレンジだ。
「アイコン」はどのような特徴を持つブレードなのか。川原氏はこう説明する。
「髙木選手が以前使っていたブレードも氷をよく噛むものだったが、アイコンはそれ以上にエッジがガッチリと氷に食い込んで引っかかりがいい。筋力の強い人、パワーのある人に向いているブレードと言える」
トップ選手が好んで使うブレードには、2015、16年頃から世界で急速に広まった「サファイヤ」という製品もある。小平奈緒さんが2018年平昌五輪で金メダルを獲った時に使っていたことでも知られるブレードだ。
サファイヤが短距離向きとすれば、アイコンは髙木が得意とする中長距離向き。ただ、繊細な感覚がものを言うスピードスケートにおいて、新たな道具を使いこなすには時間が必要だ。
川原氏は「出刃包丁と刺身包丁に例えると、切れ味は同じでも手の感覚は全然違う。スケートの刃もそれと同じで、使いこなすには慣れが必要だし、逆に言えば慣れれば問題はない」と語る。
髙木は全日本距離別選手権の時、「(ミラノ五輪まであと1年の)今季は新しいチャレンジをできる最後の年」と語っていた。これには川原氏も賛同する。
「今季は勝ちにこだわらず、アイコンに合わせた体重移動などを含めていろいろなことを試していると思う。積み重ねたものの上に新たに加えるものを選んでいるように見える」
髙木が見据える最大の目標はミラノ五輪の1500メートル金メダル。今季はその過程だ。
■女子長距離の星、堀川桃香は抜群のスタミナが武器
昨シーズン、急速に実力をつけたのが女子長距離のホープ、堀川桃香(富士急)だ。北海道・白樺学園高校3年で2022年北京冬季五輪に出場した逸材は、今季の全日本距離別選手権を迎えるに当たって「出場する全種目で優勝する」という高い目標を掲げていた。
結果としては、女子5000メートルと女子マススタートを制したものの、昨年のこの大会で4分3秒96の大会新記録をつくって初優勝した“本命種目”の女子3000メートルでは、4分7秒67で2位。優勝した髙木美帆に1秒61及ばず「スピードがついたと思っていたが、そこを出し切れなかった」と悔しがった。
この状況を川原氏はどう見たのか。
「堀川には抜群のスタミナという武器がある反面、以前はスケートを滑らせるというより走るようになってしまうのが弱点だった。昨シーズンの堀川はその課題を克服して、スケートを滑らせる技術が向上し、理想的なトレースを描けるようになった。10月の全日本距離別選手権では、直線の滑走で切り返しのリズムが少し速いように感じたが、まだシーズンが開幕したばかり。ここからどう立て直すか、期待して見守りたい」
堀川にとっては、全日本距離別選手権と同じエムウェーブで開催されるW杯でどのようなタイムを出せるかが、今季全般の出来をうらなうことになるだろう。
■大けがを乗り越えた新濱立也、メダリストの森重航 男子短距離陣は?
男子日本勢で最も世界トップに近いのは短距離勢。中でも男子500メートルには実力者がそろう。
好調ぶりが際立ったのは、10月の全日本距離別選手権で2位に大差を付ける34秒55で優勝した日本記録保持者の新濱立也(高崎健康福祉大職)だ。今年3月、ドイツで氷上練習中に転倒して腰椎を骨折。オフシーズンはリハビリや別メニュー調整が続いたが、その間に体幹や下半身のインナーマッスルを強化。余分な力が抜け、滑りが安定し、500メートルと合わせて2冠に輝いた男子1000メートルでは1分8秒33の国内新記録をマークした。
川原氏は「すべてリフレッシュした印象だ。昨季までは馬力でゴリゴリいっていたが、今季の滑りを見ると力が抜けていて良い感じになっている。コーナーリングでは氷を押す方向が良いし、膝の角度がすごく低くなってるので、これならアウトスタートの最後のインコーナーも回りきれると思う」と状態の良さを説明する。
北京五輪男子500メートル銀メダリストの森重航(オカモトグループ)は全日本距離別選手権では500メートルで新濱に次ぐ2位に食い込んだが、タイムは34秒98と平凡だった。川原氏の目にはどのように映ったか。
「森重選手のテクニックは天才的なものがあって、10月のタイムは平凡だったけど、コーナーの出口はさすがに上手だった。ワールドカップで転戦する時期に入ればレースを重ねる毎にスピード感が出てくると思うので、良くなっていくはず」
ワールドカップでは代表メンバー同士がトレーニングパートナーになるため、少年団時代からの先輩である新濱選手と一緒に滑ることもプラスに作用していきそうだ。
■注目したい期待の若手
近年、世界に迫る選手が増えてきている男子中距離勢。全日本距離別選手権男子1500メートルで北京五輪代表の一戸誠太郎(ANA)、小島良太(エムウェーブ)を抑えて2年ぶり2度目の優勝を飾ったのは野々村太陽(博慈会)だ。1000メートルでも1分8秒69の好タイムで新濱に続く2位に入った。
今春に専修大学を卒業し、髙木美帆や村上右磨(高堂建設)のいる「Team GOLD」に加入。実力のある外国勢も所属しているチームで刺激を受けながら練習し、伸びてきた。
大卒社会人1年目の男子には野々村のほか、日本大学を卒業して小平奈緒さんを指導した結城匡啓コーチに師事している倉坪克拓(長野県競技力向上対策)や、日本体育大学を卒業してナショナルチームで実力を磨いている森野太陽(青森県競技力向上対策本部)もいる。
女子短距離では昨シーズンから台頭してきている21歳の吉田雪乃(寿広)も個人強化路線でさらに力をつけている。