「肉山」問題の商標法的論点
「赤身肉の聖地"肉山"店名を巡る商標トラブル…"負けへんで"と意気込む名物オーナーと相手方の言い分」という記事を読みました。有名な飲食店プロデューサーが2012年にオープンした人気肉料理店の店名「肉山」と大手肉卸会社が使用している「肉山肉右衛門」とがかぶったことでもめているという話です。
飲食関係はどうも商標関係のもめ事が多いように思えます。対消費者のビジネスであり商標による自他商品識別機能の役割が強いこと、そして、もめ事になった時に印象に残りやすいということもあるでしょう。
「肉山」(登録5716739号)は2014年11月7日に「飲食物の提供」を指定役務として登録されています(その後、「飲食物の小売」「弁当」「食品の配達」等についても追加の登録が行なわれています)。「肉山肉右衛門」(登録5739795号)は2015年2月6日に「肉」「飲料」「飲食物の小売」「飲食物の提供」等を指定商品・役務として登録されています(先登録である「肉山」との類似を指摘されることなく一発登録されています)。
「肉山肉右衛門」の出願時に「肉山」の出願は公開されていましたので、出願前に類似先願を調査すれば発見できたはずです(また、「肉山」の商標の使用は2012年からなので存在を知っていてもおかしくはありません)。とは言え、意図的に寄せたのか、偶然の一致なのか、外部からはなかなか判断し難いところがあります(「肉山肉右衛門」は「骨川筋右衞門」というような言い回しのモジリと言えなくもないでしょう)。
以降では、ビジネス上の倫理の話とはまた別に、「肉山」側が商標法的にどのような対応が取れるかを検討してみます。「肉山肉右衛門」の商標登録を無効にできるかについてですが、結論から言うとちょっと難しいです。
第一に「除斥期間」という制度があります。これは時効のようなもので、商標登録から5年無事に経過すると、もう世の中で一定の信用を獲得したということで、それ以降は無効にできる理由がかなり制限されるという制度です(日本だけではなく海外でも同様の制度があります)。「肉山肉右衛門」の商標登録日は2015年で、もう5年経過していますので、今から、たとえば、「肉山肉右衛門」は先登録商標である「肉山」と類似しているので無効と主張することはできません(類似とされる可能性が低いと言うのではなく、そもそも主張することが認められない)。
第二に「後発無効」という考え方があります。商標登録出願を登録するか拒絶するかを判断する基準の時点は、まさにその査定の時点です(加えて出願時の状況も加味される条文もあります)。たとえば、「肉山肉右衛門」は「肉山」と何らか関係があるという消費者の混同を招くと主張したい場合(このケースですと上記の除斥期間によりどっちにしろ主張できないのですが、仮に登録から5年経過する前に無効審判を請求した場合で考えます)には、今現在(無効審判請求時点)で混同を招いているというのではダメで2015年時点で混同を招いていたであろうということを主張しなければなりません。
「除斥期間」も「後発無効」も関係ない無効理由としては「公序良俗違反」がありますが、これはよほど悪質なケースで審査官(審判官)が「これを登録したらいくら何でもまずいだろ」と思うような場合しか適用されません。
教科書的に言うと、「肉山」側は商標登録できたからといって安心することなく、その後も類似性が怪しい商標登録が行なわれないかをウォッチし、問題がありそうなケースがあればすぐに異議申立(無効審判)すべきということになります。ただし、現実的には大企業であれば別として、なかなか実行は困難でしょう(余談ですが、「モンスター」を含む商標登録出願がされると必ず異議申立をしてくるモンスターエナジー社について半分ネタ的に記事にしたことがありますが、これは、ブランド管理という点から言えば正しいアプローチと言えます。)
これからできる可能性があることとしては、不正競争防止法に基づく請求があります。不正競争防止法に基づく請求が認められれば商標登録をオーバーライドして差止めや損害賠償請求が可能です。しかし、それには、周知性+消費者の混同+類似という要件が必要になるので、TVCMを打っているような著名ブランドでもない限り、ハードルは高いです。