ギャラクシー賞「大賞」受賞記念 ドラマ「あまちゃん」研究 序説 短期集中連載 第1回
6月4日、東京・恵比寿のウエスティンホテル東京で、「第51回ギャラクシー賞」の贈賞式が開催されました。
ギャラクシー賞は、特定非営利活動法人・放送批評懇談会によって1963年に創設され、すでに半世紀の歴史をもつ放送界の大きな賞の一つです。テレビ、ラジオ、CM、報道活動など部門ごとに表彰が行われています。
審査を担当するのは、放送批評懇談会会員から選ばれた選奨事業委員会。一般的に、賞の決定を第三者に委託する顕彰制度が多い中で、放送批評懇談会の会員が一貫して審査にあたるギャラクシー賞は、賞としての独立性を維持しつづけていると言えます。
贈賞式当日、すでに公表されていた入賞作の中から、さらに選ばれた「大賞」と「優秀賞」が発表されました。
ギャラクシー賞の主軸となっているのが「テレビ部門」です。対象となるのは2013年4月から14年3月の1年間に放送された番組。応募数は287本、毎月選ばれる「月間賞」を得たものが46本で、総数333本。その中から、栄えある「大賞」に輝いたのがNHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」でした。
第51回ギャラクシー賞「大賞」受賞記念として、「あまちゃん」に関する考察を短期集中連載します。
ドラマ「あまちゃん」研究 序説
~なぜ視聴者に支持されたのか~
短期集中連載 第1回
1 はじめに
NHK「連続テレビ小説」とは何か。現在は朝8時(再放送は昼12時45分)から15分の長さで流されている連続ドラマのことである。通称「朝ドラ」と呼ばれる。元々モデルとされたのが新聞の連載小説であり、長大な物語を1日ずつ、細かく読者(視聴者)に提供していくスタイルを踏襲している。
朝ドラが開始されたのは1961年であり、すでに53年の歴史をもつ。第1作は獅子文六の小説を原作とする「娘と私」だった。66年に樫山文枝が主演した「おはなはん」で平均視聴率が45%を超え、視聴者の間に完全に定着した。当初、一つのドラマを1年間流す通年放送だったが、74年の「鳩子の海」以降は渋谷のNHK東京放送局と大阪放送局が半年交代で制作を担当するようになった。
朝ドラ88作目に当たる「あまちゃん」が放送されたのは、2013年4月から9月までである。半年間の平均視聴率は20・6%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)。放送当時、それまでの10年間では「梅ちゃん先生」の20・7%に次ぐ高い数字だった。
しかし反響はそれだけではない。新聞や雑誌で何度も特集が組まれ、ネットでも連日話題となった。関連CDがヒットし、DVDの予約は通常の10倍に達した。また、「あまちゃん」の放送が終了した時、その寂しさや欠落感で落ち込んでしまう人が続出するのではないかと言われ、「あま(ちゃん)ロス症候群」なる言葉まで生まれた。
では、なぜ「あまちゃん」は一種の社会現象ともいえる広がりをみせたのか。それまでの朝ドラと何が違っていたのか。このドラマが支持された要因を探ってみたい。
2 ドラマ「あまちゃん」の構造分析
「あまちゃん」の基本構造には4つの大きな特徴がある。(1)アイドル物語、(2)80年代の取り込み、(3)異例の脚本、(4)秀逸なキャスティングである。以下、それぞれについて分析していく。
(1)アイドル物語としての「あまちゃん」
歴代のNHK朝ドラには、いくつかの共通点がある。まず、主人公が女性であることだ。いわゆる「一代記」の形をとったものが多い。その生涯を年齢の異なる複数の女優がリレーで演じることもある。次に、女性の自立をテーマとした「職業ドラマ」という側面をもつ。全体的には、生真面目なヒロインの「成長物語」という内容が一般的だ。
「あまちゃん」における時間設定は2008年から2012年までである。放送された2013年と地続きの4年間であり、主な舞台は2011年の震災と津波で被害を受けた東北だ。ドラマとはいえ、現実の場所と出来事をどう取り込むか、脚本作りは難しかったと推測される。
結果的に、脚本を書いた宮藤官九郎はこのドラマを笑いとユーモアに満ちた「アイドル物語」に仕立てた。それが宮藤の最大の功績だ。過去のヒロインが目指した法律家(「ひまわり」1996)、看護師(「ちゅらさん」2001)、編集者(「ウエルかめ」2009)などとは明らかに異質な、朝ドラから最も遠いと思われる職業、それがアイドルである。
しかし、アイドルを「人を元気にする仕事」と考えれば納得がいく。震災後、被災地となった北三陸の人々を元気づける「地元アイドル」というアイデアも秀逸だった。宇野常寛は「あまちゃん」が放送される1年前の2012年に、「AKB48白熱論争」の中で、東北に「復興のシンボルとしてAOB(あおば)48とか、すぐに作るべきだと思います」と述べている。
<1> 地元アイドル
2008年の夏に、ヒロインのアキこと天野秋(演じたのは能年玲奈、以下カッコ内は役者名)は、24年ぶりに帰郷する母・春子(小泉今日子)に連れられて、過疎地域である北三陸へとやって来た。祖母・夏(宮本信子)が住む春子の実家で、高校2年の夏休みを過ごすためだ。春子には思惑があった。一つは、地味で暗い性格であり、学校でも軽いいじめを受けていたアキを違った環境に置いてみたかったこと。もう一つは、夫である黒川正宗(尾美としのり)の神経質な性格が我慢できず、離婚を決意していたことである。
夏は海女であり、かつて春子を跡継ぎにしようとして拒否された経緯がある。アキは偶然海に飛び込んだことで海女に興味を持ち、その見習いとなった。北三陸の観光協会や北三陸鉄道の人たちは、過疎化対策、また地域振興を目的に、「ミス北鉄」コンテストを実施する。ミスに選ばれたのは地元で評判の美少女・ユイ(橋本愛)だった。このユイと海女のアキが、地元アイドル「潮騒のメモリーズ」を結成する。
2人が北鉄でウニ丼を売ったり、お座敷列車で歌ったりする活動はネットで流され、全国からファンが集まってくる。その人気に火が付くきっかけが、観光協会のサイトに置かれた2人の「動画」だという筋立ては、極めて現代的かつリアルなものだった。
またこのドラマでは、アキたち地元アイドルを軸に「町おこし」を図ろうとする物語展開の中で、全国各地の市町村が実際に抱えている諸問題を浮き彫りにしている。地域の過疎化、住民の高齢化、シャッター商店街、若者の雇用問題などだ。こうした社会的テーマや課題を、朝ドラが取り込んでいること自体が珍しいことであり、挑戦的な試みだった。
<2> グループアイドル
アキとユイは、本格的アイドルを目指して上京することを決める。ところが直前になってユイの父親が倒れ、アキは1人で東京へ。アイドルユニット「GMT47」に入る。
「AKB48」のAKBが「秋葉原」の略であるように、このGMTは「地元(じもと)」の意味である。プロデューサーの荒巻太一(古田新太)が全国の都道府県から1人ずつ地元アイドルを集め、グループアイドルとして売り出そうとしていたのだ。しかし、まだ47人は揃っておらず、現状はアキを入れて6人のユニット「GMT6」だった。
GMT6は、すでに稼働していた「アメ横女学園(以下、アメ女)」の下位に置かれるグループだ。このアメ女の設定によって、「あまちゃん」はアイドルビジネスの仕組みを視聴者に見せていくことになる。朝ドラはもちろん、民放のドラマでも触れられることのない領域だ。「あまちゃん」における“現実性の取り込み”の一つである。
アメ女のモデルは、実在の人気アイドルグループであるAKB48だ。ドラマの中で行われるアメ女に関する説明は、ほぼAKB48に準ずると考えていい。まず、アメ女は上野に専用の劇場「東京EDOシアター」を持っている。これは秋葉原の「AKB48劇場」と同じく、「会いに行けるアイドル」が重要なコンセプトであるからだ。
次が階級制度である。アメ女のメンバーは、センターを頂点とする人気の順に「レギュラー」「リザーブ」「ビヨンド」「ビンテージ(卒業したOG)」と分けられている。GMT6のメンバーはその下に位置するシャドー(代役)である。こうしたピラミッド型のヒエラルキーは、そのままAKB48にも当てはまる。
また、プロデューサーの荒巻はこのピラミッドに並ぶメンバーの入れ替えを、「国民投票」という名のファン投票によって実施する。これはAKB48における「選抜総選挙」に当たるものだ。AKB48では、選ばれた上位陣が新しいシングル曲に参加できるのである。注目すべきは、「あまちゃん」の中でこうした階級制や選抜の仕組みを描くこと自体が、秋元康プロデューサーがAKB48で展開しているリアルなアイドルビジネスに対する「批評」となっていることだ。これもまた、過去のドラマにはなかった挑戦である。
(連載第2回に続く)